第19話消えた色

(燃やせ)


ミノタウロスに勝つために


(燃やせ)


誰かを護るために


「燃やせ!」


 気迫を込めて途切れそうな意識を繋ぎ止める。どんどん自身を薪としてくべて行く。

 攻撃が通ったさっきの火力でいいやと満足したらこの炎が途切れると思ったから。


「ブモァッ!?」


 ミノタウロスも少年の圧倒的な変化に驚き、傷を押さえる。

 ただの短剣では切り傷程度だったのに、色を込めた短剣はミノタウロスの腕に深い傷を刻む。


 少年は止まらない。自身の命が燃えていくのを感じながら。


「ここでトドメまで!」


 熱くなった頭でも機を逃さない。短剣をカウンターで叩き込んだ体勢から、強引に体を動かす。


 熱された体は自身の熱に負けつつも瞬間的な爆発力を生む。

 踏み込む力が強い。足の回転が早い。筋肉が人間の限界を超えるようだ。


 動く速度が速いから動きながら切る。体をねじり回転させ、強引にミノタウロスの死角から攻撃を繰り出す。


 刃が通るのなら攻撃の誘発など関係ない。ただ自分の力を押し付ける。


(熱い…けどラヴァさんの炎だ。きっといつもみたいに護ってくれる。)


 どんどん自身の体にある炎の残り火に薪をくべる。もう止まれない少年は意識が朦朧としながらも炎を絶やさんと燃やす。


「ぐぅ…あぁ!」


 体内から燃えるのを強引に回復させて戦う少年からは、動く度に呼吸の度にも苦痛の声が漏れる。


「もう一息なんだ…。」


 目の前には傷だらけのミノタウロス。自身の熱に犯されてボロボロな少年と残った体力はいい勝負だろう。


「決める…!」

「ブモァッ!」


 お互い一撃で決まることを察知し、武器を振りかぶりトドメを刺そうとする。

 ミノタウロスは傷だらけの腕で大剣を振りかぶり。

 少年は叩きつけられボロボロになった装備を纏って、炎に燃やされる体を目一杯使って渾身の一撃を叩き込もうとする。


「はぁぁぁぁぁぁあ!」

「ブモァッァァァァァァ!」


 ミノタウロスの攻撃が空を切る。振り下ろした大剣が地面に刺さる。


 しかし、少年の攻撃は届かなかった。ミノタウロスに届く直前に少年をつなぎとめていた炎が消えた。


 ガクンと倒れた体は運良くミノタウロスの大剣を避け、少年は回復が途切れた瞬間全身の激痛に襲われる。


「あぁぁぁぁ!!!!」


 全身の激痛に叫ぶ。

 殴られて骨が折れてもどんなに怖くても叫ばなかった少年が、体の内から焼かれすぎた激痛に発狂した。少しずつ確実に焼かれていった体がとうとう焼けてはいけない所まできた。


