第191話 宣言と実行

 俺がさっき言った、世界の王になるという話は本当だ。王国最強の騎士団長殿には、その足がかりになっていただく。


「エア、聞こえているか?」


「ええ、聞こえているわ」


 エアの姿はここにはない。帝国で紅茶でも飲んでいるのだろう。

 俺の耳元に闇の塊が浮遊しており、そこから俺にだけ聞こえる大きさの声が聞こえてくる。

 彼女には闇の概念魔法で俺を覗かせている。闇を使えば世界中を同時に覗くことができる。


手筈てはずどおりに頼む」


「分かった」


 俺と騎士団長がいる場所の上方に巨大なモニターが出現した。モニターといっても家電製品ではなく、映像のみが映し出される四角い光の塊だ。

 これもエアによる光の魔法。エアは俺の頭の中から、生徒会長レイジー・デントの魔法の記憶を拝借しているのだ。

 モニターには空に浮かぶ俺と騎士団長が映し出されていた。周囲には無数のぬいぐるみが浮かんでいる。

 それとまったく同じ光のモニターがいま、全世界のいたるところに出現しているはずだ。


「騎士団長殿、公開決闘といこうじゃないか」


「この不思議な魔法には少々驚きましたが、敗北という恥を自ら公開するなど、奇特な人がいたものですねぇ」


 騎士団長は腰の剣を抜いた。

 そして俺への間合いを詰めようと飛び出した。


「あがっ!」


 騎士団長は飛び出した直後に見えない壁にぶつかって落下する。だが服に《浮力》を付与しており、羽根のようにゆっくりと降下していた。

 彼は気を失ってはおらず、その姿勢のまま剣を振った。その剣はチェーンでつながった無数の刃に分割され、武器の間合いがグンと広がる。鞭のようにしなるチェーンソードが正確に俺を狙って飛んでくる。

 だが刃が俺へと到達する前にチェーンは切れた。


「さっきと同じと思わないことですよ!」


 チャクラムのときと同様に、武器を一部でも壊してしまえば武器に付与された魔法は消失する。

 だが、今度はさっきとは違って分割された刃の一つひとつに魔法が付与されていた。無数の刃が空中を自由自在、縦横無尽に飛びまわる。


「すぐに襲ってこないところを見ると、付与した魔法は《自動追尾》ではなく《遠隔操作》といったところか。想定済みだ」


「そんなところですが、厳密に言うと《付与魔法の受信》を付与しているのですよ。想定済みでも対処は不可能です。追加付与 《絶対切断》、《軌道》、《超速》!」


 無数の刃がいっせいに迫ってくる。これを避けるのはたしかに不可能だろう。

 だがこれすらも俺は想定済みだ。

 俺は魔法でも何でもなく、特技として身につけた能力を使った。


「リンク・ディストラクション」


 俺の体から一瞬だけ黒い波動が全方位に発せられた。

 それをくぐった刃たちは、俺の周囲を固める空気に弾かれてパラパラと地に落下していく。


 先ほどの黒い波動の正体は、自分以外の魔法の効果を弱める黒いオーラだ。

 俺は黒いオーラの存在を知ったそのときから、自分の感情を自在に制御できるようひたすらマインドコントロールの訓練をしていた。

 白いオーラについてはまだ修行中だが、負の感情により出現する黒いオーラについては、元々の素質もあってか極めたといえる領域にまで達したと自負している。

 リンクの力を弱める黒いオーラが極限まで濃密になれば、リンクを消失させることだってできるのだ。


「そんな馬鹿な……」


 あっけにとられる騎士団長を空気で包み込み、俺と同じ高さまで引き戻した。そして、両手を左右にピンと伸ばした姿勢で固定する。十字架に張りつけにされたような格好だ。


「シミアン王国・王立魔導騎士団長、メルブラン・エンテルト。世界最強たるこの俺、ゲス・エストが貴様に刑を執行する。貴様に執行する刑は、公開処刑だ!」


 空中に待機させていた無数のクマのぬいぐるみたちが、いっせいにシャドーボクシングを始める。すると、騎士団長はほんの数秒のうちに数百発もの見えない打撃を受けた。全身血だらけになって、そのまま地上へと落下する。

 頭から地面に落下していたが、殺す気はないので、こっそり空気で墜落死からは守ってやった。


 今まで広範囲を投影していた光のモニターは、俺をズームして大きく映し出した。


「全人類に告ぐ。たったいま、この俺、ゲス・エストが世界の王となった。世界すべてが俺の支配下となり、現存する国は、国という名称をそのままに国から自治区という位置づけに変更する。そして、現在の各国首脳を俺の配下の執政官として任命する。なお、シミアン王国の統治者にはシミアン王国第三王女のミューイ・シミアンを任命する。同時に、現国王および王妃はミューイ・シミアンの後援者に任命する。さらに、シミアン家の第一王子、第一王女、第二王女は殺人教唆きょうさの罪で諸島連合へ追放刑とする。追放先からの移転は罪とし、それを犯した場合は死刑とする」


 この俺が世界王となる話だが、実はリオン帝国とジーヌ共和国には事前に話を通してある。

 帝国に関しては元々俺が皇帝の座を奪ってからリーン・リッヒに譲渡したのだから、彼女は俺に従うことを約束した。

 ジーヌ共和国については、前大統領であるエース・フトゥーレが国を私物化し、自身が強力な魔術師でありながら強力な親衛隊を有していたため、議会の者たちは彼を持て余していたらしい。ゆえに、手に余る彼を討伐したことに対して俺は感謝された。

