第72話 怒気
「や、だ。死にた、くない……」
乱れ飛ぶ矢の中を血まみれで抜け出したトロルが1匹。
どうやら飛び出し方は転移弓と似ているがその範囲は限定されてしまっているらしい。
俺はその1匹を狙って今度は魔力弓を使って矢を放ち、爆散させた。
罠を張る時や相手の裏を突く時には時空弓が役に立ってくれるかと思うが……なかなか使い所が難しいな。
「お前達、何してる! 人間を殺せ! 階段を上れ! そうすれば、ボス、俺達と……ぐへへ」
遠くで静観していた鞭を持つトロルがこの様子を見て憤りを感じたのか鞭を地面に叩きつけて、大事そうに祀られてはいる岩に指を差した。
特に変わった様子は見られないその岩に視線を送ると、トロル達は口の端から涎を溢す。
醜悪な見た目が余計に酷く映るトロル達だが、この様子からすると何か幻覚を見せられているのだろうか?
「「「ぐおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
生き残っていたトロル達の士気が高揚すると、この階層中に凄まじい雄叫びが木霊した。
とはいえ、こっちの攻撃は終わっていない。
いくら気持ちでどうにかしようとしてももう無駄だ。
「くそっ! くそくそくそ!! なら、これでどうだ!?」
鞭を持ったトロルは唐突に自分の顔を両手で握り潰した。
そしてその顔を変形させて、次第に人間のそれに近づける。
「どうだ、これで、攻撃は、出来ないはず」
「……酷いな」
「……マジで最悪」
クロが最近テレビを見て覚えた若者言葉を引き出した鞭を持ったトロル。
変化したその顔はクロと全く同じと言っても過言ではないものの、太ったその身体とのアンバランスな見た目があまりにも滑稽。
俺に攻撃を躊躇させたいが為の行動だったのだろうが、余計に攻撃意欲は増した。
『レベルが301に上がりました。ステータスポイントを2獲得しました』
「一也さん。あいつのHPをギリギリまで削ってもらってもいい? 最後は私が仕留めたいから」
「了解した」
鞭を持ったトロル以外全て殺し切ると、俺は身体をうねらせてまるで誘惑する様な仕草を見せるそいつに向かって矢を放った。
「ぐあああああああああああっ!! 何で攻撃が出来る? 肉、肉を食わないと……」
右半身と下半身が吹き飛び、残ったのは頭と左半身。
それでもまだHPが残っているのはこの個体が相当なレベルに達しているから。
31階層でこれだけのモンスターに仕上っているとなると、これより下はもっと強い個体が――
――ベギッ!!
「う、あ!」
「私の顔でそんな事して……。只で済むと思わないでね」
クロは死にかけのそいつの周りから他のトロルの死体を退けると、にっこり笑ってその顔に踵を落とした。
余計な事をした所為で黒の怒りを買ってしまったのが運の尽きだな。
「じゃあ俺はこの間にちょっと調べさせてもらうか」
大量のトロルがこぞって熱い視線を送っていた岩に近づき、まずは手を当ててみる。
特に変化は無し。
「じゃあ、匂いは……。うっ! つーんとき、た――」
岩に顔を近づけて匂いを嗅いでみると、激臭が鼻腔を抜け、そして……
「一也さん。私の言う事聞いてくれたらちょっとだけだけど……いいよ?」
俺の目にこれでもかと誘惑してくる薄着のクロの姿が飛び込んできた。
「これは……。こんなのに気付いたらまたクロがキレそうだな――」
「一也さん。私がまたキレるってどういう事ですか?」
鞭を持っていたトロルを殺し終わったのか、今度は本物のクロが不気味な笑顔で俺に近づいてきた。
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