第295話 絶戦

 メルブラン団長と皇帝リーン、盲目のゲン、エアの四人は、カケラに操られているドクター・シータと戦っている。神器・ムニキスと機工巨人もそちらで使われている。

 主戦力がごっそり抜かれた現状では、俺たちに勝ち目はない。

 なんとしてもいまの状況を変えなければならない。


 全身に白いオーラをまとう俺は、絶対化した空気のバリアを張った状態でカケラへと突っ込んだ。

 白いオーラとともに絶対化空気で殴れば、多少はダメージを与えられるかもしれない。


 俺が繰り出した拳をカケラはヒラリとかわした。

 まるでかする気配すらなかったが、彼女が俺の攻撃をかわしたというのは大きい。

 彼女の硬さや霧化の柔軟さがあるなら、絶対化した空気であろうと避ける必要はないはずだ。それをかわしたということは、俺の攻撃でダメージが入るということ。

 俺はカケラを追いかけた。

 カケラは上空へと飛び、そして空を覆う白いオーラに近づくと方向を横へと転換した。

 やはり勇気の白いオーラならカケラにダメージを与えられるらしい。


 カケラは逃げながら魔法をバンバン撃ってくる。

 いちばん多いのはレーザー光線。速度と威力が高いので一発でも撃たれたら脅威だが、俺はカケラの指先を見てその軌道上から逸れるように避ける。

 たまにレーザーがカクッと折れて俺にホーミングしてくるが、それはカケラの視線から予測して光屈折空気層バリアだったりルーレ・リッヒの氷壁生成でしのぐ。


 カケラは俺の方を見ながら背中方向に飛び、進路上にいるドクター・シータの方へ向かっている。

 混戦に持ち込む気だろうか。あるいはエアたちを攻撃して均衡している形勢に変化を与えるつもりか。


「警戒しろ!」


 俺は逼迫ひっぱくした雰囲気で叫んだが、感覚共鳴でつながっている心の中では別の指示を出していた。


 メルブランが無理をしてリーンの分の肉人形も引き受け、そしてムニキスを持ったリーンがカケラに飛びかかる。

 それを邪魔しようとするドクター・シータ本体を盲目のゲンとエアが全力で押さえ込み、リーンがその戦域から身一つ分だけ脱した。

 彼女は世界最高の剣士であり、白いオーラをまとっている彼女の鮮烈な一閃は、カケラの胴体を真っ二つに割った。


 顔をしかめるカケラ。一瞬反応が遅れたようだったが、すぐさま体を赤い霧に変えて胴体をつないだ。

 その瞬間、ドクター・シータの支配が解かれ、感覚共鳴に戻ってくる。


 いまこの瞬間に白いオーラの一撃を入れれば、《勝利への道程ベスト・クライマックス》が決まって勝利することができる。

 いや、勝利への道程ならば白いオーラすらいらないかもしれない。

 しかしカケラへの距離は誰からも遠く、彼女のスピードには誰もついていけない。


 どうにか次の支配を妨げようとモック工場長の粉塵とロイン大将の鉄粉がカケラを覆うが、あっという間にそれを突破する。

 その瞬間にとあるものがカケラの視界へと舞い込んだ。

 それは一枚の紙。銀紙だった。

 セクレ・ターリがインクを染み込ませて操作している鏡代わりの銀紙。

 それが何重にも反射した先には、セクレ本人の顔があった。

 そして、感覚共鳴からセクレ・ターリが外れた。


「セクレ、ナイス!」


 セクレは意図して反射のルートをつなぎ、自分の顔をカケラに見せたのだ。

 カケラはとにかく誰かをすぐに支配しなければならないはずなので、戦力としては弱いほうである自分を支配させるための行為だった。

 カケラもセクレを操作するくらいなら思考リソースを全部自分に注いだほうがいい。そしてまたほかの誰かに支配を移せばいい。

 ただし、支配を移す瞬間にダメージが入れば負けが確定するので、それだけは慎重にならざるを得ない。


「このまま攻撃を絶やすなぁっ!」


 ドクター・シータが戻ったことにより、エア、盲目のゲン、リーン・リッヒ、メルブランもフリーになった。

 これほどのチャンスはもうない。

 ここに全力を注ぎ込む!


