第73話 幻覚

「急に敬語になるの怖すぎるんだが……」

「怖いって、別にちょっと質問してるだけじゃないですかぁ。ねえ何で私がキレるの?」

「……ちょっとそこの岩の匂いを嗅いで見れば分かるはずだ。だが、少し刺激が強いものが見える可能性があるからあまりおすすめは――」

「うわっ! 何この匂いっ!」


 俺の忠告を聞こうとせず、岩の匂いを嗅いだクロはその激臭に鼻を押さえた。

 俺が今見えているのが薄着のクロ。という事はクロが見るのは……


「か、一也さん!! そのその、ふ、服を着てっ!! そんな事言っても駄目だって!! きゅ、急すぎるし、こんなところで――」

「はぁ……落ち着けクロ。それは偽物。本物はこっちだ」


 想像以上に取り乱し、顔を真っ赤にするクロの肩をポンポンと叩いた。

 はっとした様子でクロは俺に視線を移す。

 どうやらクロの目に移ったおそらく裸姿であろう俺を幻覚だと認識してくれたみたいだ。


「今度の統括モンスターはどうやら匂いによって幻覚を見せて、各階層毎に強力なトロルの個体を作りだそうとしているらしい。多分トロル達が見ていた幻覚は、この階層の誰でもいいから階段を登りきったご褒美として体を差し出す……そんな甘い事を言うメスのモンスターだったんだろう」

「それで殺して食べて鞭で打って……。匂いも見た目も動機も最悪……。これがこの先ずっと続いてるかもと思ったら……。って待って! という事は……」


 俺が厳格について冷静に分析した結果を言葉にしていると、ある事に気付いたのかクロは顔を更に赤くした。


「もしかして私の、その、見たの?」

「……は、裸ではなかったぞ。だからそのだな―」

「なんでちょっと歯切れ悪くなってるのよ!! 私がキレるってそういう事だったの!? 一也さんは悪くないけど……忘れて忘れて忘れて!!」


 クロは拳を作って俺の身体をポカポカと殴り始めた。

 痛くはないし、これで気が済んでくれればいいのだが。


「ってまだ裸一也さん居るしっ!! もしかして一也さんにもこれはまだ……。うああああああっ!!」


 クロは全力で岩を殴った。それが原因か幻覚は消えた。

 佐藤さんの時とは違う形で荒れてるな。こんな風に荒れているクロは初めてゲームでやられた時、いやそれ以上だ。


「許さない。こんないややらしい仕掛けでダンジョンの外に出ようなんて……」

「いや、この仕掛けじゃ外に出れない。俺が思うに今回の統括モンスターは今までと毛色が違うんじゃないか?」

「外に出るのが目的じゃない?」

「強い個体を作るのにはもっと違う目的がある気がする。それこそもっと私的な事。例えば育成だけを楽しんでいるとか、もしかしたら強化する事を目的としているわけじゃなく相手を自分に酔わせて悦に浸っているだけとか」

「でもモンスターでそんなのって……」

「人間に近いよな。そういうのって。それでもし俺の予想が正しければ、統括モンスターは今の俺達の様子をどこからか見ている可能性も――」

『あー面白い人間って……』


 見えなくなったと思った幻覚が姿を変えて現れた。

 長い悪魔のような尻尾に八重歯で銀髪。セクシーな服に身を包ませ、小さく黒い羽を動かす様子は妖艶と言わざるを得ない。

 限りなく人間に近いがこれもモンスターなのだろう。


『トロルは馬鹿で洗脳しやすくて、私に向けられる性欲で行動1つ1つがハチャメチャになってくのは面白かったけど……。知性のある生き物はまた格別ね。それに魔力も経験値もトロルなんかよりよっぽど……美味しそう』

「こいつが統括モンスターか……」

『私はサキュバスっていう種族らしいわ。魅了した相手や発情している生き物から魔力を吸って、経験値を得る。あなた達が見てるのは私が体液でマーキングした岩から発する匂いが作った幻覚。そこはまだ匂いが薄いけど……。一杯欲情して私に経験値、魔力をもっともっと頂戴! ふふふ、この高揚感とHPが減る感覚がまた堪らないのよね――』

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