一冊目 離れがたき対-6
「詩乃さま、莉乃さま、すみません、桜子さんが勝手なことを……」
「こちらこそすみません。私が詩乃のあとをつけてここに来たから、ややこしいことに」
「いえ、そんなことは――」
「待って、私のあとつけたの? どうして?」
言葉を遮られた柳だったが、空気を読んでそのまま黙っていることにした。桜子の方をちらりと見たら、含みのある笑みを向けられた。やはり敵わない、と苦笑するしかなかった。双子の姉妹を見守ることにする。
詩乃に問い詰められた莉乃が、おずおずと答えた。
「だって、ここ最近、詩乃が元気ないから、心配で。すごい真剣な顔してどこか行こうとしてたから、つい、あとを……」
「それは……」
「ねえ、もしかして、結婚するの嫌だったりする? もしそうなら、ちゃんと」
「違う!」
突然の詩乃の大声に、莉乃は肩を震わせた。
「莉乃、それは違う。彼はとても素敵な人。これから先、一緒に生きていたいと思える人なの」
「じゃあ、どうして」
「それは……」
言いよどむ詩乃へ、柳は助け舟を出す。
「すみません、まだ紅茶をお出ししていなかったですね。すぐにお持ちします」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
二人の会話が途切れたこのタイミングで、柳は二人の目の前にある本を指し示した。
「紅茶が出来るまでの間、お互いの本を読んでみてはいかがでしょうか。実は、タイトルが同じで、内容も似ているんです。イヤリングも靴も対で使われる物なので」
似た理由はそれだけではありませんが。と、視線を詩乃と莉乃の間で行き来させて、微笑みを残してキッチンへ向かう。桜子に、目線であと一押しを頼みながら。
世話が焼けるのう、と小さく呟くのが聞こえた。
「読んでみると良いのじゃ。おぬしたちの大切な物、おぬしたちが誕生日にプレゼントし合った物なんじゃろう。最後の部分を読むのじゃ」
ぱらぱらと紙が左から右へと移動する音がする。
~・~・~・~・~・~・~・~
私たちは、二つで一つ、一緒じゃないとだめ。でも、あなたたちは違う。離れることを恐れないで。一人でも、誰よりも近いもう一人がいる。どんなときも一人じゃない
~・~・~・~・~・~・~・~
それは、物から持ち主へのメッセージ。自分たちを選び、使い、大切にしてくれた人への想い。他の人にとっては何でもない量産品でも、相手のことを想って選び、贈った物は、本人たちにとって何にも代えられない、『宝物』になる。
「あのね、莉乃。私は」
詩乃が、本から視線を上げないまま、莉乃に声をかけた。莉乃も同じように本を見つめたまま、うん、と返事をした。
「私は、不安になっちゃったの。その、莉乃と、離れるのが」
「……!」
莉乃が、バッと本から顔を上げた。
「私だって! 私だって詩乃と離れるのやだよ。でも、送り出す私がそんなこと言っちゃいけないって思って。……ごめん。詩乃のことは、私が一番分かるはずなのに、私ばっかり不安だと思い込んでた」
「ううん。私も言えば良かった。私たち、一人じゃないんだもんね」
微笑み合う二人をオレンジの紅茶の香りが包む。
「わあ、いい香り。私、これ好きです」
「私も、好きです」
オレンジの紅茶は、柑橘系の華やかな香りと、茶葉の柔らかな風味が合わさっていて、気分も明るくなる。
柳は、二人の雰囲気が朗らかなものになっているのを見て、安心すると共に、桜子の機転には改めて感心する。少し雑ではあるが、桜子のおかげで詩乃と莉乃は自分の想いを大切な人に話すことが出来た。
「ありがとう、桜子ちゃん」
「ありがとう、桜子ちゃん」
二人は息ぴったりにそう言うと、桜子の頭をそれぞれ右手と左手で桜子の頭を撫でた。桜子は頬を膨らまして勢いよく頭を左右に振った。
「まったく! 二人ともそっくりじゃのう!」
「双子だもんねー」
「ねー」
呆れたようにため息をつく桜子だったが、その表情は、心なしか嬉しそうだった。柳がすっと歩み出て、片手を胸に当てて微笑んだ。
「オレンジの花言葉は、結婚式の祝宴。実の花言葉は、優しさ。詩乃さまと莉乃さまの物語の続きが、素敵なものであると願っています」
「ありがとうございます」
「また来てもいいですか」
もちろんです、と柳は優雅にお辞儀をした。桜子はひらひらと手を振って、二人を見送った。
***
「む?」
桜子は、店先に一通の封筒が置かれているのを見つけた。
「やなぎー、何か届いているのじゃ」
「なんでしょう」
封を開けると、中から一枚の写真が出てきた。結婚式の集合写真だった。真ん中で純白のドレスを身に纏って微笑んでいるのは、詩乃だ。その耳にはイヤリングが揺れている。詩乃の隣には、莉乃が誰よりも嬉しそうに笑っている。足元を輝かせるのは、白いヒール。
「幸せそうじゃのう」
「はい」
物書き屋には、今日も穏やかな時間が流れる。
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