第193話 対決、シミアン王国騎士団長
コータが義賊みたいなことをやりだした。
きっと、
現に、ギルドの白ボードはその名前でいっぱいだ。それだけ僕の善行が王国に浸透しているということなのだ。
なんて気持ちがいいのだろう!
僕はフードを
シミアン王国ではお尋ね者となってしまったが、誰も僕を捕らえることはできない。
経済格差というシミアン王国の抱える社会問題は、僕のおかげで改善されつつある。
あとやっておくべきこととしては、ダースさんに絡んでいたあのタチの悪い悪党を成敗することだろう。
あのときは油断していた。チンピラなんか僕の魔法でイチコロだろうと見くびっていた。
僕はそのことを反省し、修行した。王立魔道騎士団に対して大立ち回りをすることもその一環で、僕が義賊として活動している理由の半分はそこにあった。
同時に僕は彼が何者なのか、義賊をこなしながら調査を進めてきた。
だが、情報はあまり出回っていない。どうも彼はシミアン王国との関わりが薄いらしい。リオン帝国のほうでならもっと有益な情報が得られそうだ、というところまでは調べがついた。
僕は帝国についての情報を得るために王立図書館にやってきた。
正式な手続きを踏んだことはないが、もはや僕はここの常連といってもいい。日ごとに知識が増えて、自分でも博学になっている自覚がある。
「そこの君、ちょっとよろしいか?」
僕が図書館の入り口で建物を見上げ感慨に
肩に手が置かれる。けっこう強い力で引かれ、僕は直感的に追っ手だと気づいた。
僕は瞬間移動で図書館上空へと移動したが、空中にもかかわらず何かが僕を押さえつける。
「なんだこれは!」
僕が羽織っていたフーデットマントが、僕自身にピッタリとまとわりついて僕を拘束していた。
僕はすぐさまフーデットマントだけを残して瞬間移動した。
敵は布の操作型魔導師かと思ったが、地上を見下ろして、そうではないことが分かった。
なんと、そこにいたのは王立魔導騎士団の団長、メルブラン・エンテルトだったのだ。
彼は付与の概念種の魔導師である。僕のマントに触ったときに《遠隔操作》を付与したのだろう。
「おお、これは光栄だね。騎士団長殿が自ら大捕り物ですか?」
「やはり貴殿がアラト・コータでしたか。最近、王立図書館に不審人物がよく出没すると聞いていたので、きっとそうだと思いましたよ。よく目撃されるのに捕まらないところが義賊コータと共通ですので」
いちおうフーデットマントの下にはそこらへんの貴族に紛れられるよう貴族らしい服を着用していた。ジュストコール、ジレ、キュロットの定番衣装だ。要するにベストの上にコートを着ている。
しかし、僕の顔はもうバレているので、騎士を相手に通りすがりのフリをすることはできない。
さて、どうするか。
逃げるのは簡単だ。建物の陰に隠れて瞬間移動を繰り返せば簡単に遠くへ逃げられる。
だがそんなことをするつもりはない。なぜなら、これはチャンスだからだ。
「実は僕もあなたに会いたかったんですよ。王立魔導騎士団程度であれば、僕の相手にはならない。僕はあなたと戦ってみたかったんです。僕はもっと強くならなくちゃいけないんだ。守りたいものを守れるようになるために」
「はぁ……。貴殿の守りたいものとは貧民のことですか? それとも、自身のプライドか何かでしょうか?」
「僕が守りたいものというのは、僕が大切に思う人たちのことですよ」
「だからそれが誰なのかを訊いているのですが。シミアン王国民は、貧民も含め、おしなべて我々が守っています。その我々と戦うという貴殿は、侵略者でないのなら、ただの犯罪者でしかありません」
「そうか。立場が違えば正義が異なるというわけだ。どちらの正義が正しいか、この戦いに勝って証明してみせようじゃないか」
「いや、明らかに我々だけが正義なのですが」
この人もだいぶ強情な人だ。僕は相手を全否定しないよう気遣っているというのに、彼にはまったくそういう心遣いがない。やれやれだ。
「これ以上の問答は不毛のようだね。決着をつけようじゃないか、騎士団長さん」
「さも因縁があるかのような言い草ですが、貴殿とは初対面ですからね。とっとと拘束し、連行します」
騎士団長は背中側に両手を回し、二つのチャクラムを取り出した。それを僕に向かって投げる。
さて、何を付与しているのやら。軌道? 切断? 毒? 追尾?
