五冊目 時は進む、あなたと共に-2

 結局、よくよく見ると、包みの色が違うだけで中身は全て同じ味だった。取り合いも必要なくなり、ゆったりとティータイムが始まった。


「噂には聞いていたが、物書き屋、とはつまり何をやっているんだ?」

 桜子は柳に目配せをして、話すように促した。


「人から依頼を受けて、私が物から話を聞いて、本にして渡す。というのがおおまかな流れですね。ここにある本はそういう依頼で書いたもので、徐々に増えていって、今こんな感じです」

「まあ、わたしの趣味じゃがな。人と物とがつくる物語が好きなのじゃ」

 紅茶を飲みながら、桜子は口端をあげた。桜子の妙に説得力がある口調に、なるほど、と頷きかけた灯だったが、踏みとどまって問いかける。


「いや、ツボミからどうやって話を聞くんだ? 噂を聞いた時も、そこが気になっていた」

 灯は、強い眼力で柳に問いかけてきた。念のため、言っていいのか桜子に目線で確認してみたら、頷かれた。大丈夫らしい。


「そういう能力なんです。万年筆を持って集中すると、ツボミの皆さんと話が出来るんです。せっかくなら、この能力を活かそうと物書き屋を始めました」

「ほう。ツボミの声を聞く能力か。珍しいな」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 なぜか桜子が自慢げに笑って灯の腕を、肘でツンツンしている。お前がいばるな、と灯に肘をあしらわれて、桜子はむすーっとしてしまった。やはりこの二人のやり取りは傍から見ると可愛らしい。


「能力についてもっと聞きたいところではあるが、とりあえず、依頼をしたい」

「はい」

 灯は胸ポケットから、懐中時計を取り出して、テーブルにそっと置いた。ゴールドのその懐中時計の蓋には、蔦が絡み合う中に、一輪の花が咲く様子が、繊細な加工で施されている。カチカチと規則正しく音が聞こえる。


