満天の星~大嫌いと呪い~

平和

 僕は今旅行を計画している。親友のカイと二人で、気分転換の旅だ。

 カイというのは小学生からの付き合いで、もうすぐ高校三年となる今も、家族ぐるみで付き合っている。生まれは…何とか、という国で、…正直、覚えていない。とにかく、カイはその国の人で、父親は日本に来る前に亡くなっていて、母親と、ベルという妹と、三人で暮らしている。両親共にその国の人なので、当然カイも、見た目は外国人だ。まぁ、結構目立つ。けど、小学生から日本育ちだから、見た目以外は完全に日本人だ。趣味が神社やお寺巡りというくらいだから、日本人より日本人らしい。

 そんなカイの様子が、最近ちょっとおかしい。理由はよくわからない。訊いても誤魔化すだけだし、好奇心はあるけど、言いたくないなら仕方ない。そんな気持ちで訊いていい理由でない事だけは、何となくわかるから。

 だから気分転換の旅。カイもノッてきた。ボクの気遣いということは、百も承知のはずだけど、もちろん、その事については何も言わず、ただ、ノッてきた。

 実はサプライズも用意している。喜んでくれるかどうかはわからないけど、きっと何もかも忘れてしまうんじゃないかって、僕は思ってる。

 決行は春休みに決まった。カイはボクの家族からの信頼も厚く、カイとならと、二人旅のOKも貰えた。


 そして当日、電車で大きな駅へ行き、新幹線に乗り換えて、車中で駅弁を食べて、僕はいつもより少しテンションが高くなっていた。カイはわからないけど、僕は大人なしで旅行に行くのも初めてで、正直、カイの様子云々うんぬんということも忘れて、かなりはしゃいでいた。

 旅先に着いてもそれは変わらずで、僕ははしゃぎまくっていた。

 まずは旅館に余計な荷物を預けて、観光地を周った。観光地と言っても、カイの気分転換が今回の旅行の目的なので、カイの趣味の、神社やお寺が目的地だ。まぁ、僕はそんなモノにはあまり興味がなかったけど、そこに着くまでの、茶店ちゃみせや土産物屋なんかの、お店巡りは楽しかった。親に貰った小遣いは、それ程多いワケじゃなかったけど、その土地の団子や饅頭、祭りの出店でみせ的な、屋台のたこ焼きやゲーム、これらはサイコーに楽しめた。夕方には旅館に戻って、通された部屋を一通り見て回って、景色良いなぁなんて言い合って、温泉入って、豪華な食事を部屋で食べて、時間はあっという間に過ぎていった。カイも、最近の様子がおかしい感じは全くなく、同じように楽しんでいる風に僕には見えた。

 そして、サプライズを決行する時が来た。まぁ、時が来たと言っても、決まった時間があるワケではなくて、暗くなっていれば問題ないんだけど。

「カイ、サプライズだ。出掛けるぞ。」

「サプライズ?何だよそれ?」

「いいから。さっさと着替えろ。」

 僕達は浴衣からまた普段着に戻って、もう暗くなっている外へと向かった。

 予習は済ませてある。旅館の人に再確認もしておいた。旅館の人は、あんな場所良く知ってるわねぇと言いながら、出掛ける時に提灯を貸してくれた。提灯と言っても、ろうそくに炎といったモノじゃなくて、見た目だけ提灯で、中身はゆらゆらと明かりが揺れる効果のある、電球が入ったモノだ。僕達が高校生だから、火を扱ったり、ライターみたいなものは持たせられないと思ったのだろう。とにかく、そこに行くまでは結構暗いらしく、懐中電灯を持っていないと言ったら、用意してくれたのだ。

 道自体はほぼ一本道で、迷うこともなかった。ほぼ上り坂なので、それなりにしんどい道のりではあったけど、後は木と土で出来た、真っ直ぐな階段を上って行くだけだ。

 そして階段を上りきると、広い原っぱがあった。

 その上の空には、満天の星が広がっていた。

 この辺りで一番高い場所なので、その星空を遮るものは何もなくて、草むらの上に寝転がると、星空しか見えないそうだ。

 ここへ来るまでが暗かったのは、明るいと星が見えにくくなるから、わざと暗くしているんだと、旅館の人が教えてくれた。で、この満天の星が、僕のサプライズだ。カイの悩みが何なのかはわからないけど、これを見れば、大抵の悩みなんて吹っ飛ぶはずだ。

 春休みだし、他に人がいるかもと思っていたけど、幸い誰もいなくて、僕達で満天の星を独り占め出来そうだった。地元の人間しか知らない穴場ということで、期待は少ししてたんだけど、本当に独り占めできるとは正直思っていなかった。

 僕は原っぱの真ん中まで行き、その場にごろんと寝転がった。隣にカイも寝転がった。僕は提灯の明かりを消して、改めて満天の星空を眺めた。

「…凄ぇ……」

 僕は思わず呟いていた。

 見えるのは星空だけ。他には何もない。それに、何と言っても数が違う。

 地面の感覚はあるはずなのに、星空をじっと見ていると、宇宙空間に漂っているような感覚すら湧いてくる。

 本当に凄い。

 僕はここへ来た目的も忘れていた。それくらい凄い星空だった。驚いてテンションが上がった時の笑顔が浮かんでいた。僕は当然カイも同じように、驚いてテンションが上がった笑顔をしているんだろうなと、隣のカイを見た。

「!」

 提灯の明かりも消して、暗くなってはいたけど、星と、月の明かりが、カイの顔を見せてくれた。カイの顔には、驚きも、高揚も、笑顔もなかった。それどころか、今にも恐怖の叫び声でも上げて、泣き出しそうな、悲愴な表情が浮かんでいた。

「…カイ…?」

 僕がそう呼びかけると、カイは片腕で目を覆い、泣き声を押し殺すかのように歯を食いしばっていた。身体も小刻みに震えている。

 そして絞り出すように、こう漏らした。

「…星なんて、…大嫌いだ……!」

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