第203話 記憶の扉①
俺は執行モードと空間把握モードを展開して、高密度に圧縮した空気の弾丸を発射した。
俺自身は直立不動で攻撃の予兆を見せないよう努めたが、紅い狂気は難なく透明で高速な弾丸をかわした。
あの攻撃をかわすということは、当てさえすればダメージは与えられるはずだ。
俺は紅い狂気の周囲全方向に圧縮空気の弾丸を作り出す。それを同時に発射しようとしたとき、紅い狂気の
次の瞬間、俺の左腕が肩から切断されて地上へと落下した。
「うわああああああああ!」
俺は慣れない叫び声をあげて息を詰まらせた。血が噴出している。右手で押さえたほうがいいのかもしれないが、ますます痛そうでためらわれる。
痛みを意識した瞬間、まだ脳が痛みを認識できていないことに気づき、これから襲いくるであろう激痛への恐怖が痛みよりも先に襲ってきた。
しかし、このままでは失血死してしまう。優先すべきが何なのか、もはや分からない。俺は冷静さを失い、混乱した。そうして時間を浪費して、余計に焦りが
そんな俺を心臓の鼓動が急かしてくる。鼓動はどんどん速くなり、心臓が破裂しそうになっている。息ができなくて咳き込んだとき、左肩を見ると腕はついていた。
「へあっ!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、先ほどの腕が落ちる光景は幻覚なのではないか、きっとそうなのだろうと気づきはじめた。
俺はハッとして正面を見ると、そこに紅い狂気の姿はない。そして背筋がゾワッとした。背後に紅い狂気がいるのだ。
俺の首筋にナイフを突きつけられたような鋭く冷たい感覚がある。空間把握により、それは紅い狂気の爪なのだと察知できた。
エアが俺の背後に向けてレーザー光線を放つが、その光線ごと時間が止まったようにエアは固まった。
「ふふふ。ようこそ、記憶の扉へ」
俺の首にチクッと刺激が入った。
その瞬間、俺の目に映る景色は真っ白になった。周りには誰もいない。エアもいないし、紅い狂気もいない。その空間に存在するのは、肩で息をする汗だくの俺と、真っ白な巨大扉のみ。
「記憶の扉?」
俺は扉の前まで歩いていく。
観音開きのその扉は三階建ての建物くらい高いが、扉に触れると片手でも簡単に開きそうなほど軽かった。
「駄目だ……。駄目だ! これは、開いては駄目な扉だ!」
俺はそう直感した。俺は記憶の扉というものが何なのかまったく知らないが、心臓の鼓動が爆音で警告を発している。
俺は扉から手を引こうとした。
「なにっ!? おい、やめろ!」
俺の手は意思に反して扉を押してしまう。駄目だ、勝手に動いている。
意思と逆のことをさせられている? だからといって逆に押してみても手はそのまま扉を押し広げていく。
俺の体は勝手に動かされていた。俺の意思をまったく受けつけずに。
「クソッ、いいぜ! それならそれで、受けて立つ!」
扉は完全に押し開かれた。
扉の向こうは白い世界ではない。その世界の色がブワーッとこちらの世界になだれ込んできて、空間は一つの世界となり、扉は消失した。
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