 ミノタウロスがそんな獲物の弱った瞬間を見逃す訳もなく、空いた左腕でまた横殴りに飛ばす。


 今度は回復ができない。少年を護っていた赤く燃える意思はもう消えた。


「がっはぁ!」


 殴られた横っ腹が痛む。あの太い腕に殴られたのだから肋骨も何本かイッただろう。叩きつけられた壁に無理やり息を吐き出される。


「はぁ…はぁ…なんで。」


 なんで色が消えた。体の中に灯された炎を感じない。何度熱を込めようと、折れた骨やダメージを受けた内臓が痛む。


「む、無理だったんだ…。無色のボクなんかが護るなんて…。」


 痛みと傷でどんどん体が冷えてくる中、頬にだけは熱いものが流れる。


「ラヴァさんになんでか色を貰えて…ゼインさんにも稽古をしてもらえて…調子に乗ってたなぁ…。」


 瓦礫に埋もれながら呟く。ミノタウロスも確かな手応えを感じて追撃はしなかった。それよりも遠くまで逃げられなかった老人達を皆殺しにしようと、一歩目を踏み出す。


「早く逃げろぉ!こっち向いたぞ!」

「ネスが…ネスがやられたのか…!」


「やっぱりボクは無色だったや…。誰も護れな…い。」


 貴方を護る。


 少年がそう決意を表した時のラヴァの顔が浮かぶ。色を貰えて調子には乗っていた。しかし、その決意は口先だけで出た言葉ではなかった。


「あの人を護るなんて生半可な覚悟じゃないだろ!」


 動かない体を無理やり動かす。体内は焼け、外は傷だらけ。それでも大勢の人を護るあの人を護ろうと、少しでももがく。


 瓦礫が重い。力も何分の一に落ちるのだろう。それでも動かずにはいられない。


 瓦礫の隙間をぬって外に出る。


「お前の相手はボクだろう…」


 ミノタウロスが再び現れた敵を驚いたように見据える。

 ミノタウロスも色を使い、体力が残ってないのか元の傷だらけの体に戻っている。


「第三ラウンドだ…。一勝一敗だから、これで決まる…。」


 ミノタウロスが言葉を理解するとは思えなかったが、荒々しく戦うだけでなく剣をしっかりと構えて、決戦のときを待つ。


お互いの呼吸が合う。


 瞬間、ボロボロの体を無理やり動かし斬り合う。最初と同じように攻撃の誘発なんてものはできなかった。


 ミノタウロスが少年を獲物ではなく敵と認めた。その戦い方には荒々しさがありながらも、狩ではなく戦いと呼べるものだった。


 しかし、ゼインと斬り合った少年にはミノタウロスの大剣を避けられる。

 内臓が焼けて口から零れそうになる血を飲み込む。

 吸えない酸素を無理やり吸い込む。


 隙のない大剣の連撃を避ける避ける。右へ左へ、しゃがんでは大剣の上を飛んで。アドレナリンが出てきて、体が少しだけ動いてくれる。次意識がきれればもう動けない、少年も焼けた肌で感じ取っている。


 かわす度に短剣で腕に胴に切り傷をつけていく、少しづつ削るが致命打にはやはりならない。


 大剣の突きを顔の横を通り抜けた少年は、赤い色を込めるかのように短剣に色を流そうとする。


 色は流れない。しかし、ラヴァへの決意が後押ししてくれると思った。


 決意を込めた短剣はミノタウロスの胸へと吸い込まれ


 胸を穿った。


「ブモァ…?」

「へ…?」


 唐突な幕切れにお互い死闘をくりひろげたとは思えないほど素っ頓狂な声を上げる。 

 ミノタウロスは心臓に短剣を綺麗に刺し込まれ倒れ込む。


「な、何が起こったんだ…。」


 手に持った短剣が落ちる。手を離れた短剣は少しづつ力を失い、地に落ちる時は色の残滓で地面を軽く削ったあとカランと軽い音を立てて倒れる。


「地面が削れた…?」


パチパチパチ


「素晴らしい! 黒を混ぜたミノタウロスを倒してしまうなんて! それに君にはまだ何かあるようだ…。ぜひ君を研究したい!」


 またどこから現れたのかも分からない影が語りかけてくる。


(色…?)

「あなたは今までにない色を持っている。色が無いのは、あなた自身にも分からない色が今は気づいていないだけかもしれませんが…。」


 ボクは出生の段階で色の検査をしている。何も無いと結果は出ているはず。

 しかし、今までに出たことの無い色ならば。

 検査で無反応でもありえなくはない。


「まぁしかし、黒を混ぜたモンスターの実験も出来ましたし。あちらの結晶の近くに黒のコアを置く作戦も成功しましたし。今日はいい日ですねぇ…。」

「黒の…コア?」

「えぇ結晶を壊さないと倒せない上位種のモンスターの結晶の裏にコアを埋め込みました。

結晶が割れればコアが結晶を護りさらに凶暴化させる。その効果はあなた自身が知っているでしょう?」


 ラヴァさんたちが戦っているのはサラマンダー…。さっきの炎がラヴァさんの一撃なのだとしたらもう一度コアを打ち砕くほど熱を溜めたら、ラヴァさん自身が壊れる。


 ボロボロな体にムチを打って走り出す。


「おやおや、彼も研究したかったんですがね…。まずはこの死体から見ることにしますか…。」


 そう言った影は4m程のミノタウロスの死体に手を添えた瞬間、死体と共にまた影に溶け込む様に消えた。


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