第10話『ピカピカの看板』
ピボット高校アーカイ部
10『ピカピカの看板』
あ……
一瞬目をつぶってしまった。
角を曲がって校門が見えてくると、朝日が学校の看板に反射して眩しかった。
入学して一か月がたったけど、こんなに眩しく感じたのは初めてだ。
朝日と看板の微妙な角度で目を刺すんだろう。五歩も進むと眩しくなくなるが、その刺激で、思わず校門を潜るまで、看板を見つめてしまった。
PIVOT HIGH SCHOOL(ピボット高校)
英語の横文字表記の下に2ポイントほど小さな日本語の校名がレリーフになっていて、朝日が反射しなくてもピカピカ。
入学式の時は大きな『2022年 ピボット高校入学式』の立て看板の横で写真を撮った。
門扉の横のレンガ塀に学校の看板があるのは分かってたけど、マジマジ見るのは初めてだ。
英語の横文字は、古めかしい亀の子文字だ。
今どき、こんな古い書体じゃ読めないだろう……まあ、書体を含めてのデザインなんだろうけど。ひょっとしたら著作権があるのかも……と思いつつ、一時間目は体育で、早く着替えて移動しなくちゃと思ったとたんに忘れてしまった。
「ちょと、看板を磨いていたんだ」
部室に入ると、マネキンには、いつもの制服ではなくてジャージがかけられていた。そのジャージから、クレンザーのような匂いが漂っている。
「あ、先輩が磨いたんですか?」
今朝の看板が浮かんできた。
「おお、気が付いたか(^▽^)」
なんだか、すごく嬉しそうな顔になる。
素の顔でも美人なんだけど、笑顔になると、ちょっと反則なくらいの可愛さが加わる。
「あ、でも、授業は出てたんですよね?」
「ああ、むろんだ。昨日一度磨いたんだけどな、なんだか足りない気がして、六時間目に、もう一度やったんだ」
「サボリですかぁ?」
「人聞きの悪いことを言うな、自習だったんだ」
自習でも、終礼はあったんだろうけど、深くは追及しない。
「でも、なんで先輩が看板磨くんですか?」
いつものようにお茶を淹れながら背中で聞く。ひょっとして、なにか悪さをして、その罰にやらされてた?
「愛校精神だ」
青信号で道を渡りました的に当たり前の答えが返ってきた。でも、愛校精神で看板を磨くというのは、青信号の上に、手を挙げて渡りましたというぐらいに珍しくて、わざとらしい。
でも、指摘すると、きっと顔を赤くしてワタワタしそうなので追及はしない。
「お、今日はケーキですか!」
お茶を飲むときには、なにかしらお菓子が載ってるテーブルに、今日はコンビニのそれよりは二回りも大きなショートケーキが載っている。
「ひょっとして、先輩のお手製?」
「バカ言うな、自慢じゃないが、そういう乙女チックなことは苦手だ」
お手製と思ったのは、ちょっと大振りなことと、作りがザックリしていたからだ。
「駅前のポッペってパン屋がケーキも作ってるんだ。まあ、食え」
「いただきます…………おお!」
ちょっとビックリした。どうにも遠慮のない甘さなのだ。
今日は体育もあったし、お昼を食べたとはいえ、高校生が放課後にいただくには、ちょうどの量と甘さだ。
「ハハハ、男が美味そうに食べる姿はいいもんだな」
「看板見て、改めて思ったんですけど、なんで英語表記の方が日本語よりも大きいんですか?」
「英語じゃないぞ、スペルは同じだがドイツ語だ」
「ドイツ語?」
「ああ、ピボッ ハイスクールだ」
「え?」
「英語では、ピボット ハイスクール。微妙に違う。だから亀の子文字で書いてある」
あ、そうか、あの書体はドイツって感じだ。
「この学校は、百年以上前にドイツ人が作ったんだ。ホームページに書いてあるだろうが」
「あ、えと……」
あんまり読んでいない。二校落ちた後、ここしかないから入ったんで……笑ってごまかす。
「PIVOTというのは、日本語で要という意味だ」
「ああ、要市の要」
「昔は、要中学とか要女学校とかがあったからな、差別化の意味も込めてドイツ読みにしたんだ」
「ああ、そうだったんですか」
納得はしたけど、それほど感心はしない。街の名前が要市(かなめし)だ。
僕の覚めた反応に興ざめしたのか、先輩は、この可愛い口がここまでいくかというくらいの大口でケーキにかぶりつきながらパソコンを操作した。
「よし、今日の部活は、ここだ!」
思い至った先輩は、口の端にベッチョリとクリームを付けて、いかにも「これから悪戯をやるぞ!」というわんぱく坊主の顔になっていた。
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなかびょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなからこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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