第7話『先輩と川に入る』
ピボット高校アーカイ部
7『先輩と川に入る』
くの字に曲がる小川の手前まで来て、先輩は立ち止まった。
「ここを曲がった先、小川の向こう岸にお婆さんが現れる。そのお婆さんを観察するのが、今日の部活だ」
「あ、そうですか」
「念のため、靴と靴下は脱いでおいてくれ」
「え?」
「理由は聞くな、わたしも脱ぐから」
そう言うと、先輩は器用に立ったまま靴と靴下を脱ぐ。
たかが、靴と靴下なんだけど、ドキッとする。
片足ずつしか脱げないので、脱ぐたびに先輩の片足が上がって、太ももの1/3くらいが露わになるし、くるぶしから下の生足が露出するし。
「ズボンもたくし上げておいてくれ」
「ひょっとして、川に入ります?」
「可能性の問題だが、とっさに間に合うようにしておきたい。さ、行くぞ」
くの字の角を曲がって薮に身を潜めると、向こう岸にお婆さんが現れて盥の中の布めいたものを水に漬けはじめた。
お祖父ちゃんの影響で、あれこれ知識のあるボクは、お婆さんが染色の職人さんのように思えた。
今でも、地方に行けば染色の職人さんとかが、染めの段階で糊や、余計な染料を洗い流すために川を使うのを知っているからだ。お婆さんの出で立ちも裾の短い藍染の着物だったりするので、その線だと思った。
「ただの洗濯だ」
「え……ということは」
「黙って見ていろ」
「はい」
待つこと数分、先輩のシャンプーの香りなんかにクラクラし始めたとき、先輩が、小さく、でも鋭く言った。
「来たぞ!」
見ると、川上の方から大きめのスイカほどの桃がスイスイ流れてきた。
「桃は、スイスイではなくて、ドンブラコドンブラコだろ……」
「は、はあ……」
ドンブラコドンブラコというのは、川底に岩とかがあって、流れが複雑で揺れている感じなんだけど、桃は、性能のいいベルトコンベアの上を行くように、ほとんど揺れることがない。だからスイスイなんだけど、先輩には逆らわない方がいい。
穏やかに流れてきた桃は、ゆっくりと御婆さんの前に差し掛かってきた。
「ここからだ……」
お婆さんは、染め物職人のように洗濯に集中しているせいか、気付くことも無く、桃は、お婆さんの目の前を通り過ぎる。
チッ
舌打ち一つすると、先輩は女忍者のように川下の方に駆けていく。僕もそれに倣って川下へ。
くの字の角を戻ったところで、川に入る。
「少し深い」
先輩は、スカートの裾を摘まみ上げるとクルっと結び目を作って、丈を短くした。
太ももの、ほぼ全貌が見えて、思わず目を背ける。
「見かけよりも重いぞ」
「え?」
一瞬、先輩のお尻に目がいってトンチンカンになる。
「しっかり持て!」
「は、はい」
それと分かって、二人で桃を持ち上げて向こう岸にあがる。
「すぐに、上流に行くぞ」
「はい」
二人並ぶようにして桃を持ち上げ、お婆さんを避けつつ小走りで、百メートルほど上で川に入る。
「急げ、ゆっくりと!」
「は、は……あ!」
矛盾した指示にバランスを崩してしまう!
ジャプン
「「………………」」
努力の半分が水の泡。
二人とも、川の中に転んでしまって、もう、胸から下がビチャビチャ。
しかし、桃は無事に川の流れにのって流れていく。
「鋲、念には念をだ!」
「はい?」
急いで岸に上がると、お婆さんの後ろ側の土手に隠れる。
先輩は、野球ボールくらいの石を拾うと、迫ってきた桃の前方に投げた。
ドプン!
さすがに気づいたお婆さんは、洗濯の手を停めて、川の中に入ると「ヨッコラショ」と桃を持ち上げた。
「うまく行ったぁ!」
「ちょ、先輩!」
感激した先輩は、濡れたままの胸で抱き付いてきて、僕はオタオタするばかり。
お婆さんが無事に桃を持って帰るのを確認して、僕たちはゲートを潜って部室に戻って行った。
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなかびょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなからこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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