一冊目 離れがたき対-5
*
柳は、カウンターの上にある、アンティークの電話で依頼者に電話をした。
「こんにちは。物書き屋の柳です。ご依頼の本が出来上がったので、連絡をさせていただきました。またご都合の良い時にお越しください」
「ありがとうございます。今から、伺ってもいいですか」
「もちろんです。お待ちしています」
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
彼女がぺこりと頭を下げるのに合わせて、ポニーテールが大きく揺れた。
「ではまず、お預かりしていた物をお返しします」
柳は、丁寧に物をテーブルの上に置いた。少しの間、彼女はじっと見つめてから、しっかりと鞄の中に仕舞った。
「どうかされましたか。もしかしてどこかに傷が――」
「いえいえ、違います! 少しの間預けただけなのに、何だか久しぶりに友人に会ったみたいな気になって。すみません、変なこと言って」
「変ではないですよ。それだけ、大切な物ということだと思います」
彼女は照れくさそうにしながらも、ふんわりと笑った。
柳は、テーブルの上に、一冊の本を置いた。その本はハードカバーで、大きさはB6判ほど。表紙の中央には、白い縦長の紙が貼られている。そこに書かれたタイトルは『離れがたき対』とある。
「今読んでもいいですか」
「もちろんです」
「あと、おすすめの紅茶をお願いします」
「かしこまりました。オレンジの香りのものが入ったので、そちらをお持ちします」
どのタイミングで紅茶を出すか、柳は少し考えた。紅茶を飲みながら読むというものいいが、今回の本は長くはない。読み終わった余韻に出すことに決め、柳はカウンターでゆったりすることにした。
店内にページをめくる音が続く。
~・~・~・~・~・~・~・~
私たちは、二人で一人。ううん、二つで一つ。生まれたときからそうだった。そのことになんの疑問も持たなかった。色んな物たちがいるところに来て、初めて私たちが珍しいんだと気づいたの。
「なんでいつも一緒なの?」
「二つじゃないと意味ないとか、変なの」
「変わっているね……」
そう言われて、自分が嫌になったときもあった。でも、嫌になったところで、変わるわけでもないし。仕方ないじゃんって思うようになった。
どれくらいそこにいたかな。ある日、可愛い女の人と目が合った。その人は私たちを見るなり顔を輝かせて言ったの。
「これ、可愛い!」
この人になら使われたいなって思った。でも、彼女はしばらく私たちを見たあと、どこかへ行っちゃった。それで、また戻ってきて、どこかへ行って、を繰り返してた。すごく悩んでるみたいだったけど、最後には私たちを選んでくれた。
「やっぱり、これが一番似合いそう」
なるほど。自分用じゃなくて、プレゼント用だったんだ。彼女にこんなに想われている人がどんな人か、気になった。
「はい。誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
私たちを受け取った人は、すごく嬉しそうだったし、彼女も同じ顔してた。私たち、頑張ろうって思ったんだ。私たちの仕事は、持ち主の足元を輝かせること! 華やかな見た目だからか、たまにしか使われないけど、それでも――――
~・~・~・~・~・~・~・~
ふいに、一定のリズムだったその音が、ピタリと止まった。
彼女が何か呟いたような気がした。柳は椅子から腰を浮かせて、彼女の様子を窺う。
次は、はっきりと聞こえた。
「違います」
「違う、とは……」
「これ、私が依頼したものではないです」
「そんなはずは。少し失礼します」
柳は彼女から本を引き取り、冒頭から目を通し始めた。彼女と同じところまで読んで、バッと本から顔を上げた。
「……失礼ながら、お名前をお願いしてもいいですか」
「藤川です。藤川
藤川詩乃さま。ロングヘアが似合う女性で、約一ヶ月後に結婚式を控えていている。結婚式で身に付ける予定のイヤリングの本を依頼した。少し前に桜子が一緒にお茶をしたと話していた。
白いヒールを依頼した莉乃の、
この本は、詩乃ではなく、莉乃が依頼したもの。タイトルが同じだから、間違えることのないよう、しっかり確認したはずなのに。
「まさか!」
柳はある考えに辿りつき、姿の見えないあの小さな大家を探す。
「桜子さん! どこですか。桜子さん!」
「なんじゃ、騒々しいのう」
桜子がトントンと規則正しい足音をさせながら、二階から降りてきた。柳はようやく現れた桜子に詰め寄った。
「桜子さん、本を入れ替えましたね」
「本を? 何のことじゃ」
「詩乃さまと莉乃さまの本が入れ替わっていて――あっ」
桜子のとぼけた反応のせいで、柳は思わず口を滑らせてしまった。取り繕う暇もなく、その言葉は彼女――詩乃を驚かせた。
「莉乃? 莉乃が来たんですか!? どういうこと……」
「それは、本人に聞いた方が早いだろうな」
桜子が視線を誘導するように、ゆっくりと入り口の方を見やった。少し間があって、戸が開かれた。
「こんにちは。本を取りにきまし――」
現れたのは、たった今話題に上がっていた莉乃本人だった。莉乃は、何故か自身に集中している視線に驚き、そして中にいた詩乃を見て、固まってしまった。
柳もまた驚き、どうして、と口の中で呟いた。
「明日取りに来られると、電話では」
「その後に、桜子ちゃんから明日は店を閉めることになったから、今日出来るだけ早く来るようにって、連絡もらったので、急いで来たんです、けど……」
柳の反応のせいだろうが、莉乃の声がだんだん細くなっていく。
困惑や驚きが入り乱れる柳たちをしり目に、桜子は満足そうな表情をしている。どうやらこれも、桜子の仕業らしい。
「まわりくどいことはせず、直接話した方が早いじゃろう」
「はあ……」
お互いがお互いに内緒で依頼をしているのだろうことは、柳も分かっていた。そして、本を書き上げた今、その理由もだいたいの察しがつく。物書き屋用の二冊目を読んだ桜子も。
柳は、諦めと感嘆が混じったため息をついた。詩乃に正しい本を、莉乃に預かっていたヒールと本を、それぞれ渡した。
鏡に映ったように同じ顔をした二人は、シンクロした動きでそれを受け取った。
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