第7話 力の色

 ラヴァさんに協力すると決意してからまずは一週間、ボクはゼインさんに徹底的に教養を詰め込まれた。


「お嬢の傍に立つのならば周囲にも失礼はあってはならない。当然、身につけた知識はお嬢の身を守るのにも、自信を守るのにも役立つ。死ぬ気で覚えろ叩き込め。」


 ゼインさんは初対面こそ丁寧な気遣いがあったが、身内の教育には丁寧さを残しながらも人間が許容できるギリギリの厳しさを強いる。


 村からでてきたばかりの何も知らないボクには膨大な量の情報だったが、自分にもなにか成し遂げることができるという事が高いモチベーションになった。


 まず初めは、都市アクリルのことから始まった。そんな初歩の初歩からだったが村から出たばかりということもあってボクには全てが目新しい情報だ。

 何を知るにしても、自分が過ごす場所を知らずには始まらないだろう。


「先程も言ったようにこの都市は黒の席があり、その席を手にした王と三原色のパワーバランスで成り立っている。今の黒の席に座っている王は金色のアーサー様だがそう関わることは無いだろう。」


 黒の席と言うのが昔、都市を立てた三原色の勇者が自らの能力を均等に混ぜて作った王位継承の証だ。

 膨大な力を混ぜた黒の結晶ををはめ込まれた椅子は王のみが触れられる椅子であり、そこに座れる人は王位継承権を得たこととなる。

 椅子自体は豪華なものでもなく、ただ黒い結晶が埋め込まれているだけのものらしい。


「三原色に関しては前回も話したが、都市の治安維持の我がバーミリオン家、極東から出てきて上級ダンジョン攻略、上級モンスター討伐を任せられている浅葱家、『雷獣』に関しては都市の仕事には一切関わらん。」

「その雷獣って人だけ家じゃないですよね?」

「雷獣は災害級の雷の降る夜に突如として現れた白虎の背に乗る少女だ。雷の降る夜に現れたとは言うが、あの雷自体が雷獣のものなのではないかという学者もいるくらいだ。そのエネルギー量は三原色の中でもトップクラスだろうな」


 ボクは雷獣の情報が一番おとぎ話のようで聞いていてワクワクしてしまうがゼインさんは気にしなくていいと話を終わりにする。

 

「浅葱に関しても私達が関わることはほとんどないだろう。バーミリオンは広範囲の守護を目的とし、浅葱は武功を立てることを目的にしている。こちらも緊急時にしか関わらんよ」


 浅葱家は極東からでてきたため、異常に武功を積み家名を都市に知らしめたのだそうだ。辺境から出てきてこれだけの地位を築けるのも、ボクが求めていたものを感じて夢が膨らむ。

 上級モンスターなんて討伐できないのだが…


 ゼインさんはそんな妄想を気にもとめず、都市と都市外が描かれた地図を広げて地理を教えてくれる。

「都市の中央に黒の席を保有する王家、周りにバーミリオン家、浅葱家、本来黄色の家があるべきところに今はギルドがある。黄色だけは昔から居を構えないためギルドが建設されたのだそうだ。

ギルド長が黄色持ちだとの噂もあるが私はあの人が戦うところを未だ見た事がない」


 各勢力の大まかな位置を教えてもらう。都市の中央付近は色の境がしっかりしているが、外れに行けば行くほど色の境はなくなりどこも同じようなものらしい。

 都市の周りを囲む都市の壁はギルドの管轄らしく、立ち入りは基本禁止されている。


「じゃあ次に街の危険な場所についてだが…」


 もちろんこれは護衛の授業、危険な場所、浅葱家の管轄、ラヴァさんの好きな場所、食べ物などなど…短期間で街のあらゆる情報が詰め込まれる。

 そこからもゼインさんの特別授業はみっちり続いた。


 教える情報全てがラヴァさんに有益になるように教えてくる。ラヴァさんの好みのマップが作れてしまいそうなほど詳しく教えてもらった。

 ゼインさんは傍付きとして護衛の任務も多い。しかし、都市指折りの実力者であるため基本的にはダンジョンに出て討伐依頼のクリアを主に、森の生態確認、街の治安維持などバーミリオン家の多くの部下を率いてアクリル周辺までの治安の全てを維持している。


