6   隠された鳳凰

 瓜をかじりながらリオネンデが問う。

「バイガスラ王の宮殿に忍び込ませたネズミは元気か?」

サシーニャがリオネンデにならって大皿から瓜を取る。

「抜かりございません。さらにネズミを5匹忍び込ませました。あと数日で女ネズミを後宮に入れる事も叶うかと ―― 相変わらず瓜は青臭いだけだな」

「なにも俺を真似て瓜を食わなくてもいいだろうに。そっちの薄赤いのはあんずを干したものだ。そうだ、アナナスがあるはずだ」

レナリムを呼び立てて、『魔術師殿にアナナスを』とリオネンデが指示を出す。肉や魚を口にしないサシーニャに気を使ったようだ。


「リオネンデ王の好物が、実は瓜だなどと皆が知ったら驚くでしょうね」

 クスリと笑むサシーニャに、フンとリオネンデが面白くなさそうな顔をする。

「宮殿の庭には季節であれば、あちこちに瓜が生っていた。庭を探索していて咽喉のどが乾けばもいいで食べたものだ」

―― 食べなさい、咽喉が乾いただろ? 誰かにそう囁く自分の声がリオネンデの脳裏に蘇る。あれは誰に言ったのだったか……


「少し庭の手入れをしますかな。踊り子が宮殿に忍びこんだのは庭からだとお考えなのでしょう?」

「いや、庭は触るな。いろいろ不都合だ」

「おや、ジャッシフのために?」

「しっ!」

 後宮からレナリムが芳香を漂わせて現れる。


「アナナスでございます」

チラリとサシーニャを盗み見、アナナスの皿を置くと、レナリムはすぐに下がった。アナナスの甘酸っぱい香りが部屋を満たしていく。


 そのアナナスに手を伸ばしながら、

「不用意にを口にするな。いくら盗み聞き防止の魔法を掛けていても部屋のなかに入られれば意味がないはずだ」

とリオネンデがサシーニャをたしなめる。やはりアナナスに手を伸ばしてサシーニャが、

「秘密の漏洩ろうえいが気になるなら、さっさとレナリムを下げ渡せばいいものを」

と笑う。


「どうせレナリムを必要としているわけではないのでしょう? ならば欲しいというヤツにくれてやればいい」

「レナリムの代わりがいるなら、すぐにでもくれてやるさ。それにしても、よくも自分の妹を『下げ渡せばいい』などと言えるものだ」

「あなたの目を盗んであの二人が睦みあっている事に気が付いていらっしゃるはず」


 フン、と鼻で笑っただけでリオネンデは答えない。

「まさか、わたしは余計なことを?」

「いや、レナリムとていつまでも乙女ではいられない。男が欲しくなったところで無理もない。俺が知っていると、二人も知っている。ほかに漏れるようなことにはなるなと言ってある。だが、下げ渡す時期はまだ先になる」


 リオネンデが二人の関係に気が付いていなかったかと、慌てたサシーニャがホッと胸を撫で下ろす。

「あの夜、炎の中で逃げ惑っているところを、助けてくれたのはあなただとレナリムから聞きました。妹とはいえ、かつては先王の物、今はあなたの物だ」

サシーニャが苦々しげに言うのを、リオネンデが片頬で笑う。


「レナリムはあの夜の出来事を見ていた可能性がある。王が死せば後宮の女は自由になれる。が、『目撃者』となれば、いつ刺客に狙われるか判らない。俺の後宮に入れるのが一番安全だった」

「判っております。感謝しているのです ―― 先王の後宮で生き延びたのはレナリムと例の娘だけ ――」


「もういい、昔話など何の役にも立たん。それよりこれからの事だ」

 アナナスの果汁でべたつく手を、椀の水で清めながらリオネンデが溜息を吐く。

「造船も進んでいない。我らが計画を実行できるに、あと何年かかる事か」

「ゴルドントを落としたばかり、そう焦りなさるな。4年であの国を落とした。それだけでも上出来でございます」

「うん、取りえず海路を手に入れる目星はついた。あとはいくつかの陸路……」


 リオネンデを見詰めてサシーニャが顔をしかめる。

「焦ってはなりません。いくさを一つ終えたばかり、しっかり兵を休ませ、好機をお待ちください」

「なにも、今すぐ次に攻め込むとは言ってない」

串に刺して揚げた芋を口に運びながらリオネンデが笑う。


「新しい玩具が手に入った事だし、暫く王宮に留まるさ」

「玩具? あの娘の事?」

 あきれ顔のサシーニャの襟首えりくびをリオネンデがつかんで引き寄せる。

「誰にも漏らすな、ジャッシフにも」

サシーニャの耳元でリオネンデがささやく。

「あの娘の内腿うちももには鳳凰ほうおうがいる」

「え?」

サシーニャの顔色がサッと変わった。


 さらにリオネンデが囁く。

「リューデントの鳳凰は消した。もう他国に鳳凰を奪われることはない。そして我らは、誰も知らない『鳳凰』を手に入れた」

「うむ……本当にその件は、リオネンデ様しか知らぬ、と?」

「さぁな。あの娘の『鳳凰』は内股の秘所のすぐ横にある。性交まぐわいでもしなければ、そう見えるものじゃない」


「なるほど、それであなたがと?」

 サシーニャの皮肉にリオネンデが嫌そうな顔をする。

「まぁ、ジャッシフがこの4年、あの娘がどこで誰と接触していたかを調べている。どのような暮らしをしていたか判ればその辺りも明らかになろう ―― それと娘の世話を任せたレナリムは気が付いただろうな。身体を清めさせた」

