私の夫は『お母さん』

まこちー

不器用な夫

私の夫は『お母さん』


「だぁぁーっ!意味わかんねーっ!」

「どこが?」

「全部だよ全部!飯から寝かしつけまで全部!」

机の上の資料をグチャグチャにして騒いでいるのは、龍斗。私の夫だ。

「大体、ぼ……母乳はどうすんだよ。俺たちの場合はさ……」

「私が出せればいいんだけどねぇ」

「そ、そういうこと言わせたかったわけじゃねーかんな!」

「分かってるよ」

「俺たち2人で考えるんだぜ!?ケーコも考えてくれよ!」

「そうね……」

子育て雑誌を睨みつけている龍斗の隣に座る。付き合って何年も経つが、こんなに真剣な彼の姿はほとんど見たことがない。笑いを堪えるのが大変だ。

龍斗とは高校の頃に付き合った。そのときから感情的で喧しかった。

告白をされたときなんて

「ケーコ!!!」

「なに、急に大きい声出して」

「お、俺!お前のこと好きだから!」

「え?」

「分かったかよ!」

「ええと……それって告白?」

って感じ。

2年前にプロポーズをされたときも道端で突然指輪を指に通されて

「おい!指輪!これ!」

「え?」

「っ〜〜〜!だから、指輪だっての!」

「ちょっと待って、急に……」

「察しろよな!」

……なんて言う、ムードも何もないものだった。

とにかく、そんな感じの龍斗だから、なんだか真面目に子どものこと考えてくれるなんて意外。

「おい、今意外って思ったろ」

「えっ……ま、まぁね。名前もすぐに考えるなんて。ビックリしたよ」

「だ、だって……嬉しいしさ」

少し赤くなる頬。

「この間病院で検診したとき、男の子だって分かったときも嬉しそうだったよね」

「そりゃあな!へへっ、絶対俺に似てイケメンになるだろ!」

「そうなるといいね」

お腹を優しく触る。予定日まではまだまだだけど赤ちゃんが元気に動いているのが分かるようになってきた。

「おっ!?今、蹴ったぜ」

「本当だ」

こんなやり取りもドラマでしか見たことがなかったけど、龍斗と出来るなんて。

「……信じられないよ」

「まだそんなこと言ってんかよ!俺たちの子だって!お前も自覚持ってくれよ」

「そう言われてもさ」

「最近は治まってきたけど……つわりとか……結構辛かったんだぜ」

「そうだよね……」

妊娠が分かった日、病院に運び込まれたことを思い出す。


3日ほど体調不良で仕事を休んでいた龍斗が、職場に電話をかけてきた。

「ケーコ……なんか、頭痛てぇのが酷くてよ……」

掠れた声は、普段の甲高い声とは真逆で。私は慌てて上司に断って家に帰った。

ベッドに横たわる龍斗は息も絶え絶えだった。すぐに救急車を呼んで病院へ運んでもらうことにした。

脳出血?心臓の異常?恐ろしい病気だったらどうしよう。まだ若い龍斗が死んでしまうかもしれない。

恐る恐る医師に話を聞くと、思いもしない事実を告げられた。


「旦那さん、妊娠してますよ」


男性妊娠。

仕組みはほとんど解明されていないが、数パーセントの確率で男性が妊娠することがある。最近その確率が増えてきたとネットニュースで読んだことがある。

「だんせいにんしん?」

「そうそう。龍斗も妊娠するかもねー」

「んなわけあるかよ!俺は男だぜ!そもそも母乳も出ねーし産むとこもねーだろ!」

「たしかに」

なんて笑って話してたのに。

成人男性の数パーセントに子宮があり、その中のさらに数パーセントが……つまり本当に稀に……着床して妊娠するらしい。

出産は出術一択になり、母乳は人によって出たり出なかったり。龍斗は……なんとなくだが出ない気がする。体細いし。

とにかく男性の妊娠についてはまだよく分かっていないことだらけで、私は「なんだか気の毒だな……」と思っていたが。

「マジ!?妊娠!?」

倒れた翌日、病院のベッドでは笑顔の龍斗がいた。

「ケーコ!俺たちに子どもが出来たぜ!やったぁ!」

純粋に喜ぶ夫の顔を見て、私も妻として支えていこうと決心がついたのだった。


「で、男の子の服がこんな感じなんだってよ」

妊娠してしばらく経つが、服のカタログを見ている龍斗の横顔は、どう見ても男だ。

妊娠というからには女性ホルモンが増えたり?して女性っぽくなるのかなと思っていたが、そんなことは全くないらしい。食欲は増すので多少贅肉が増えるかもしれないと医師から聞いたが。

「ケーコはどれがいいと思う?」

「こっちの青い服がいいんじゃない?」

「やっぱ?あ、哺乳瓶も形いろいろあるんだなぁ。俺から母乳出なかったらこれも買うだろ?」

龍斗がこんなに赤ちゃんのことを考えるのは、お腹に赤ちゃんがいるからなのだろうか。

「うーん……ミルクもいろいろあるぜ……」


ーお、俺!お前のこと好きだから!


ー分かったかよ!



……いや、きっと私が妊娠していても父親として赤ちゃんのことを毎日考えていただろう。不器用ながらも。


「楽しみだね、赤ちゃん」

「ったりめーだろ!って、何ニヤついてんだよ」

「別に?」

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私の夫は『お母さん』 まこちー @makoz0210

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