第283話 悪夢‐その?

※注意※

 グロ表現、鬱展開に耐性のない方は第286話から続きを読むことを推奨します。

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 もう何度目の覚醒か分からない。

 何度目覚めても、俺は常に瀕死状態だった。

 死ぬごとに体は元に戻るが、痛みや苦しみの記憶は鮮明に残っている。

 もう起き上がる気力も沸かない。

 もう目覚めたくもないのに、目覚めてしまったことに深い絶望を覚える。


 シャイルに生きたまま食べられた次の夢は、マーリンにミコスリハンで何度も何度もこすりあげられた。

 闇道具・ミコスリハンは擦られるたびに地獄の苦痛を味わうタワシで、どんなに強靭な人間でも三擦り半以内には絶命する。

 俺はその恐ろしい道具で三回半どころか、何十、何百と擦られつづけた。

 死ぬことを許されず、俺が愛情を向けるマーリンから、その残酷極まりない仕打ちを受けた。

 その悪夢ではどうやって死んだのか、もう覚えてはいない。

 それでもただ苦痛だけは鮮烈に記憶に残りつづけた。


 その次の悪夢では、生徒会長のレイジー・デントに全身の皮を剥がされ、風紀委員長のルーレ・リッヒにマチェテで腹を切られて内臓を引きずり出され、風紀委員のサンディアに内臓をグチャグチャに踏みつけにされた。

 最後にはダースに火を点けられ、体も内臓も焼かれた。


 その次は、リーン・リッヒや盲目のゲンと戦って敗れ、敗北者として晒し者にされて処刑された。

 全世界の狂喜とも呼ぶべき歓声が忘れられない。


 その後も悪夢は続いた。

 何度も何度も何度も何度も。

 もう何度目だ……。


 そして今回、ついに奴が登場した。


「カケラ……紅い……狂気……」


 真紅の髪、真紅の瞳、真紅の爪、真紅のドレス、真紅の靴、紅潮させた白い肌。

 魔導学院屋上で立った状態で目覚めた俺の前に、彼女も立っていた。


 彼女に相対し、恐怖はあるが、新たな恐怖はない。

 なぜなら、いままでの悪夢はすべてこいつの攻撃なのだから。

 つまり俺はその恐怖の源を味わい尽くしている。


「どう、感想は?」


「…………何も、思い浮かばない。言葉にならない」


「そうでしょうね。でもね、仮に言葉にできたところで、あなたの苦しみは誰にも理解されないわ。だって、この悪夢はあなたにしか見せないのだから」


 今度は何をする気だ。

 もう疲れた。

 もう終わりにしてほしい。

 いまの俺にはただただ現状を脱したいと願うことしかできない。

 ゆえに、無駄だと分かっていて俺はそれを言わずにはいられなかった。


「頼むから、もう許してくれ……」


 カケラは悪びれる様子もなく首をかしげた。

 そして、あっけらかんとしてそれを言う。


「許すもなにも、私は怒ってないよ」


 もしかしたらそれは素なのかもしれない。

 彼女が俺を狂気に染めるべく責めつづけるのは、俺が憎いからじゃない。ただそうしたいからだ。

 その欲求の源は感情ではなく、好奇心かあるいは使命感か。

 俺には彼女を理解することはできない。だから答えは得られない。訊いたところで理解もできないだろう。


 そして、彼女は閉口する俺に言った。


「ねえねえ、この世界ならあなたを殺し放題ね」


 俺の本能がカケラのその言葉に反応した。

 もはや俺の意識や感情は自分のものではなくなっているような気がしているが、これは俺の体の最後の反抗意思かもしれない。


 俺は即座に空気で二つの壁を作り、絶対化した操作でカケラを挟んだ。


「…………」


 カケラは消えていた。

 周囲を見渡してカケラを探そうとしたとき、俺の胸が背後から貫かれた。俺の胸からは鮮血に染まったカケラの腕が生えていた。

 腕の周りには折れた肋骨が数本顔を出し、カケラの手には俺の心臓が握られている。

 カケラが俺の耳元で「ふふふ」とささやくように笑うと、心臓をギュッと握りつぶした。その音が痛みを倍増させる。

 しかもそこで終わりではない。

 手を引くついでに体の中をグチャグチャとかき回し、ズルズルと腸をひっぱりだして引き千切り、湿った音を立てて遠くへと放り投げた。


 ふと目覚めると魔導学院の屋上。目の前にはカケラ。

 ゲームでいうとゲームオーバーになってセーブポイントからやり直しになったみたいな状況。

 ゲームと違う点があるとすれば、俺だけでなく敵であるカケラにもさっきまでの記憶が残っていること。


「RTAのつもりはなかったけれど、死ぬの早かったねぇ」


「殺人ASMRやめろ」


「次、もう始まってるよ」


 カケラが消えたと思ったときにはもう、俺の正面に瞬間移動していた。

 そして目にも留まらぬ速さで俺の頭を鷲掴みにし、力を込める。


「ああああああああ!」


 気づけばもう二回目は終わっていた。

 そしてもう三回目が始まっている。


 俺は即座に絶対化した空気でバリアを張り、それからカケラに絶対化した空気の刃を飛ばした。

 カケラは空気の刃が見えているみたいに最小限の動きでかわしてから、俺の方へ手のひらを向けた。


「うっ!」


 とてつもない圧迫感。俺の体が空気のバリアに締めつけられている。

 いや、バリアに締めつけられているのではなく、俺の体のほうがバリアへと動いているのだ。

 バリアは解除できない。強大な引力、あるいはそれに類する力によって、俺の体がバリアに向かって押され、ペシャンコに押し潰された。


「四回目!」


 この夢世界でカケラを倒せば、無限に続くこの悪夢の牢獄から抜け出せるかもしれない。

 その唯一の小さな希望だけが俺を動かす。


「執行モード、制裁モード、独裁モード!」


 執行モードは硬い空気と柔らかい空気の混合層で自分を覆う技。全身鎧を着たように防御力が高く、それでいて身軽に動きまわることができる。

 制裁モードは執行モードでまとった空気鎧の上にさらに巨大な空気の鎧を着て空気の巨人となる技。

 そして独裁モードは制裁モードで展開した空気巨人を圧縮して超高密度の空気鎧とする技。この状態は防御力が高いのはもちろん、攻撃する際に圧縮を一部解放することで加速したり威力を増すことができる。


