第6話 『赤』の色

「えっとね、キミはたぶん…無色じゃないよ?」


 言われた言葉を理解するのに時間がかかる。

 言葉を理解し始めると、当然の疑問が止まらない。言葉は理解出来ても、内容を理解することが出来ない。


(親に見捨てられ、周りには虐げられて、仕事もろくになかったのに、ボクは無色じゃない?)


「キミは力の使い方が分かって無いだけだけ…な気がする。何色かは分からないけど…無色なのにワタシの赤を受け取れるはずがない。かなり上級の色か、特別な色だと思う…たぶん。」


 ラヴァさんは今まで経験したことの無い現象をどうにか説明しようとする。ボク自身にも分からないことをラヴァさんが説明できるはずもなく内容はふわっとしたものだ。


「ワタシの赤を受け取れたから、多分キミは赤に近い色なんじゃないかな…でも今まで感情の昂りとかで何も起きたことがないなら…赤じゃないのかも…。」


 ラヴァさんは自分の赤を受け止められたボクを赤持ちだと思ったらしいけど、感情の起伏で何かを燃やしたりなんてことは生まれてこの方1度もない。

 赤は怒り喜びなどの感情との結び付きが強い。いくら幸せにそだっても、一度も怒らなかった訳では無い。

 赤持ちなのならば、小さな頃に誰しもが何かを燃やしてしまうのはよくある話だ。


 第一、ボクの場合は出生時に色を計測して何にも引っかからないのだから、後天的に赤が強く発現したなんてことも無いだろう。

 色はその人の人となりを表している。生まれて色を測定し、色が判明すると強制した訳でもないのにその色にそった成長をする。

 色は遺伝子情報に刻まれているものなので、体がそれをなぞるのだろう。


 だからこそ、後天的に発現する可能性はほぼ無いし、ボクの何も無い人生は無色そのものだろう。


 幼い頃から暴発させないために落ち着いてるラヴァがこんなに首を傾げて悩んでいるのはレアな気がしてまじまじと眺めてしまう。 

 しかし、少年は自分に色の可能性があるということに興味津々で、目線は向けつつも頭の中は色が使える可能性で満たされていた。


(ボクに色がある…?今までなんの力も出てないのに…)

「もしかしたらキミの色はとても貴重なものなのかもね。」


 観測されていないなら計測もできないでしょと少し微笑みながら驚くことを言うラヴァさんにボクは目をやる。

 こんな人でも冗談を言うんだ。くすりと微笑むラヴァは深紅の髪をなびかせ、宝石のような赤い瞳でこちらを見る。

 ボクはあまりにも綺麗な真っ直ぐな赤に、顔を真っ赤にしてしまう。


体の内が熱くなる。


 さっきまでは自分の中で困惑していたのに、今では彼女の美しさが目に焼き付いてしまう。

しかし、彼女はまだボクを驚かせる。


「ワタシの赤を受けれたなら赤の近似色の可能性は高いと思う。どうかな、ウチで冒険者として働かない?」


冒険者…?


ボクが…?


バーミリオン家の…?


あまりにも突然すぎる発言にボクは言葉も時間も失う。


バァン!


 キョトンとしていると扉がすごい勢いで開く。さっきのゼインと呼ばれた大男が扉をすごい勢いで開けて嵐のように入室した。

 さすが赤の家の扉…規格外の負荷にも耐えれる強度なのか…そんなことを考えてしまったが、男はとても焦って言葉を並べる。


「お待ちくださいお嬢!彼は無色ですよ?我らが遠征するダンジョンはどれも上級…彼を殺す気ですか!」


 こんな爆弾発言にも冷静にボクの身を案じてくれるゼインさん。

 ボクが入るのを嫌がるわけでもなく、なんていい人なんだ。

 しかしラヴァさんはさらに爆弾を投げ込む。


「ワタシの赤で癒せるから。即死しなきゃ彼は死なないよ。それにワタシの赤を受け取れるなら黒の席を手に入れるのだって相当戦力になる」

「しかし…彼は最近都市に来たばかりで右も左も分からないんですよ。そんな派閥戦争みたいなものに巻き込まなくたって。」

「三原色をまとめ、黒の席に座るのはワタシの使命。赤の最上位を持って生まれたのだから。黒の席に座り、この世界を護る」

「お嬢がそんな責任を背負う必要なんてないんですよ…」


 都市の情勢なんて知らないボクは話についていけずキョトンとしてしまう。

 派閥戦争?黒の席?都市一日目からダンジョンに潜り、その後数日ベットで寝ていたボクはこの都市を何も知らない。


(もっと勉強してから都市にくるべきだった…世間知らずの田舎者がバレる…)


