第246話 カケララ戦‐諸島連合①

※注意※

 本話には過激(グロ)な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

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 地上にぶつかる寸前のところで、リーズの操作する風がなんとか三人の体をすくい上げた。

 風はゆっくりと三つの体を地面に下ろした。


 三人は上空を見上げた。

 真っ赤な少女、カケララが紅いオーラで真っ赤に染まった空からゆっくりと降りてくる。

 その様は天使が降臨するようだったが、降下してくるのは天使ではなく悪魔のような何かだ。


「もしかして、間一髪助かったと思っている? それは間違いよ。だって、あなたたちのことはすでに死ねない体にしてあげているから。落ちても死なない。体は壊れるけれど」


 三人は言葉を発しなかった。驚きと恐怖で言葉を失ってしまっている。

 仮に言葉が戻ってきたとしても、おぞましい存在と会話なんかしたくない。

 カケララは三人がしゃべらないことを分かっているように、ひと呼吸入れると続けて話した。


「それともう一つ訂正。紅い狂気に犯されたら死ねなくなるんじゃなくて、狂気に染めるために死ねなくするのよ」


 そう言った瞬間、紅い少女の姿が消えた。

 彼女の行方にいち早く気づいたのはイル・マリルだった。


「ハーティ! 後ろ!」


「え……?」


 ハーティが振り返ろうとしたそのとき、彼女の胸を何かが貫いた。

 それはカケララの右腕だった。病的な透明感の白い腕が血で真っ赤に染まり、その赤い腕を辿った先の右手にはハーティの心臓が握られていた。

 心臓から飛び出た二本の太い血管が、その引き千切られた先端から心臓の鼓動に合わせて血を吹いている。


 ハーティは目を見開き、口をパクパクさせてそれを凝視する。

 気管ごと貫かれているから息はできないし、声も出ない。


「あなたのは、お粗末な心臓ね」


 三人の視線がカケララの右手の先に集まったとき、心臓は躊躇ちゅうちょなく握り潰された。

 紅く長く尖った五つの爪から鮮血が線状に流れ落ちる。


「きゃあああああああっ!」


 リーズの悲鳴が響き渡る。声をあげられないハーティの代わりに、リーズが絶望と恐怖に満ち満ちた、奇声じみた悲鳴を放つ。

 一方のイルは絶句していた。恐怖のあまり声が出ないし、体も動かない。


 対極的な二人の反応は同じ精神状態から生まれていた。


「ねえ、なぜもうおしまいみたいな顔をしているの? この娘もまだ終わっていないし、次はあなたたち二人なのよ。あなたたちは死ねないって言ったでしょう?」


 二人はこの世の終わりを目にしたような放心状態のまま動けなかった。

 恐怖と絶望のせいだけではない。カケララの動きが目に捉えられない。まばたきをするまでもなく、カケララは一瞬で消失してイルの背後に姿を現していた。

 移動が速いというレベルではない。時間が切り取られたみたいに、情景が一瞬にして変化する。


 しかし優しくないことに、カケララが左腕でイルの背中側から胸を貫く様はしっかりとリーズに見せつける。


「あなたの心臓はおいしそう。食べないけれど」


 カケララの左手がイルの心臓を握り潰した。

 両手と両腕を真っ赤に染めたカケララは、次の瞬間にはリーズの真正面に立っていた。


「あなたは前からよ。見えない恐怖も乙なものでしょう?」


 背後でグシャリと音がした。


 声なく膝を着く三人。

 しかし死なない。

 経験したことのない途方もない痛みに襲われ、絶望と恐怖を忘れるほどに忙しくもがき苦しんだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……え……?」


 三人は立っていた。

 心臓に穴は開いていない。カケララの両腕も血に染まっていない。

 三人は顔を見合わせて、お互いに状況を理解しているかうかがっている様子だった。


「経験というのは毒なのよ。経験を重ねれば新鮮さは失われる。いわば慣れという名の毒。特に大きな経験というのは一度しか経験できないわ。さっきみたいな経験はね。でも、私ならそれを何度でも経験させてあげられる。やっぱり慣れてはしまうものだけれど、劇毒に慣れるには時間がかかるものだからね」