 残った時間をラヴァさんの護衛に回しているらしいがいつ寝ているのだろう。ダンジョンの行きと帰りに寄り道しながら仕事を済ませているらしいが、ダンジョンなんてそんな軽々とクリアできるものではなかったはず。


 ゼインさんは「浅葱が上級をクリアしてくれるから私は楽だよ」とさわやかに言っていたが、中級を一人で短時間でクリアするのはおかしくないのだろうか。

 

 ラヴァさんは「ワタシを傷つけられる人なんていないよ」と護衛がいらないと常々言うらしいがゼインさんは聞く耳を持たない。

 ゼインさん自身ができないならとボクを護衛に置きたいらしい。


 この量の事務仕事なんて出来ないからたいへん助かるが護衛と言うよりは世話係だろう。


無色のボクの護衛なんて必要なわけが無い。


むしろ何かあった時に護られるのは僕だろう。


 女の子に護られる時が来たら赤の護衛らしく顔を真っ赤にしてしまいそうだ。

 そんなくだらないことを考える頃にはあっという間の一週間がすぎ、ほぼラヴァさん関連の勉強会が終わる。


 しかし、当然ながらまだ解放なんてされるわけが無い。勉強会が終わったら何をするか。


 ボクは護衛だ。最低限の強さは必須。

 弱ければ自衛すらできないとゼインさんは人が壊れるんじゃないかというギリギリまでその大きな拳と体術で殺りにくる。

 この時ばかりはラヴァさんもそばでちょこんと膝を抱えて座っていてくれて、死にかけたら癒しての繰り返しだ。

 何度三途の川が見えたことだろうか。育ててくれた人に亡くなった人が居ないから迎えに誰も来ないのが救いだったかもしれない。


 体の中の血が出きって彼女の炎によって再生された血が流れるようになった頃には、ボク自体が赤の力を使えるようになっていた。


 今まで輸血やどんな手術を施しても成功しなかった色の譲渡が、まさかこんな方法でできるとは思いもしなかったようで、ゼインさんとラヴァさんは二人して目を丸くしていた。

 

