第188話 護送
ミューイはヌイの手を引き、東へ向かって歩いた。王国東街道に沿って、しかしできるだけわき道を通るようにして、フードを目深に被って、ひたすら歩いた。
賞金稼ぎたちは王国中で目を光らせているが、ヌイと兄弟を装ったおかげで、彼らにあまり目を向けられることもなかった。
街道を東に進みつづけ、ザハートまで七部目というところまでくると、ハリグマの
護神中立国までもう少しだが、さすがに
ミューイは街道沿いの宿に一泊し、久しぶりにまともな食事と睡眠を取ることができたのだった。
翌朝、目を覚ますと、起き上がるより先に妙な胸騒ぎに襲われた。王城にいたころにも何度か経験があるが、喧騒と静寂が混在したような、戦前独特の空気を外から感じたのだ。
物音や声を極力抑えてはいるが、大人数ゆえにどうしても存在感が出てしまう。
ミューイはベッドから降りると、窓際まで床を這って進み、窓からそっと外の様子を覗き見た。
宿は騎士に囲まれていた。しかも白馬に乗っているということは、シミアン王国の最高戦力である王立魔導騎士団だ。一人ひとりが精鋭の魔導師であり、それが十数人がかりで宿を取り囲んでいる。絶対に逃げられない。
いや……、まだ姿を直接見られていないいまなら、もしかしたら音の魔法で逃げ道を作れるかもしれない。
そう思った矢先、ミューイの部屋がノックされた。そして、返事を待たずしてドアの鍵を向こう側から開けられ、ドアは開かれた。
一人ならなんとかなるかもしれない。そう思ったが、ドアの向こう側には三人いた。そのうち二人は外にいるのと同じ制服を着た王立魔導騎士だった。
あとの一人、真ん中にいる人物は明らかにほか二人とは異なる姿をしている。
白を基調とし、青と金のシダ植物の模様が散りばめられた騎士服。
白いマントの陰に大部分が隠れているが、腰には長剣を
白く輝く
胸には大きな金の記章。円形の上に星のような形が乗った記章は、シミアン王国において唯一無二のもの。
王立魔導騎士団長、メルブラン・エンテルト。
シミアン王国最強の魔導師であり、最強の騎士である。
どんな相手にも敬語を使うほどの堅物で、忠誠心は高いがいっさいの融通が利かない。
かすかな期待を込めて、ミューイは騎士団長殿に歩み寄った。
「メルブラン、私は本物です。あなたなら私が分かりますね?」
「……偽物です。連行しなさい」
騎士団長がミューイを見誤るはずがない。おそらく、騎士団長にもあちら側の息がかかっているのだ。
「すぐに殺さないのですか? あの人たちのやり方なら、処刑命令が出ていそうだけれど」
「庭師のガーディーが王に直談判したのですよ。ミューイ様が亡くなられたなんて信じられないから、偽者と言われている者を直接確かめさせてほしいと。王もとりわけミューイ様を可愛がっておられたゆえ、それをお聞き入れになったのです」
喜ぶべきだろう。その話が本当なら、ミューイは助かる。
だが
何を考えているのだろう。何を企んでいるのだろう。ミューイには分からない。
ミューイは音の魔法でヌイだけに聞こえるようメッセージを送った。
(ヌイ、あなたはただのぬいぐるみのフリをしていてちょうだい)
ミューイは騎士団長に宿の外へ連れ出され、馬車へ押し込められた。
室内は騎士団長と二人きり。王国最強の魔導師が直々に見張り役を務めている。
道中、二人に会話はなかった。
馬車は歩くよりも断然早く、一時間もすればシミアン王城が見えてきた。城との距離はまだ大きく、指と重ねれば爪の大きさに収まるほど小さく見える。
だが、馬車はそこで停まった。
外を見渡すと、王国騎士がずらりと並んでいた。
「ここからは王国騎士と交代します」
「交代?」
なぜ交代する必要があるのだろう。胸騒ぎがする。
いや、ミューイを締めつけるのはそんな静かなものじゃない。焦燥感。直感的に危機感が押し寄せる。
「待って!」
ミューイはとっさに騎士団長のマントの
「お放しくださいミューイ様」
そう言った騎士団長はハッとしてミューイの顔を見た。
ミューイの視線が刺さる。
「いま、ミューイ様って、言いましたね……」
