第275話 悪夢‐その①
※注意※
ここからはカケラの狂気が強いため、耐性のない方(グロ表現、鬱展開が苦手な方)は第275話~第285話を割愛し、第286話から続きを読むことを推奨します。
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ふと俺は目を覚ました。
俺は寝ていたのか? 俺はカケラと戦っていたはず。そして俺はエアを……。
俺はとにかく立ち上がった。
ここはベッドなどではない。
「なぜこんな所に? もしかして、元の世界に帰ってきた?」
あちらの世界で神の代理には元の世界なんて実在しないと言われた。あくまで俺の記憶の中だけにある世界だと。
俺は異世界転移前と同じ学生服を着ていた。
道路の端に寄って辺りをよく見ると、ここは見慣れた通学路だった。左手に豪邸があり、長い壁がずっと続いている。
異世界転移前の場所に戻されたってか?
おいおい、俺はここでは転移してねーよ。ここでトラックに
そう、俺は異世界転移する前に、ここでトラックに轢かれそうになった。トラックの運転手は殺意を持って俺に突っ込んできた。
いま思えば、アレはおそらく父に恨みを持った人間だったのだと思う。
父は裁判官であり、父の下した判決に納得のいかなかった者が、逆恨みで父に憎しみを抱き、その子供である俺を殺すことで恨みを晴らそうとしていた。
「ん?」
地面が揺れる。
地震かと思ったが、そうじゃない。大型トラックが道路を揺らしているのだ。俺が異世界転移する前に見たのと同じトラックが俺に向かって走ってくる。そう、明らかに俺に向かって走ってきているのだ。
なぜそれが分かるか。トラックはただ道路を走っているのではない。歩道に乗り上げ、俺の進行方向から迫ってくるからだ。
いまは対向車線に車がひっきりなしに走っている。左手には長く高い壁。
俺にできるのは、トラックから走って逃げることだけだった。
「くそっ!」
電柱がない。近くにあるはずの電柱がなくなっている。それがどういうことかと考える暇はなく、俺はとにかく走った。
だが車に勝てるはずもなく、トラックはすぐ背後まで迫っていた。
こうなればイチかバチかの賭けに出るしかない。
俺は道路にうつ伏せになり、頭を横に向けて地面にくっつけた。できるだけ高さを低くして、上をトラックが通り過ぎてくれることを祈る。
「うぐっ!」
何かに服がひっかかった。
トラックは俺をひっかけたことに気づいているのか、停まることなく走りつづける。
「うああああっ! あああああっ!」
顔を上げるも体がこすれる。
胸が、腹が、
まるで大根に転生して生きたまますり下ろされるような痛みと恐怖が続いた。
生まれてこのかた絶叫などしたことのない俺が、狂ったように叫びつづけた。
俺はひっかかった服を外そうと、とにかくもがいた。
痛みに耐えながら、手を首元に伸ばし、肘を地面にこすられながら、この拷問を終わらせようとあがいた。
「うっ、うう……」
結果として服は外れた。
さっきのは痛みに耐えていたというよりは、どうしようもないから受け入れていたと言ったほうが近い。
耐えられなくても自分ではどうしようもない状況だった。
トラックは走り去った。
しかし、解放された俺には立つ力がない。もう動く力がない。
そんなとき、不吉な音がした。
――ガコン。
金属が勢いよくぶつかる音だ。横を見ると、ここは工事現場だった。高層ビルの鉄骨が組まれている。
「まさか……」
異世界転移前にも似た状況があった。俺は鉄骨落下の危険を察知して道を変えたところ、実際に鉄骨の落下音を聞いたのだ。
再び金属のぶつかる音が聞こえ、そして……。
――ガシャガコゴシャガーン!
鉄骨は落下した。それも俺の真上に。
とんでもない激痛とともに、腰から下が鉄骨の山に覆われた。
元々動けない俺は、完全にこの場所に固定された。
痛い。苦しい。つらい。いっそのこと頭に落ちてくれればよかったのに。
意識は飛びそうで飛ばない。これからどうすればいい?
こんな鉄骨、自分ではどかしようがない。魔法でもない限り。
……魔法?
そういえば、俺は魔法を使えるんじゃなかったか? 俺は空気を自在に操ることのできる魔導師だったではないか。こっちの世界に来てすっかり忘れていた。
それに天使のミトンを使えば怪我なんて一瞬のうちになかったことにできる。
俺が魔法で空気にリンクを張ろうとしたとき、前方から足音が聞こえてきた。目がかすんでよく見えないが、男が走ってくる。
「あいつ……は……」
見覚えがある。ひったくり犯だ。老婆からバッグを奪って逃げていたところを、異世界転移前の俺は足をかけてこかしたのだった。その後は身の危険を感じてすぐに逃げたのだが。
男はこちらへ全速力で走ってくる。
ここはどの世界線だ? 鉄骨がここに落ちてきたということは、少し時間が巻き戻っていて、俺はまだあの男に足をひっかけたりしていない。だから男が俺に復讐するなんてこともないはず。
「…………」
案の定、男は走り去った。
いまだ激痛が俺を襲っていて
まずはこの鉄骨をどかさなければ。
意識が
「見つけた……」
鉄骨を見ていた俺の頭上方向から声がした。これも聞き覚えがある。
頭を持ち上げていた首の力を抜いて側頭部を地面につけた状態で声の方を見上げた。
そこにいたのは、バッグをひったくられた老婆だった。
「ひったくり犯のことか? 奴はあっちに……」
内心、俺の状況を見たら老婆もひったくりどころじゃないだろうと思った。普通は気が動転するか、慌てて救急車を呼ぶ状況だ。
だが、老婆の行動はそのどちらでもなかった。ひったくり犯を追いかけることに固執していたわけでもなかった。
「違う。あんただよ」
よく見ると、老婆の腹にはナイフが刺さっていた。
どういうことだ? ひったくり犯に刺されたのか?
もはやそれは強盗なのだが、いまはそんなことを考えている暇はない。
「俺?」
「そうさ。あたしゃね、あんたのせいで刺されたんだよ。だから……」
どうなっている? この世界線では俺はひったくり犯に接触していないから、俺は関係ないはず。この世界はどうなっているんだ……。
老婆はおもむろに腹のナイフを引き抜いた。その血が俺の顔に降りかかる。
「おい、何をする気だ! よせ、よせっ!!」
老婆が
俺はとっさに空気の壁を作ってバリアを張る。
「きぇえええええ!」
「あぐっ!!」
空気は操作できていなかった。リンクを張って空気を動かしたつもりが、空気は動いていなかった。
この世界には魔法は存在しないようだ。
「やめっ……やめ……や……め……」
何度も何度も何度も刺されて、俺の意識はようやく暗闇の中に落ちて消えた。
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