「概念化魔法・燎原りょうげんの火!」


 最初に動いたのはシャイルだった。

 両手の中指に着けた特殊な指輪を手を叩くようにしてこすり、そうして生まれた火花より小型犬の精霊リムが出現する。

 リムの吹いた火がどんどん大きくなってカケラを囲っていく。


 カケラは空中に大量の水を発生させてその火にぶっかけたが、シャイルの火は消えない。それどころかどんどん勢いを増していく。

 シャイルが気合を込めると、リムはいつの間にか大きな犬になっていた。

 いや、犬というより狼。その頼もしい姿はまるでマーナガルムだ。


「この炎、消えない!」


「概念化魔法だもの。燎原の火の意味、知っている? 激しい勢いで広がって防ぎとめられないことを言うのよ」


 カケラは完全に不滅の炎に囲まれた。カケラを中心に一帯が炎の海になっている。

 しかし炎によるダメージはあまりないようだ。突破しようと思えば突破できるが静観している。

 カケラが警戒するのは白いオーラであり、視界の悪い状況で慎重になっているのかもしれない。


 いまのうちに次の一手を進めんと、ドクター・シータがかつての同僚に声をかける。


「おい、軍事屋と工業屋、力を貸したまえよ。五護臣最強の三人集で手を組もうじゃないかね」


「まさか貴様がまだ五護臣枠の認識だったとは思いも寄らなかったぞ、学研殿。私はもちろん構わないが、どうですかな、工業殿」


「こちらから打診しようと考えていたところですよ、軍事さん。では学研さん、お願いしますね」


 ドクター・シータの狙いは、自分の体のパワーをほかの二人の魔法で補強してもらうことだ。

 ロイン大将の鉄粉とモック工場長の微粒子がドクター・シータの白い膨張体に取り込まれる。


「あの、私も手伝わせてください!」


 そう申し出たのは砂の操作型魔導師、サンディア・グレイン。

 三人は「もちろん!」と彼女も受け入れた。


 一方、シャイルもそこで終わりではなかった。

 彼女には遠距離からカケラを攻撃する秘策があった。

 しかしそれはすさまじい精神力を使うので、おそらくそれが最後の攻撃になる。

 それでも彼女には仲間がつないでくれると信じられた。


「いくよ。概念化魔法、勇気の炎!!」


「なんですって!?」


 リムの吐く炎の色が赤から白へと変わっていく。

 これは勇気の白いオーラでできた炎だ。


「勇気の炎が燃え盛る、なんていうでしょう? 文芸表現的だけれど、意味が通じるなら概念化魔法として使えるのよ。当然知っているでしょうけれどね」


「貴様あぁ!」


 一度は白い炎に完全に覆われたカケラだったが、手刀ムニキスであっけなくそれらを消し去ってしまった。

 炎はたしかに勇気の白いオーラと同じ効果を持っていたが、あくまで魔法として発生したものなので、カケラの手刀で完全に消し去ることも可能だった。

 しかし、カケラの息が少し上がっている。少なからず疲労感は与えている。


「ドクター、僕があなたをカケラの近くへ飛ばします。皆さん、魔法のリンクを切らさないように気をつけてくださいね」


 コータが位置魔法でドクター・シータをカケラの正面に瞬間移動させた。そして、白い肉塊がカケラにまとわりつく。

 全身を覆うが、カケラが火を吹くと頭部の肉塊が焼け飛んだ。しかし首から下は完全に拘束されている。


「ゲス・エスト、急ぎたまえよ。四人がかりでも長くはもちそうにないのだからね」


 鉄粉と微粒子と砂の操作魔法が手伝って、ドクター・シータの白い体がカケラを空中に押さえつけている。


 俺はすでに攻撃の準備に入っている。しかし、俺も時間がかかりそうだった。


「なんとか全員で時間を稼いでくれ。カケラを倒せるとしたら、これしかない。だが、これは一回限りの勝負なんだ」


 俺は両手を天に掲げている。

 何をしているかというと、世界中の空を覆い尽くしている白いオーラを集めているのだ。


「馬鹿な! オーラに干渉なんかできるはずがない。空気の操作型魔法だからって、どうしてオーラを動かせるっていうの!」


「概念化魔法だよ。勇気に満ちた雰囲気、つまり概念的空気を集めているんだ。白いオーラ自体は操ることはできないが、白いオーラは勇気の表れであり、勇気を出すという空気感を操作することで白いオーラも間接的に動かせるってわけだ」


 しかし世界中の概念を集めるなんてことは非常に高度な思考活動であり、滅茶苦茶時間がかかる。このままではカケラが拘束を解くほうが圧倒的に早い。


「エスト、私なら手伝えるよ!」


「おう、頼む!」


 エアが俺の隣へ飛んできて、俺と同じく両手を天に掲げた。

 二人なら白いオーラを集めるのももっと速くなる。


「ごめんなさい。私たちはぜんぜん役に立てなくて……」


 地上で俺とエアを見上げるか弱い瞳はアンジュとエンジュのもの。

 彼女たちの魔法は静電気の発生型と湿度の操作型。戦えるほどの魔法ではない。

 しかし、彼女たちは最弱ゆえの強みがあった。それは、最弱ゆえに人一倍勇気をもってこの戦いに参加しているということだ。

 彼女たちの発する白いオーラはほかの者よりも大きい。


「おまえたちはいてくれるだけで十分助かっている。そのままそこにいてくれ」


 アンジュとエンジュをはじめ、ミスト教頭、スターレ、ウィンドの魔術師陣は二人の少女とともに祈った。

 彼ら全員の白いオーラも俺とエアの頭上の領域へ吸い込まれていく。

 それからキューカは全力で感覚共鳴を維持し、俺たちをつないでくれている。


「くっ、限界だ。もう抑えきれない!」


 ドクター・シータが限界を宣言する。

 だが心強い仲間たちはまだたくさんいる。カケラとの勝負はここからだ。

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