「七、八十年前くらいに、捨てられていたのを拾って、そのまま使っている。そのとき、ちょうど時計が必要だったからな。ただ……」

 灯は、一度言葉を切って目線を懐中時計から逸らした。言うかどうか少しの間迷ったようだったが、再び口を開いた。


「ただ、故障しやすくて、よく修理に出している。俺の一存で、働かせ続けているんだ。その是非を知りたい」

 灯は、真剣な瞳で柳に依頼の内容を伝える。柳はその思いを受け取って、大きく頷いた。桜子はというと、懐中時計、のツボミをじっと見つめていた。


「可愛らしい女の子じゃのう。笑っておるし、嫌がってはいないじゃろう」

「こいつはいつも笑っているから、本心は分からない」

「彼女のこと、何と呼んでいるんですか」

「……トキ」

 少し恥ずかしさがあるのか、灯は顔をそむけながら、ぼそりと答えた。柳は、微笑んで片手を胸の前に添えた。


「灯さまのご依頼、物書き屋が店主、柳が承りました」

「ああ、頼む」

「一応、書類を書いていただきますね」

 柳は書類を取りに、すっと席を立った。


 桜子が、手にしていたティーカップをテーブルに置くと、挑発するような笑みで灯を見る。柳には聞こえない音量で、言った。

「物のくせに、物を大事にしよって」

「物とはいえ、付喪神だ。心がある。お前だってそうだろう」

 灯は、カウンターで書類の行方を探している柳の方を、わざとらしく見やった。


「さあ、どうじゃろうな」

 肯定も否定もせずに、桜子は愉快そうに笑みを浮かべた。二人の間に漂う雰囲気は、子どものそれではない。






 桜子、灯が紅茶を飲み干し、ティータイムがお開きになりそうだったとき、灯が突然立ち上がった。

「コーヒーが飲みたい」

「は?」

「コーヒーが飲みたい」

「いや、聞こえておるわ」

 その会話を聞いて、柳が、奥から申し訳なさそうに顔を出した。


「すみません、コーヒーはおいていないんです。道具は一応あるんですけどね」

「少し見ても構わないか?」

 どうぞ、と灯をキッチンに招き入れる。道具が置かれた棚を見上げた灯が、すぐに、おお! と感嘆の声を上げて、瞳をキラキラさせた。


「基本のペーパー、ドリッパー、ポットはあるし、ミルに、ネルフィルターまであるじゃないか! これを今まで使ってなかったなんて、もったいないぞ」

「どう使ったらいいか、分からなくて……」

 しょんぼりと肩をすぼめる柳と、放置された道具たちを交互に見ると、灯は、ぱんっと手をうった。


「なら、コーヒー豆を買ってこよう。俺がお前たちに美味しいコーヒーを飲ませてやる。やり方も教える」

 灯は、いい音の鳴った手を、今度は腰に当て、得意気に言い放った。そして、座ったままの桜子に向かって一言付け足した。



「近くの店を案内してくれ」

「ええー」

 桜子が口を尖らせたことによって、灯の提案が流れそうになったが、すかさず柳が援護をした。


「コーヒーに合うお菓子を、桜子さんが選んできてくれませんか?」

「むぅー、それなら仕方ないのう」

「よし、行くぞ」






 桜子と灯は、そろって物書き屋を出た。店までは徒歩十五分ほど。着いてからは、お菓子を探す桜子と、コーヒーを吟味する灯は別行動になった。

「うーむ、どれにするかのう」

 桜子の目線が行ったり来たりしているのは、エクレア、チーズケーキ、シュークリームの三つだった。


「シュークリームは大きい。エクレアは小さいが、チョコが乗っておる。チーズケーキは、なんかこう、美味しいのじゃ。むむむ」

 ぶつぶつと呟きながら、桜子はお菓子を悩んでいた。その場を行ったり来たりして、時間を費やしていたが、ついに決断した。手に取ったのは、エクレアだった。灯の姿を探して店を見渡すと、コーヒー豆のコーナーでしゃがみこんでいるのを見つけた。


「これは苦味が強いがそれが美味しい。が、あまりコーヒーを飲まないのなら、こっちの甘味と酸味がある方が飲みやすいか。こっちも捨てがたい。お、これは初めて見るやつだな。……美味しそうだな」

「灯、ずいぶん悩んでおるのう」

「うわっ、いつからそこに」

「ついさっきじゃ。何をそんなに悩んでおるのじゃ」

 お菓子で散々悩んでいたことは棚に上げて、桜子は口を尖らせてみせた。


「そう急かすなよ。コーヒー豆には、それぞれ苦味、酸味、甘味、アロマが特徴のものがあって、その組み合わせで――」

「アロマってなんじゃ?」

「香りのことだ。うーん、どうするか……。おい、菓子の方は決まったのか?」

 そう言われて、桜子はエクレアを灯の目の前に突き付けた。灯は、再び少し悩んだあと、酸味とアロマが特徴だというコーヒー豆を選んだ。


 帰り道、袋を手にして歩いていると、聞き覚えのある大きな声が飛んできた。

「あらー、桜子ちゃん。お友達とおつかい? えらいわねー」

「うむ」

 おばちゃんは、今日は集団ではなく一人のようだった。ごそごそと鞄の中から、いつものものを桜子に渡す。


「はい、飴どうぞ。お友達もどうぞ」

 ごめんね急ぐから、じゃあね、気を付けてね、と言葉を残して、そのまま去っていった。灯は手のひらの飴を見て、不思議そうに呟いた。


「なんだ、いいやつか?」

「うむ、いいやつじゃよ」

 揃って飴を口に放り込んだ。口の中を甘さが満たしていく。ほどよく沈黙が流れ始めたとき、灯が意を決したように口を開いた。


「桜子、お前やっぱり本部に来い」

「嫌じゃ」

 間髪入れずに断ると、勢いが削がれたらしく、灯はため息をついた。が、すぐに気を取り直して続けてきた。


「最近は百年もつ物はそう現れないんだ。お前ほど長く在る付喪神はめったにいないと分かっているだろう」

「わたしには、気ままにお菓子を食べ、本を読んでいるのが合っている」

「じゃあ、あいつは。柳とかいうやつはどうだ。あの能力は使えると――」

 灯のその言葉で、それまで飄々と流していた桜子の雰囲気がガラリと変わった。灯を怯ませ、続きを言わせなかった。


「許さぬ。柳はわたしのものじゃ。手離す気はない」


 冷えた瞳で睨みつけられた灯は、一瞬ナイフを突き付けられたかのような感覚になった。しかし、それも慣れたもので灯は肩を上下させた。


「……怖い顔だな。まあ、一回くらいは勧誘させろよ」

「ふんっ」

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