 遺伝子情報によって色のインク量が変わるのだからラヴァさんのような規格外の癒し方に耐えれる人間ならば皆赤が受け取れることになる。

 もっとも病院でやろうと思えばただの入れ替えではなく、今流れている血に違う色を混ぜるのだから、そのイレギュラーの力に耐える体が必要になる。

 そんな手術は当然成功した例がない。

 無色だからこそ、色の親和性が高いのかもしれない。無色ながらもなにか特別な力を残してくれた両親に感謝だ。


 「やっぱり赤に適正あったんだね」


とラヴァさんは喜んでいたが、ボクは本当に無色のはずだ。

 しかし、自身の赤を使える可能性のあるボクを見て嬉しそうなラヴァさんに水を差すような真似はできなかった。


「そろそろ武器を持って訓練しよう。私の動きについてこれるなら体術でこれ以上困ることは無いだろう。なにか使い慣れてるも武器はあるか?」


 さらに朝から晩までみっちり一週間しごかれ体術を叩き込まれた次の日、あらゆる木刀のセットを目の前に置き、問いかけてくる。


「戦闘したことないので…武器では無いんですが探索用の短剣なら」

「短剣か…。それなら体術にも近い動きになるしいいかもしれんな、これくらいの刃渡りでどうだ?」


 そうオススメされて渡されたのは探索用の短剣より10cmほど長い短剣だ。


「それくらいの短剣は防御に秀でている。まずネスは自衛を完璧にしろ。安心しろ私より強い冒険者なんてそうそういない。」


 堂々と自前の武器を構えるゼインさんにつられて戦闘態勢に入る。

 短剣を逆手に持ち体の前に構え、攻撃をさばこうとしたが相手が悪い。

 ゼインさんの得意武器は二刀らしいのだがどう考えても一本を両手で扱う幅広の大剣を二本振り回している。


 一応自分の武器に合わせた木剣で稽古するが、ゼインさんが振り回す木刀の質量は馬鹿にならず直撃すれば人の体なんてくの字に曲がるだろう。

 ゼインさんは橙持ちらしく、赤の熱量操作と黄の電気信号を上手く使い恐るべき体さばきで戦う。炎や雷は使えない代わりに、自身の体をとても強化できる色らしい。


 熱せられた筋肉は最高のパフォーマンスを行い、その筋肉を電気信号を流すことで自分の体に触れる瞬間の電波をキャッチし自動で反撃してくる。


純粋な能力だけにたとえ色があっても攻略が難しい。


 さらにゼインさんは自身の肉体を鍛え上げることで橙の両方のパフォーマンスを人間の行える最大値まで高めているらしい。

 人の領域を超えているのではないか。容赦のない攻撃の嵐が降り注ぐ。


「どうした!戦闘中に色が使えなければ死ぬぞ!体に覚え込ませろ!」

(そんなこと言ったって…!!)


 対してボクが使えるようになったのは回復され続けることで、体の回復の仕方を少し覚ただけだ。

 体の熱の伝え方も掴みかけたが、こっちはボクに耐性がなく筋繊維が焼ききれるため今は使えない。


 ボクの中に燃える炎の種火を少しずつ使うイメージで回復の効果は発現する。

 回復も


 運動能力向上が使えないボクはゼインさんの二刀を自力で反応して受けなければならない。

 右斜めから振り下ろされる大剣に短剣をを滑り込ませ伏せながら一撃目を避ける。しかし、半身になった状態から絞るように左の大剣を突いてくる。体を無理にねじり避けようと試みるが顔のスレスレを掠め、避けきれなく軽く当たってしまった肩が吹き飛びそうになる。


 一本でも相当な質量の武器をさばくのに全力で体重を移動するから、二回目の防御が間に合わない。


「ぐっ…なんてパワー…!」

「いくら短剣でも武器でまともに受けるな!二発目に間に合わないなら初撃からかわせ!」


 相手を殺してしまわないようセーブしているゼインさんは、激しい攻撃の中でも余裕があるのか、こちらをよく見てアドバイスしてくる。


(そんなこと言われたって…!)


 しかし、戦闘経験の乏しいボクは一流の冒険者の攻撃を読むことなんてできず、来た攻撃を素直に迎撃するしかない。

 左横なぎは短剣を滑り込ませいなすが、そのまま回転して振り下ろされる右の一撃は間に合わず右肩にめり込む。

 とてつもない質量の木刀を肩に落とされ、ボクの体からは悲鳴のようにバキバキと嫌な音をあげる。

 さらにそのまま勢いを殺さず左の切り上げ、痛みから戻る暇を与えず脇腹を下から叩きあげられる。


「ガッハ…!!」


 脚が地面から離れる。

 肩だけでも激痛なのに、めり込んだ木刀が内蔵を吹き飛ばしに来る。体の中のものが全て出てしまいそうだ。

 打たれたところが熱を持つが、それ以上の赤で熱を発して傷を癒していく。

 患部を熱して強引に治していく稽古は地獄だった。


「回復したらまた打ち合うぞ。すぐに息を整えろ。」


 激しい戦闘、熱い患部、熱をためてしまう体、全ての要素がボクの息を荒らす。

 骨は何とか繋げた肩で息をしながら熱いのをグッとこらえて癒していく。出力が不安定なせいで回復はゆっくりな上とても熱い。


 ラヴァさんの暖かく優しい炎が懐かしく思える。

 そんなことを思える頃にはヒビが入った肩と、腹部の治療が終わる。


「もう一戦…お願いします!」


 短剣を構え身を低くして稽古に備える。ゼインさんはボクを弟子のように思ってくれてるのだろうか、立ち上がりなおも向かってくるボクを見て嬉しそうな顔色をうかべるが、剣を合わせる前にすぐに集中した表情に戻った。

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