「レナリムならば、知られたところで問題はございません ―― それで、どうなさる?」


 サシーニャから離れ、再びリオネンデが瓜を手にした。

「ほかに知る者がいて、そいつを消せないとなれば、あるいは娘の命、奪うことになるやもしれぬ。我らが手から盗まれる危険があればな。そうでないのなら ―― もちろん手放しはしない」

「今さらながらリューデント様を失ったのが惜しまれます。一対の鳳凰――」

せんない事を口にするな。リューデントは死んだ。俺が殺した。もう取り返せない」


 感情を見せないリオネンデをサシーニャが見詰める。

「悔いておられるか?」

「俺が? 何を?」

「それは……」

「リューデントを殺して、リオネンデも死んだ。今、俺が生を永らえているのは目的があるからだ。その目的を知る唯一のおまえが『後悔』しているのかと、俺に問うのか? ただ一人、秘密のすべてを共有するおまえが訊くのか?」


 サシーニャが唇を噛みしめ顔を伏せる。

「サシーニャは王に命を捧げております。後悔などございません」

「……それなら二度と悔いているかなどと訊くな。それよりおまえに命じた事柄の遂行に励め」

「……仰せのままに」


 暫くリオネンデは、サシーニャにも勧めながら、薄く切って焼いた肉を青菜で包んだものや果物、ナッツを口に運んでいたが、

「そう言えばカラスは飛ばしたのか?」

と、サシーニャに尋ねた。

「昨夜遅くジャッシフ様よりうけたまり、今朝ここに来る前には飛ばしております」

「巧くいくかな?」

「これは珍しい。自分が立てた計画が、巧くいかないと?」

「フン、たまには魔術師殿の意見を聞いてみたいと思っただけだ」

「まぁ、巧くいくようカラスに含んでおきました」

その言葉にリオネンデがニヤリと笑う。


「やはり追加の細工を施したか。どう含み置いた?」

「王の望む期限までに、王の望む船を作れば、王国の選任技師に取り立て身分を保証する、と」

「ふむ。牢に入れろとは言ったが殺せと言っていない。なのに牢に入れる事もなく虐殺された。そんなヘマを、今度はしなさそうだな」

「あれは……」

「判っている。蜂起したゴルドントの民が殺されたのは、カラスの伝令が、届いた後に入れ替えられたからだ。そしてお前は同じヘマを二度とはしない」

「あの虐殺を企てた賊は既に己の国へと逃げ帰りました」

「ならば、次にはその国に攻め込むか?」

「では、いつでもいくさ支度じたくを始められるよう、下調べを進めておきましょう」


 サシーニャが立ち上がる。

「明日はやはり墓地に行かれますか?」

サシーニャが問えば、リオネンデはうなずいて

「供を頼む。あの娘も随行させる」

と答えた。サシーニャは少し驚いたようだが、

「では、支度を整えておきましょう。では、これにて」

と、ふわっと姿が見えなくなった。魔法を使ったのだ。


 リオネンデはまたも瓜に手を伸ばしながら、

「頼りにしているよ」

と、すでにそこにいないサシーニャに言った。


 やがてリオネンデは立ち上がり、後宮へと向かった。中に入るとすぐさまレナリムが姿を現す。レナリムは後宮の入り口のすぐ横の部屋を与えられている。

「食事が済んだ。片付けろ ―― スイテアの部屋はどこだ?」


 後宮は入り口を入ると広間になっており、周囲に沿って個室が設えられている。その個室には布が掛けられて広間から中を見えなくしていた。


「わたくしの隣に致しました」

 広間でたむろしていた侍女たちに、王の部屋の片づけを命じてからレナリムが答えた。侍女たちはすれ違いざま、王に一礼しては王の寝所に入っていく。


 リオネンデはそれを見送ってから、レナリムの部屋を通り過ぎ、スイテアの部屋と言われた場所に掛けらてた布をザッと開け放した。椅子に腰かけたスイテアが驚いてリオネンデを見上げる。


「俺の声が聞こえたはずだ。聞こえたらすぐに出てこい」

 そう言いながらずかずかと部屋の中にリオネンデが入っていく。

「狭いな……でもまぁ、こんなものか」

「これでも広いほうです。何しろ後宮には少しばかり人が増えすぎて……」

追ってきたレナリムが言いにくそうに言う。


「あぁ……ジャッシフが千百だと言っていた。どうだ、誰か払い下げ可能な者はいるか?」

「リオネンデ様のおっしゃる条件では、なかなか難しいかと」

「うん……」

 後宮の女たちが誰かに想いを寄せるようなことがあれば知らせろとリオネンデから言われているレナリムだ。だが、後宮から出る事のない女たちが、よその男と知り合えるはずもない。

「そうだな、ジャッシフに言って、受け入れたいという男がいないか探らせる。出たいという女を選別しておけ」

「かしこまりました」

レナリムがそっと笑んだ。


 スイテアはいきなり入ってきた王に叱責しっせきされたからだろう。椅子を降り、ひざまずいている。それを無視し、部屋の奥に入り何やらリオネンデは部屋の様子を確認しているようだ。特に奥に掛けられた衣装を一着一着、手に取って見ている。


「地味だな。もう少し華やかなものを。ローゼルのような赤いものを入れろ」

 やはりレナリムが『かしこまりました』と答える。

「椅子とテーブルも他にはなかったのか? もう少しマシなものにしろ、なければ買い入れろ。寝台も寝具も変えろ」

「はい、早急に」

寝所はいらぬ、と言ったリオネンデが、『なぜ寝台を入れた』と怒りはしないか冷や冷やしていたレムナムがホッとする。そして『やっぱり』と自分の想像が当たっていたとほくそ笑む。


「それから……明日、墓地に伴う。相応ふさわしい衣装の用意を ―― スイテア、ついてこい。先ほどの続きだ」

 スイテアの返事を待たず、リオネンデは寝所に戻っていった。

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