 お金が無く慌てて仕事を探したもんだから何も見聞き出来てないのだ。着いてから学ぶのが一番と、村なんかで学ぶ情報が役に立つわけないと村から飛び出したが失敗だった。


 キョトンとしているとやはりゼインさんは面倒見が良いよく優しい。ボクの方をちらりと見て、ボクの状況を理解したのか説明してくれた。


「客人の前ですまない。キミは都市に来たのも最近だものな。分からないことだらけだったろう。」

「お恥ずかしながら…」


 田舎者の無知はどこか恥ずかしさがある。


「この都市アクリルには現在三原色の中でも最上位を継いだものが三人いる。

一人目がバーミリオン家のお嬢、

二人目は極東の青の浅葱家ご令嬢の瑠璃様、

もう一人は都市にはいないのだが雷から生まれたと噂される野生児『雷獣』トゥルエノ様だ。」


 なんでもバーミリオン家は代々アクリル守護をしていた家系で、都市の管轄を担っていたらしい。が、青の最上位が生まれたからと浅葱家のものが極東から都市に出てきて屋敷を構え、二色が揃ったことが合図のように嵐の日に雷鳴の中から雷獣と呼ばれる少女が現れたのだとか。


 色はまるで魔法のようだが雷獣に関してはもはやおとぎ話だ。雷のゼウス神だったりしないのだろうか。

 村では知る由もない規模の話を何とか頭の中で整理していく。


「アクリルにはむかしから予言があって

『高位の三原色が混ざり合う時、漆黒が世界を塗りつぶす』

と言われていて、アクリル守護を担うバーミリオン家としては三原色を統べ、統一の証としてアクリルの王が代々座る黒の席を手にし、世界も含めて護りたいのだ」


 話を聞いているとバーミリオン家は代々アクリルを守ってきた自分たちが率先して黒の席に座ることで、派閥戦争が激化し混ざり合い、この世に漆黒が生まれることを防ぐつもりらしい。


 ちなみに浅葱家は強い青を持つためアクリルに来たが、予言のこともあり三原色が不要な接触をするのを嫌ってるらしい。黒の席にも興味はないらしく、触らない神に祟なしと極東独自のスタイルを貫いているらしい。


 雷獣はそもそも家系ではないので自由気ままに森で生活してるらしい。それなのに政治なんかには興味無いだろう。


「黒の席というのは昔に三原色の三人が作ったものだからアクリルにしか権力は働かない。

しかし、漆黒は世界に対しての色災だからこそ、色の最先端アクリル内では力を合わせたいとバーミリオン家現当主の父上様が動いているのだ。」


 黒の席と言うから漆黒に繋がるのではと思ったボクを見透かしたかのよう、誤解のないように補足の説明をくれる。

 つまり、王の椅子を表すだけで黒の席に能力自体は特に関係なく、三原色を総べるのならば自分の家でやりたい…ということらしい。

 確かに代々アクリルの守護をしていたのならその言い分もおかしくないのかもしれない。


「だからお嬢はより最上級である自分の赤の力を使える可能性のある君をバーミリオン家に迎え、鍛えあげようとしている。

 しかし無理は言わない、キミは無色なんだお嬢の傍にいれば死の直前まで治せるから、想像を絶することばかりだろう。」


そう。ボクは無色だ。


何も出来ない

何にもなれない

何色にも染まれない


この世界に何色をも描くことが出来ない


 そんなボクが小さな村を出て自分の可能性を探していないわけないじゃないか。


 ボクだって男の子だ。無色だからって諦めて生きて行きたくない。


 怖いことも辛いことも苦しいことも嫌だけど、立派な夢や目標がある訳でもないけど、冒険もしたいし、男の子だからこそ最強だって目指したい。


 そんな今までの妄想が現実になると手を差しのべられた時、ボクの返事は決まっていた。


「ボクなんかで、『無色』なんかで力になれるなら…」


 ボクの言葉の中身に期待されるようなものなんて何も無い。無色ができることなんてありはしない。

 それでもボクの命を救ってくれた彼女のために戦う術を持てるなら。

 ボクは一人の男として胸を張って生きれるのではないか。

 言葉の中身は弱くとも、言葉に乗せた気持ちは本物だ。


 その熱は、ラヴァさんがボクの体に残してくれた赤が炎のように揺らめくような錯覚を起こさせた。

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