なんにせよ、遠距離攻撃というのは僕に対して相性が悪い。
僕は迫りくる二つのチャクラムを十分に引きつけてから、騎士団長と自分の位置を入れ替えた。
チャクラムは騎士団長に当たると弾かれて地に落ちた。僕は空中にいたので騎士団長は空中に放り出された形だが、落下せずに滞空している。
「想定済みだった?」
「無論です。例外付与。私自身へのダメージはゼロになるよう設定しています。そしてあらかじめ騎士服に《浮遊》を付与していました。貴殿が位置の概念種の魔導師で、私との位置を入れ替えてこようことは想定済みでしたから」
「攻撃トラップは仕掛けていないんだね」
「貴殿が私との位置を入れ替えずほかの場所に移動する可能性も考慮していたのですよ」
「ふーん、なるほどね」
トラップにも例外付与をすれば済む話なのにそれをしないということは、一度に可能な付与数に限界があるというところだろうか。チャクラムにいくつの付与をしていたか分からないので、その具体的な数までは分からないが。
一度地に落ちたチャクラムは、吸い寄せられるように騎士団長の手へと帰っていった。そして今度は先程とは異なる構えを取った。
左手のチャクラムは水平に、右手のチャクラムは垂直に立てて、そしてそれらを同時に投げた。しかも複雑な軌道で向かってくる。
「アンダース!」
僕は精霊の力を借りてチャクラムを捕捉した、位置の概念種は位置に関することなら何でもありだ。
ここら一帯で特に位置の変化が激しい存在をアンダースに選択してもらい、僕の魔法を適用する。僕の目では捉えられなかった二つの輪っかが、知恵の輪のように互いの穴に通されて離れられなくなった。
当然ながら最初に与えられた軌道は辿れないので、再び付与の効果が消えて地に落下する。
だが、騎士団長はニヤッとした。なんだろう、と思っていたら、突然景色が変わった。僕の肩にはツチノコの精霊、アンダースがチョコンと乗っている。
「瞬間移動した? アンダースがやったの?」
僕はさっきよりも高い位置に移動していた。
下方では合体したチャクラムがそのまま回転して飛びまわっていた。まるで社交ダンスか、あるいはペアでやるフィギュアスケートように、一点で接した状態でクルクル回っている。
そこはさっきまで僕がいた位置だ。アンダースが僕を移動させなければ僕は死んでいただろう。そう考えるとぞっとする。つくづくいい相棒を持ったものだ。
「危険な道具は没収だよ!」
僕はチャクラムを騎士団長からは見えない場所に瞬間移動させ、近くにあった
もし騎士団長が離れたものに対しても付与を使えるのだとしても、見ることができなければ付与のしようがない。
「はぁ。また私のチャクラムが……。貴殿はこっちで切り刻んであげますよ」
騎士団長が腰に
それはただの剣ではない。チェーンソードだ。ひと振りすれば、剣はチェーンでつながった無数の刃に分断される。鞭のようにしなり、剣として切り裂く。
「アンダース、またサポートを頼むよ」
アンダースにやってもらうのは、動く物体と僕が接触しないように僕の位置を瞬間移動させること。
騎士団長の剣を僕が見切れるはずがないからアンダースにやってもらうのだ。僕は自動回避能力を得た状態といえる。
「はぁっ!」
騎士団長がチェーンソードを振るった。殺意が宿り光をギラリと反射する刃たちが、波のようにうねり僕に襲いくる。
それはほんの数秒の出来事だった。
瞬く間に、目まぐるしく、僕の視界に映る光景がすげ変わった。移動が終わったと思っても、状況を飲み込むのに数秒かかった。
「なかなかやりますね、義賊コータ。もっとも、精霊のサポートありきのようですが」
「強がりですか? あなたも精霊の力を使っていいんですよ」
「私の精霊はとっくに人成していますよ。未熟な貴殿と同じにしないでいただきたい」
僕は少しムッとした。
精霊が人成すれば魔導師自身も精霊と同等の力を得られるが、人成前の精霊に力を借りて魔法を使うのと強さはそう変わらない。
精霊が人成後のほうが強くなる魔導師もいれば、そうなる前のほうが強い魔導師もいる。それは魔法の種類と魔導師のセンスしだいなのだ。
僕の場合は精霊がいることによって視点が増えることのメリットがかなり大きい。精霊が人成していないことへのコンプレックスなど皆無だ。
「いまの言葉、後悔する前に撤回したほうがいいですよ」
「貴殿の言うことはいつも意味が分かりません。事実を言っているだけなので撤回する要素などないのですが」
「いいだろう、上等だ。そろそろこちらからも攻撃させてもらう!」
僕はあらかじめ目星をつけていた十数個のレンガや石を自分の正面に瞬間移動させた。そして僕の正面から騎士団長がいる方角へ高速で位置を変位、いや変移させた。それは瞬間移動ではなく高速移動。
「ふん!」
騎士団長は飛んでくる瓦礫をチェーンソードで弾き飛ばした。十数個あった瓦礫は百個近くに砕けて小さくなった。
僕はそれらを空間選択して騎士団長の頭上へと瞬間移動させた。
騎士団長は僕の視線からそれを察知し、すぐさまチェーンソードを上方へと伸ばす。
だが、そこに僕が渾身の魔法を追加する。今度は騎士団長自身を上方へと強制的に高速させた。
「なっ!」
このままでは自分の体がチェーンソードの刃に切り刻まれるため、騎士団長は即座にチェーンソードを進行方向からどかした。
だが接近する瓦礫への対処は間に合わない。
「ぐわあぁっ!」
騎士団長はレンガの破片や石つぶてを弾丸のように浴びた。
僕はさらに騎士団長の体を強制的に動かしつづける。半径十メートルくらいの空中領域で、自転と公転の高速回転による同時攻撃を浴びせる。
「
騎士団長がいまだに意識を保っているかどうかは分からない。だが、相手は王国最強と言われる騎士だから用心するに越したことはない。
念押しとして、騎士団長を地面へと勢いよく叩きつけた。
「ぐふっ」
騎士団長は地べたに突っ伏したまま動かない。動けないのだ。意識があるかどうかは分からないが、明らかにもう戦える状態ではない。
僕の勝ちだ。
僕は未熟じゃない。騎士団長が撤回しないから、僕が自力でそれを証明してやったのだ。
「これで僕は王国最強だ。騎士団長が倒れたいまなら、王城からも金品を拝借できる。義賊コータの名は伝説となり、英雄としてシミアン王国に永遠に語り継がれるだろう」
騎士団長の反応はない。
僕はシミアン王城へ向かって空を飛んだ。
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