一冊目 離れがたき対-5




 柳は、カウンターの上にある、アンティークの電話で依頼者に電話をした。

「こんにちは。物書き屋の柳です。ご依頼の本が出来上がったので、連絡をさせていただきました。またご都合の良い時にお越しください」

「ありがとうございます。今から、伺ってもいいですか」

「もちろんです。お待ちしています」




「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

 彼女がぺこりと頭を下げるのに合わせて、ポニーテールが大きく揺れた。


「ではまず、お預かりしていた物をお返しします」

 柳は、丁寧に物をテーブルの上に置いた。少しの間、彼女はじっと見つめてから、しっかりと鞄の中に仕舞った。


「どうかされましたか。もしかしてどこかに傷が――」

「いえいえ、違います! 少しの間預けただけなのに、何だか久しぶりに友人に会ったみたいな気になって。すみません、変なこと言って」

「変ではないですよ。それだけ、大切な物ということだと思います」

 彼女は照れくさそうにしながらも、ふんわりと笑った。

 柳は、テーブルの上に、一冊の本を置いた。その本はハードカバーで、大きさはB6判ほど。表紙の中央には、白い縦長の紙が貼られている。そこに書かれたタイトルは『離れがたき対』とある。


「今読んでもいいですか」

「もちろんです」

「あと、おすすめの紅茶をお願いします」

「かしこまりました。オレンジの香りのものが入ったので、そちらをお持ちします」

 どのタイミングで紅茶を出すか、柳は少し考えた。紅茶を飲みながら読むというものいいが、今回の本は長くはない。読み終わった余韻に出すことに決め、柳はカウンターでゆったりすることにした。



 店内にページをめくる音が続く。



~・~・~・~・~・~・~・~

 私たちは、二人で一人。ううん、二つで一つ。生まれたときからそうだった。そのことになんの疑問も持たなかった。色んな物たちがいるところに来て、初めて私たちが珍しいんだと気づいたの。


「なんでいつも一緒なの?」

「二つじゃないと意味ないとか、変なの」

「変わっているね……」

 そう言われて、自分が嫌になったときもあった。でも、嫌になったところで、変わるわけでもないし。仕方ないじゃんって思うようになった。

 どれくらいそこにいたかな。ある日、可愛い女の人と目が合った。その人は私たちを見るなり顔を輝かせて言ったの。


「これ、可愛い!」

 この人になら使われたいなって思った。でも、彼女はしばらく私たちを見たあと、どこかへ行っちゃった。それで、また戻ってきて、どこかへ行って、を繰り返してた。すごく悩んでるみたいだったけど、最後には私たちを選んでくれた。


「やっぱり、これが一番似合いそう」

 なるほど。自分用じゃなくて、プレゼント用だったんだ。彼女にこんなに想われている人がどんな人か、気になった。


「はい。誕生日おめでとう」

「ありがとう!」

 私たちを受け取った人は、すごく嬉しそうだったし、彼女も同じ顔してた。私たち、頑張ろうって思ったんだ。私たちの仕事は、持ち主の足元を輝かせること! 華やかな見た目だからか、たまにしか使われないけど、それでも――――

~・~・~・~・~・~・~・~



 ふいに、一定のリズムだったその音が、ピタリと止まった。

 彼女が何か呟いたような気がした。柳は椅子から腰を浮かせて、彼女の様子を窺う。

 次は、はっきりと聞こえた。


「違います」


「違う、とは……」

「これ、私が依頼したものではないです」

「そんなはずは。少し失礼します」

 柳は彼女から本を引き取り、冒頭から目を通し始めた。彼女と同じところまで読んで、バッと本から顔を上げた。


「……失礼ながら、お名前をお願いしてもいいですか」

「藤川です。藤川詩乃しのです」


 藤川詩乃さま。ロングヘアが似合う女性で、約一ヶ月後に結婚式を控えていている。結婚式で身に付ける予定のイヤリングの本を依頼した。少し前に桜子が一緒にお茶をしたと話していた。

 白いヒールを依頼した莉乃の、双子の姉・・・・


 この本は、詩乃ではなく、莉乃が依頼したもの。タイトルが同じだから、間違えることのないよう、しっかり確認したはずなのに。

「まさか!」

 柳はある考えに辿りつき、姿の見えないあの小さな大家を探す。


「桜子さん! どこですか。桜子さん!」

「なんじゃ、騒々しいのう」

 桜子がトントンと規則正しい足音をさせながら、二階から降りてきた。柳はようやく現れた桜子に詰め寄った。


「桜子さん、本を入れ替えましたね」

「本を? 何のことじゃ」

「詩乃さまと莉乃さまの本が入れ替わっていて――あっ」

 桜子のとぼけた反応のせいで、柳は思わず口を滑らせてしまった。取り繕う暇もなく、その言葉は彼女――詩乃を驚かせた。


「莉乃? 莉乃が来たんですか!? どういうこと……」

「それは、本人に聞いた方が早いだろうな」

 桜子が視線を誘導するように、ゆっくりと入り口の方を見やった。少し間があって、戸が開かれた。

「こんにちは。本を取りにきまし――」


 現れたのは、たった今話題に上がっていた莉乃本人だった。莉乃は、何故か自身に集中している視線に驚き、そして中にいた詩乃を見て、固まってしまった。

 柳もまた驚き、どうして、と口の中で呟いた。


「明日取りに来られると、電話では」

「その後に、桜子ちゃんから明日は店を閉めることになったから、今日出来るだけ早く来るようにって、連絡もらったので、急いで来たんです、けど……」

 柳の反応のせいだろうが、莉乃の声がだんだん細くなっていく。

 困惑や驚きが入り乱れる柳たちをしり目に、桜子は満足そうな表情をしている。どうやらこれも、桜子の仕業らしい。


「まわりくどいことはせず、直接話した方が早いじゃろう」

「はあ……」

 お互いがお互いに内緒で依頼をしているのだろうことは、柳も分かっていた。そして、本を書き上げた今、その理由もだいたいの察しがつく。物書き屋用の二冊目を読んだ桜子も。


 柳は、諦めと感嘆が混じったため息をついた。詩乃に正しい本を、莉乃に預かっていたヒールと本を、それぞれ渡した。

 鏡に映ったように同じ顔をした二人は、シンクロした動きでそれを受け取った。

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