 恐怖と幻痛が三人から退かない。だがもうあんな経験はごめんだ。

 三人は即座に動いた。

 リーズは風の操作により竜巻を発生させてカケララへと向かわせる。イルは風の刃を飛ばし、ハーティは空気が燃えるほどの熱線を放った。


「あらよかった。三人ともまだまだ元気みたいね」


 三方向から高速の攻撃。これはかわせない。

 あとはこれがどれだけのダメージを与えるかだ。


 そんなことを考えていると、三人とも次の瞬間には目を丸くした。

 いや、それは気のせいで、目は丸くなっていなかった。

 時間が止まっている。

 それどころか、竜巻も風の刃も熱線もゆっくりとカケララから離れていく。


 三人の体がいうことを聞かない。意図しない動きを強いられている。

 いや、さっきの動きを逆再生されている。

 時間が巻き戻っているのだ。


「今度は見せてあげる。新鮮さって、大事だから」


 時間が巻き戻る中、カケララだけが自由に動いている。

 リーズの方へゆっくりと近づいていき、肩に手を置き、体を寄せて、絡みつくように背後に回った。


「…………!」


 硬直したリーズの頭がカケララの手によって下げられる。

 視線の先には自分の心臓。


「私が分けてもらえた能力はね、時間操作なの。私の時間操作は自由度が高いのよ。時間操作をするときは空間を範囲指定する。範囲は豆粒大から世界全体まで自由自在」


 目を背けることも閉じることも許されず、止まった時間の中で心臓が握り潰される。

 それから今度はハーティの正面に移動し、その胸を貫くべくカケララは鮮血に染まる右腕を引いた。そしてゆっくりと右手を押し込んでいく。

 時間が止まっているからか、痛みはない。


「特定の人間の脳を範囲から外せば、記憶を保ったまま過去にさかのぼれる。さっきはあなたたちの脳の時間も止めたから時間が切り取られたように見えたと思うけれど、今回はあなたたちの脳を範囲から外したから、遡る時や止まった時の中で何が起こっているのかを認識できる」


 カケララは右腕を引き抜いた。その手にはまだハーティの心臓が握られている。時間が止まっていて鼓動も出血もない。

 その心臓は右手に持ったまま、今度はイルの正面に移動した。まるで飽きてきたかのように、予備動作もなく彼女の胸に一気に左腕を突っ込んだ。


「痛みを感じないでしょう? それはもちろん、体の時間が止まっているからよ。だからいまは純粋に恐怖を堪能できるわよ。ああ、安心してちょうだい。時間が動きだしたら、ちゃんと痛みも味わえるから」


 時間が止まっているから、カケララ以外は誰も喋ることはできない。

 もっとも、時間が止まっていなくても声を出せる状態ではなくなっているのだが。


 カケララが左腕を引き抜き、イルの心臓を取り出した。

 カケララはさっきまで魔法に囲まれていた場所に戻った。

 魔法は発動前まで巻き戻っているので、そこは単に三人の視線が集まるだけの場所となっている。


 予告なく時間は動きだし、三人の胸の風穴から大量の血がしぶく。

 同時に、カケララは両手を頭上に掲げて心臓を握りつぶした。


 血の雨が降る。

 それを浴びるのはカケララと、その血の主たる三人の少女。

 痛みはこの瞬間から一気に襲いかかってくる。


「安心して。時間が止まったり巻き戻ったりしているのはこの地域だけだから。世界の時間はちゃんと進んでいる。カケラとカケララたちが、ちゃくちゃくと世界を狂気に塗りつぶしていっているわ」


 そしてまた最初まで時間が戻る。ゆっくりと。

 今度は皆が認識している。

 認識しているがゆえに、肉体的、視覚的、精神的苦痛をその間も味わう羽目になった。

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