第20話 二人の色
ラヴァが一人で戦い始めて数十分。エレトロ達は色をフルに使い街に着き、依頼を済ませてギルドがお急ぎで編成した頃だろう。
雷を使う黄が伝令に行くことほど早いものは無い。
赤の後継者が一人残ったことで、ギルドもバーミリオン家も大急ぎで討伐隊を編成してくれるに違いない。
「でも…援軍はもう暫く来ないだろうな…」
サラマンダーが勝ち誇るように堂々とラヴァの前に立つ。
ラヴァは負けないためだけに炎を纏い、自身を盾にして見たことも無い村人たちを守ろうとした。
「はぁ…はぁ…サラマンダー相手に一人じゃ溜められないもんね…」
結晶を撃ち抜くためには、溜めと狙いを定める必要がある。
そのためにはラヴァを守り、攻撃させないようにする役割が必要だ。
しかし、一人で戦うなら動きながら溜めるには暴発のリスクが伴う。ラヴァの敗北条件は死よりも被害の拡大だ。
少しでも時間を稼ぐことが最優先のラヴァにとってそんな賭けはできない。
「彼を巻き込んでおいて悪いことしちゃったかな…。」
ボロボロになりながらも他人の心配をする。
しっぽに撃たれ、炎は相殺できず少しづつ削られる。
そんな中でも盾になる時間を伸ばそうと立ち上がる。
「護ってもらう約束…守れなくなっちゃったね。」
血を流しすぎて目の焦点が合わなくなる。虚ろになった表情にはこの国に生きる人を護れたと、安堵にも似た表情が浮かんでいる。
サラマンダーはトドメをさそうと口に炎をためる。
炎が凄まじい勢いでラヴァを飲み込もうと迫る。
「ネス…」
炎もまとえなくなるほどダメージを受けたラヴァは、あとは頼んだと目をつぶる。
「まだ護れます!」
自分の背後から出てきた少年が炎との間に身を躍らせる。
「護るって約束…ちゃんと守りますから。」
そう言った少年は炎に向かって短剣を構える。
「ネスに分けた赤じゃ止められない!ワタシをかばう気ならどいて!」
おっとりした少女からは今まで聞いたことの無い、焦りを含めてネスに声をかける。
「大丈夫です。」
こちらを少し振り向いた時、少年が持っている短剣が少し目に入る。そのカードリッジには何も入ってないはずなのに、色が少しだけ入っているように見えた。
炎が少年に迫る。人を軽々と飲み込んでしまいそうな豪炎に対して、少年は大きく短剣を振り払った。
「消え…た?」
ラヴァは目の前の出来事が理解できないように目を丸くする。少年の目の前で中心から炎は霧散した。消しきれなかった外側の火の粉が空を舞い、綺麗な赤を散りばめる。
「これがボクの色だったみたいです。まだ詳しくはわからないけど、ラヴァさんを護ろうって思ったら使えました…。」
短剣に少しだけ残った色を軽く振りながら見せる。赤い光が反射して波打つ色がかすかに見て取れる。
「透…明?」
色としては欠陥だろう。都市で使われる道具にも透明のものなんてひとつも存在しない。
だからこそ少年は気づけなかった。
幼少期に計測した、既存の色のチェックできなかった透明を。
「気づけたのはラヴァさんのおかげです。」
「ワタシの?」
ワタシを護ろうと色が使えたのなら、それだけ少年の中で意識が大きくなっているということだ。
死なせまいと、死なれては嫌だ失いたくないと色を使えたのなら、彼はワタシの事が…。
「ラヴァさんに分けてもらった色のおかげで、色の使い方が分かったので。一人だったら多分…ずっと気づけませんでした。」
少女は朦朧とした頭で考えたことが途端に恥ずかしくなり、まだ戦闘中にもかかわらず顔を真っ赤にする。
「ラ、ラヴァさん!?大丈夫ですか、熱がこもりましたか?」
「大丈夫、戦闘中だよ。」
何が起きたかわからず呆然としていたサラマンダーも動き始める。
上位種である自分の炎を消せるのは同じ上位種の青のみ、炎が消せるのならば自分を殺せる可能性があると、攻撃を躊躇していた。
「ギャアァァァァオオオオオ!!!」
サラマンダーが吠える。目の前に現れた少年を敵と認めて。
「来ます!ラヴァさんは下がって回復を!」
「ううん、ワタシが隙を作るからネスが倒して。」
「え、その傷じゃ無…うわぁ!」
ラヴァさんが戦うと言い張るのを静止しようとしたがサラマンダーに邪魔される。燃えるしっぽを鞭のように叩きつけてくる。
体が大きい分予備動作も大きい。ミノタウロスのように小回りが利くわけではないため避けるのはさほど難しくない。
物理だけなら。
「あっつ…!」
「ちゃんと色で防がないと当たらなくても燃える。」
大きく避けたつもりでも燃えたぎる尻尾の風圧に乗った熱が体を焼く。
赤が消えたボクは防ぐすべもなく皮膚を燃やされる。
「ネス…赤で防がないと…」
「赤、消えちゃったんです。多分、使い切ったのかと。」
ラヴァさんは目を丸くしている。ラヴァの予想では色の使い方がわからないだけで、回復できたことで赤への親和性が高いことからも同系色を持っていると思っていた。
しかし、赤を使い切ったとボロボロの体で言い切られる。少年は出会ってから赤を使い続けていた。今更使い方が分からなくなるなんてことは無いだろう。
それに、
「本当にネスから私の赤を感じないね…。さっきまであんなに綺麗だったのに。」
「すみません。せっかく分けて貰えたのに。」
「意図的に分けたものじゃないから。それでなにかを護れたなら良いと思うよ。」
サラマンダーが少年の色が分からず様子見しながら軽い攻撃をしかけてくるのをいいことに、言葉を交わす。
「その色はもう使いこなせるの?」
「さっきは短剣に満タンに溜まったんですけど…。それ以来引き出せなくて。」
「ワタシの赤じゃもうトドメを刺すには足りないから、ワタシが囮になる間に溜まるならネスが倒して。」
先程止められたにも関わらず、戦う意思を曲げない。どこまでも真っ直ぐな真紅の少女を止める方法をボクは知らなかった。
「危なくなったら引いてください。使いこなせない可能性もあります。」
「充分だよ、一人じゃ倒せないから。」
サラマンダー相手に不安を感じない訳では無い。ただ、横にいる少女の聖火のような輝きがボクを奮い立たせる。
「いこう。」
「はい!」
隣にある熱と輝きは、短い間だが少年の中で燃え続けてくれた、あの暖かい深紅の炎そのものだった。
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