第170話 招かれた招かれざる客

 まだ名前のない俺の必殺技。


 ドーナツ状の回転する空気の輪。回転といっても時計回りや反時計回りではなく、外側から内側への回転であり、中央の穴に物を入れると、ピッチングマシンの要領で一瞬にして吸い込まれて爆発的なスピードで発射される。

 それをエアの周囲に十個配置した。空気の弾を入れれば弾丸となって高速発射されるし、エアが触れれば、彼女自身が吸い込まれて発射される。

 突然に発生するこの初速の大きさに人の体が耐えられるはずがない。即死だ。

 だから空気の輪は二種類作っている。空気の弾を入れる高速回転のものと、エアに直接ぶつけるために回転の向きを逆にして回転速度も少し落としたものである。


「これで終わりだ、エア!」


 十個のうちの八個はピッチングマシンだ。八個の輪に同時に空気の弾を入れ、直接の想像では作り出せない加速を加えて空気の弾をエアにぶち込む。


 エアの空気の鎧と壁は鉄壁だが、空気と空気の衝突による衝撃が彼女を揺さぶりつづける。

 そして、残り二個の空気の輪が、洗車機が車を飲み込まんとするようにエアへと接近する。逃げ場はないし、彼女は身動きが取れない。


 決まる! そう確信した瞬間、突如として彼女を大きな岩が覆った。

 空気の弾と空気の輪が岩に衝突して大爆発を起こし、岩の破片が四方八方に飛び散った。

 エアの姿を確認すべく、すぐさま風で砂煙を押し流した。


「いない……」


 いや、いた。さっきいた場所よりも高い位置に浮いていた。さっきの状況から簡単に移動できる場所ではない。


「やあ、おまたせ。いまの爆発音は何事だい?」


 俺の正面に黒い穴ができていて、そこからダース・ホークが顔を覗かせていた。俺の表情が想像と違っていたからか、ダースはキョトンとしていた。


「おい、なぜ来た……」


「なぜって、君が呼んだんじゃないか。そんなことより、サンディアは無事かい? 彼女を迎えに来たんだけど」


 俺は冴えない顔の生首に殺意の視線を落とした。


「おまえなんか呼んでねーよ! 何があっても絶対に来るなっつったろうが!」


「サンディアは……」


「そんな奴はいねえっ!」


 状況を察したのか、顔をあおくしたダース・ホークが苦笑した。

 俺は拳をその顔面に叩きつけようとしたが、すんでのところで彼は闇の中へと姿を隠して消えた。


「ふふふっ。私が呼んだのよ。あなたの声でね。これで私はいろんな魔法を使える。彼の記憶にはあなたの知らない魔法もあるわよ。もっとも、いまのあなたは自分の魔法以外すべて知らないでしょうけれどね」


 そう言った彼女が選んだ攻撃は光の発生型魔法だった。光源が俺を四方八方から取り囲む。

 これはかわせない。光を屈折させるバリアを張ろうと考えたが、この数すべての軌道を計算する余裕はないし、俺の周囲をガラスの破片のようなものが無数に浮いているため、バリアの形成を阻害している。


「なぜダースがいなくなった後でも魔法が使える!?」


「だって、いまも見ているもの。私が闇を通して彼を見ているのよ」


 エアの左眼が闇に覆われていて黒い眼帯をしているように見える。闇をワープホールにして、左眼でダースが帰った先の場所を見ながら、右眼で俺を見ているのだ。

 ダースが邪魔だ。とことん邪魔だ。元相棒との水入らずの決闘に、盛大に水を差された。よりにもよってあいつに!