 俺は各モードを一秒で実行し、三秒で独裁モードとなった。そしてすぐにカケラへと飛びかかった。

 止まっているより動きつづけたほうがカケラの攻撃にも捉えられなくなるはず。


「おららららっ!」


 両手の拳による突きの連打。さらには蹴りや膝蹴りも追加。


「ふーん、まあまあね」


 カケラは俺のあらゆる打撃をすべて的確に防御した。

 速さでは勝てない。威力もカケラにダメージを及ぼすまでには至らない。

 いったんカケラから距離を取り、制裁モードの圧縮空気を利用して圧縮空気砲を撃つ。


「エグゾースト・バーストォ!」


 空気の塊がカケラに直撃する瞬間、カケラが姿を消した。いや、俺の視界に映る景色そのものが変わった。

 状況を確認しようと思った瞬間、背後からとてつもない衝撃を受ける。


「あっははははは」


 カケラの高笑いを遠くに聞きながら、すごい勢いで接近する地面に激突して意識を失った。


「ごぼぼぼぉ!」


 目が覚めたときには水中にいた。

 水面はすぐ目の前にある。日の光を乱反射しながらゆらゆらと揺らめいている。

 さっき五回目と言おうとして思いっきり水を飲んでしまった。

 俺はすぐに水面へ上がろうと両手を動かす。


「…………!!」


 泳いでも泳いでも水上に顔を出せない。

 手は水面から上に出ているのに、顔がいっこうに水面まで届かない。


 苦しい。限界だ。酸素が欲しい。

 そうだ、空気を操作して空気を口に入れればいいのだ。

 俺は空気の玉を水中へと引き寄せた。口を開けてそこへ空気の玉を引き寄せる。


「ごぼごぼぉっ!」


 空気の玉を引き寄せているのにいっこうに口に入ってこない。それどころか水面がみるみる遠ざかる。

 まさか、空気と顔との距離を固定されてしまっているのではないか。

 俺は空気に近づけないようになっているのではないか。

 つまり、空気を引き寄せれば俺の体が勝手に遠ざかっていく。そのせいで水面もどんどん遠ざかっている。


「うっ、ううっ……」


 息ができない苦しみのなか、意識が遠退いていく。

 空気の玉が操作から解放されて上方へ逃げる。

 俺はそのまま溺死できしした。


「六回目!」


 カケラは正面にいる。

 すぐに身構えるが、周囲を見まわさずにはいられなかった。

 なんと、俺とカケラは砂漠のど真ん中にいた。照りつける太陽が皮膚を刺し、熱せられた砂が俺の全身を焼く。

 カケラは同じ環境にあっても涼しげな顔で笑っている。


「ふふふ。プレゼントをあげる」


 暑さで頭がクラクラするなか、カケラが俺に近づいてくるのが見える。

 動かなければ、と思ったときには、すでにカケラの人差し指の爪が俺の左肩に刺さっていた。


「いっ……」


「じゃあねー」


 カケラの姿がスッと消え、俺の頭がクリアになる。

 視界が明瞭になり、砂の臭いが鼻孔を突き、風の音が鼓膜を鳴らす。


「痛い……」


 皮膚が鋭敏になる。どんどん鋭敏になり、風に撫でられて激痛を覚える。


「五感が鋭くなっているのか」


 中でも皮膚の感覚が異様な速度で鋭さを増していく。

 風が痛い。風が痛い。風がすごく痛い。

 猛痛に思わず皮膚をさすると、風の比ではない激痛が全身を駆け巡る。

 見ると、皮膚がチリチリと細かく少しずつ剥がれている。


「これは風化……」


 口内も痛くてこれ以上はしゃべれない。

 ああ、喉が渇く。水が飲みたい。

 水を飲んだら喉が痛いだろうが、それでも水が飲みたい。


 俺は痛みに耐えながら砂漠をさまよい歩いた。

 何時間歩いても陽は中天に居座って動かず俺を焼きつづける。

 足も棒になり、そろそろ限界というところで、俺はようやく緑を見つける。

 にじむ視界に朦朧もうろうとする意識。

 光を目指すのように、ひたすらボヤけた緑を目指してフラフラと歩く。


「…………」


 オアシスだ。

 声は出せないが、歓喜に震える。

 てっぺんに傘のように葉をつけた猫背の木々の間を抜け、中央の大きな湖へと近づく。

 蜃気楼しんきろうなどではない。湖はたしかにここにある。


 ゴクリ。


 喉を鳴らすだけでも激痛が走るが、俺は湖に顔を浸けて勢いよく水を飲む。


「あっつぅうううっ!」


 熱湯だった。

 沸騰していないが、とんでもない高温の水だった。

 俺の体が内側から焼かれる。

 砂の上でのたうち回り、外側からも焼かれる。


 死にたかった。

 一瞬でも早く、死にたかった。


 しかしすぐには死ねない。

 全身に内側と外側から長く長く激痛が走りつづけた後、ようやくショック死することとなった。


 そしてまた、俺は目覚める。


「七回目……」

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