 それと俺が世界王になる話は別ではあるが、当然ながら彼らは俺の強さをよく分かっているし、逆らう気は毛頭ないようだ。

 護神中立国には長はいない。いて挙げるなら神になるのだろうが、ネアという神の代理人はすべての事情を知っていて了承してくれた。

 公地は元々どこの国にも属さないので、文句を言える者はいない。いるとすれば各国の首脳だろうが、それらも俺の支配下になるのだから問題ない。

 諸島連合は後進国の集合体のような存在で、技術や文化レベルもさることながら、何より統治などの社会システムが原始レベルに低い。もしも追放したシミアン家の者たちが再興したのであれば、彼らを諸島連合の統治者として認めてやるつもりだ。彼らははっきり言ってクズだが、完全に無秩序な現状の諸島連合をかんがみれば、それでも少しはマシになろうというものだ。

 各国は俺が宣言した後に俺に従属するという声明を出す手筈になっている。


 最後にシミアン王国だが、たったいま支配を受け入れるしかないことを力ずくで示してやった。

 だが、シミアン人は異常なまでにプライドや誇りというものにこだわるらしく、俺が王家を解体したことについて、王家の者でなくとも我が事のように俺に矛先を向けてくる。

 その筆頭が、地上から俺を見上げて声を張り上げてきた。


「仮に貴殿が世界の王となったとして、貴殿はすでにシミアン王国の法を著しく侵害している。王国への反逆行為、王国騎士への傷害、公共物破壊、そのほかにも多くの罪を犯している。世界の頂点に君臨する者が大罪人というのは示しがつかないのではないか? シミアン王国の法を犯した責はどう取るおつもりか?」


 声を挙げたのは王立魔導騎士団員の一人である。同僚より少しだけ華やかな騎士服を着ている。

 彼は副騎士団長だ。

 俺は彼のことも見定めていた。騎士団長を盲信する愚か者。彼が騎士団長の自尊心を膨張させた一因であることは間違いない。


 俺はそいつを空気で包み込み、空中に吊るし上げた。


「何を勘違いしている。俺は独裁の王だ。俺にいかなる責任もなく、ただ権力があるのみ。俺はすべての法の上にある者であり、俺の発した言葉がそのまま法となり、各国の法に上書きされるものである。そしてその法を犯した者は俺が俺の裁量によって裁く。なお、これは予定ではない。現時点ですでに俺は世界の王にして頂点なのだ。そこのおまえ、いま、世界王たる俺に盾突いたな。大罪だ。裁きを与える」


 俺が副騎士団長に向かって手を掲げ、そしてその手を握る様を見せつける。

 それに呼応したかのように、副騎士団長の身体が曲がっていく。肩の関節を外し、両腕が本来曲がらない後ろ側へと折れ曲がる。体は「く」の字になって片膝が後頭部にかけられる。もう片方の足は外向きにジリジリとじれていく。

 声にならない悲鳴をあげていたが、じきに声を出すのもつらくなってただうめくだけとなった。


 これは公開処刑だ。モニターに副騎士団長の残酷な姿が大きく映し出されている。その姿のまま、彼は地上へと急降下させられた。

 この刑は命に別状はないが、その見た目は凄惨せいさん極まるものだ。全世界が震撼しんかんしたことだろう。


「全世界民に告ぐ。俺は慈悲深い。いまの例のように、たいていのことは一度だけ軽い裁きで許してやる。だが二度目は死刑だ。もちろん、重罪には即死刑、さらには拷問後の死刑も有り得る。肝に銘じておけ」


 俺はエアに予定どおり次のステップに移るよう促した。

 光のモニターはここからは少し離れたシミアン王城をデカデカと映し出した。それでいて音声は俺たちの場所からも拾っている。


「世界民たちよ、俺の力をまだ分かっていない奴がいるだろうから、そんな愚か者どものために俺の力をいまいちど示してやる。これからシミアン王城を消し飛ばし更地に変える。刮目かつもくしろ。十秒で終わらせる!」


「待って!! あなたの力は十分に分かりました。私、ミューイ・シミアンは全面的にあなたに従います。シミアン王国の統治者の任、つつしんでうけたまわります。だから、これ以上は誰も傷つけないでください。どうか、お願いします!」


 ボロボロの布をまとった可憐な少女が、ひざまずいてお祈りするように両手を組み合わせ、俺を見上げている。

 彼女は王城内部にいる人間の心配をしているのだろう。俺は中の人間を取り除いてから王城を潰すつもりだったが、いまのミューイの宣言は、俺のデモンストレーションに匹敵するほどの影響力があったとみなし、彼女の要望を聞き入れることにした。


「いいだろう。シミアン王国女王たっての願いだ。無碍むげにはせん。よく聞け、全世界民よ。貴様らは皆、俺の所有物だ。それはすなわち、俺の庇護下にあるということだ。そのことを光栄に思い、感謝を忘れるな。この俺、ゲス・エストは世界王にして絶対の秩序である」


 モニターはそこで消滅した。

 これで目的は果たした。

 ミューイ・シミアンはきっと俺のことを軽蔑してうらんでいるだろう。だがそれは些末さまつなことだ。


 俺が全世界の人間と関係性を持つことは非常に重要なことだった。

 さすがに赤の他人のために赤い狂気へと立ち向かおうなどという気概はない。だが全世界の人間が自分の管轄下にあるのだとすれば、俺も彼らを守るために凶悪な存在へ立ち向かおうと思えるのだ。

 紅い狂気に挑むということは、それほどの覚悟を要するのである。

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