ミューイのことを偽物だと断じていた騎士団長が、ミューイを本物だと認めてしまった瞬間だった。
騎士団長が腰の剣を抜き、二、三度振った。刀身は鎖でつながった無数の刃に分割され、鞭のようにしなやかに空間を跳ねまわった。
馬車の客室が崩壊したが、入り口で身を乗り出していたミューイは外へ転げ落ちて助かった。
ミューイが騎士団長を
「私には二つの命令が下されました。一つはあなたの護送、そしてもう一つはあなたの抹殺です。私にはどちらか一方の命令を選択することはできませんので、どちらの命令にも従うにはこうするしかありませんでした。途中まで護送し、その後に抹殺する、ということです。もちろん、私が直接手を下すのは都合が悪いので、賞金稼ぎに襲わせます。ただ、王国の精鋭たる王立魔導騎士たちが賞金稼ぎに遅れを取るのも非常に問題があるので、下級騎士である王国騎士たちに引き継いでから襲わせる算段だったのです。もっとも、賞金稼ぎたちが待機しているのはもう少し先の方なので、ここには十名の王国騎士、五名の王立魔導騎士、そして私しかいません。ですから、不本意ですが我々があなたを始末します」
そう言いつつ、騎士団長は剣を
いずれにしろ下っ端に手を下させるようだ。
「完全に見損ないましたよ、メルブラン・エンテルト……」
ミューイはキューカを呼ぼうと思ったが、先にキューカのほうから出てきてくれた。
「ほう、いつの間にやら魔導師になられたのですね」
騎士団長の言葉には多少の驚嘆を含んでいるものの、大きな動揺はない。王国最強の魔導師にとっては魔導師になりたての少女など怖いはずがない。
一方、王国騎士たちのほうは警戒して足を止めた。それもそのはず、王国騎士は数が取り柄なだけの兵士であり、魔導師ではないのだ。
「いいだろう、暗殺は中止だ」
騎士団長の声を聞いた王国騎士たちは、安堵した様子で剣を下ろした。
しかし、彼らが後ろを振り返って騎士団長の方を見ると、その様相に驚いて身じろぎした。
騎士団長は腕を振りながら口をパクパクしている。顔がだんだん赤らんできて、しまいには夕陽のように燃えているようだった。コメカミから頬にかけて血管が浮き上がっている。
尋常でなく怒っている。激怒、いや、
しかしながら、王国騎士たちには何が起こっているのかまるでわからない。それは王立魔導騎士たちも同じだ。何が起こっているのかを察しているのは騎士団長だけであり、何が起こっているのかを知っているのはミューイだけだった。
騎士団長の声で暗殺中止を宣言したのはミューイの音の魔法である。そして騎士団長本人の声を小さくして消したのだ。
ただ、ミューイはまったくもって危機を脱してはいない。これがささやかな悪あがきでしかないことは、ミューイ本人がいちばん分かっていた。
騎士団長はついに口を動かすのをやめ、腰に提げた剣を引き抜きながらミューイの前へと歩み出た。
試しに兄、第一王子の声で止めてみようとするが、ミューイの魔法を理解した騎士団長には通じなかった。
「キューカ!」
ミューイはキューカのサポートを借りて、騎士団長の耳に向けて大音量の音波を放った。だが、騎士団長はまったく動じない。
「無駄ですよ。あなたの魔法は種が割れています。兜に《防音》を付与すればどうということはありません」
騎士団長の魔法は付与である。
付与の概念種。物に対して自由自在に効果を付与できるし、一定以上の音量の音だけをカットするなど、付与の仕方も自由自在だ。
「そして、この剣には何を付与していると思いますか?」
「切れ味? ……毒、とか?」
騎士団長はゆっくりと剣を振り上げた。ミューイにはもう何もできない。
彼女の最後のあがきは、ヌイを逃がすことだった。ミューイは振り上げられた剣を見つめながら、ただのぬいぐるみのフリをしているヌイを横へと静かに放り投げた。
「《防水》と《
騎士団長の冷たい目に見下ろされ、ミューイは顔を蒼くして凍ったように固まっていた。
そして、剣は慈悲なく振り下ろされた。
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