「私の勝ちよ! 行っけぇぇぇぇえ!」


 光は発射された。

 ガラスの粒子が邪魔で、空気でバリアを張ろうにも張れなかった。

 エアのガラスがいくつかの光を屈折させ、軌道の予測を困難にしているが、そんなこと関係なしに俺はこの攻撃を避けられない。


「馬鹿が! 間抜けが! ダースッ、ホォォォォクゥゥゥゥゥッ!」


 エアの攻撃は光だけではなかった。

 万に一つも逃げられまいという強い殺意とともに、俺の周囲で爆発が起こった。それが連鎖的に俺に接近してくる。

 そして、俺は爆発と光線の集中砲火を浴びた。


「やった! やったわ!」


 爆煙の向こう側からエアの喜びの声が聞こえる。

 俺は風を動かして黒い煙塵えんじんを押し流した。


「やってないぞ」


 俺の声を聞き、俺の姿を確認したエアは、息を呑んで固まった。

 固まったのは俺が生きていたからではない。俺が無事だった理由にある。それは俺をひと目見たらわかる。

 俺の体からは大量の黒いオーラがあふれ出ていた。

 爆発による煙塵とは明らかに異なる黒。

 オーラというのは目に見えるが実体はなく、空気を動かしてもオーラに干渉することはできない。


 オーラを生み出すのは強い感情。

 黒いオーラは自分以外が発生型で生み出したエレメントの存在も薄めるし、操作による動きも鈍らせる。

 魔導師同士の戦いで相手に黒いオーラを出されてしまうと、通常は太刀打ちできなくなる。


 エアが何より驚いているのは、あんなに無感情だった俺がオーラを出したことだろう。彼女の声は揺れていた。


「自分以外の魔法の力を弱めるという黒いオーラ。ひどい怒りや憎しみを抱えていなければ生まれないはずだけれど、まさかダース・ホークへの怒りを利用して意図的に黒いオーラを生み出したというの?」


「そうだ。いずれはな、感情をコントロールして黒いオーラと白いオーラを自在に出せるようになって、魔術をフルに使える状態のおまえをも倒すつもりだったんだ。そのための技術がまだ俺には不足していた。だが、いまはこの怒りが練度不足を補ってくれる。いまここで、俺の全力をもって、おまえの全力を倒す!」


 一度は怯んだエアだったが、すぐに気持ちを持ち直した様子で、俺が仕掛けるより先に次の攻撃を開始した。


「強化強化強化! 自分の魔法を強化する魔法を強化し、その強化した魔法をさらに別の魔法で強化する! 減衰しても致命傷を負わせる!」


 エアが頭上に無数の光源を用意する。そして俺の頭上には巨大なガラスが出現する。

 いや、これはレンズだ。無数の光が発射され、レンズに吸い込まれるように飛んだ。どうやら光とガラス、それぞれの発生型魔法と操作型魔法を四種同時に使っているようだ。

 もちろん、空気と闇の魔法も並行して使用しているから、合計六種同時ということになる。

 収束された極太光線は、とんでもない殺意をたぎらせて俺に降りかかってきた。


 黒いオーラでスピードが減衰してギリギリかわすことができたが、その光線が折れ曲がって俺を追尾してくる。


「俺の本気を舐めるなァ!」


 俺は背中に隠し持っていた細剣ムニキスを引き抜いて、光線に斬りつけた。


 細剣ムニキスは魔法のリンクを瞬間的に断ち切る。発生型に対しては無力だが、操作型に対しては黒いオーラよりも効果が高い。


 光線はエアの操作を受けつけなくなり、ムニキスの刀身に反射し、拡散して消えた。


 俺が近づくことで黒いオーラがガラスも光源も飲み込み、エアの魔法をどんどん消していく。


 俺には魔導師たちの魔法の記憶がないので、エアからどんな魔法が出てくるか分からない。

 圧倒的な情報不足。こんな不利なことはない。

 だから速攻で決着をつける必要がある。


 俺はエアが動揺している隙に接近して彼女を黒いオーラで包み込んだ。

 エアは空気の魔法で空を飛んでいたが、体の支えがなくなり落下を始める。闇の眼帯も消えている。そのエアを俺の空気が受けとめ、そして包み込んだ。

 俺はエアとともに地上に降り、エアの体を空気で動かした。両手を背中に回して固定し、地面に膝を着かせた。さらに俺の操作リンクが張られた空気を吸い込ませた。


「決着だ!」


 俺はエアの首から上を自由にしてやった。

 彼女には話してもらう必要がある。俺たちを殺そうとした理由を。


「さあ、教えてもらおうか。なぜ俺たちを殺そうとする? 俺だけならまだしも、仲良くしていたマーリンやキーラたちまでも標的にしていたのはなぜだ?」


 エアはうつむいた。沈黙し、うな垂れた。

 黙秘するつもりなのか、心の整理をしているのかは俺には分からない。だが、彼女が答えるまで永遠にこの場で待ちつづけるつもりだ。

 もちろん、エアを解放することもない。


 やがて、エアは顔を上げた。


 彼女は泣いていた。

 両目から筋になるほどの涙を流して、俺の目を見つめた。


「お願い。死んで。あなたのためなのよ! あなたのために死んで!」


「だからなぜなんだ! 理由を言え! 納得できる理由なら死んでやってもいい。おまえのためにな!」


 エアは再びうつむいた。

 今度は沈黙しない。声をあげて泣いている。


 俺が全身の拘束を解くと、エアは地面にへたり込んだ。

 崩れ落ちそうになる上体を両手で支え、わんわんと大声で泣く。


 俺は近くに倒れている木に腰を下ろし、エアが落ち着くまで待つことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る