さよならの仕方
藤島喜々
第1話
ちょうど一年前の今日のような梅雨の晴れ間に母は死んだ。末期がんの闘病の末、病院で息を引き取った。
私が物心つく頃には両親共に働きに出ていて、保育園のお迎えはいつも最後だった。祖母や近所の大人は時々母の前で私に寂しくないかと尋ねてきたけれど、私は出勤前に目まぐるしく変身する母の姿が好きだったし、夕食の席で母が仕事の話をしてくれるのが嬉しかった。中学生になって父の会社の経営が不安定になると母はますます精力的に働きに出て、それまで小学生の私を気にして出来なかった残業も多くなった。朝は慌ただしく出て行って夜は私と父の夕食が終わった頃に帰って来る。土日に会社に行くことも増え、家にいてもしょっちゅうパソコンを触っていた。反抗期気味だった私は、当時母が作ってくれていた品数の少ないお弁当に文句をつけてしばしば口げんかをしたし、せっかく調整した休日にも乗り気じゃないと言って一緒に出かけるのを断っていた。嫌っていたわけではない。中学生と母親の関係なんてそんなものだと思う。当時は罪悪感もなかったし、きっと家を出る時になってこっそり反省して、いつか話の種にするんだろうと、なんとなく思っていた。
私が高校に入学して半年ほど経った頃、母は父とダイニングのテーブルに座って私を呼んだ。父は転職して一年ほど経っていて収入も安定してきたころだった。母の仕事も少し落ち着いたように見えていた。
少しの沈黙の後、いつもと変わらないハキハキとした母の声で告げられたのは、母が大腸がんでかなり進行しているらしいということだった。父はずっとテーブルの木目を見つめるようにうつむいていて、母は笑いも悲しみもせず、どんな感情なのかわからなかった。
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