第152話 人成②
「情報戦では大幅なビハインドだが、情報戦はそれを使う知恵があってこそだ。知恵比べといこうか」
俺は空気の刃を三つ飛ばして
エアも軽く空気の刃をかわして空へ上がってきた。
彼女のワンピースは風になびかない。執行モードにより剛と柔を併せ持つ空気の鎧をまとっているからだ。
まずは新技でない既存の技の組み合わせでエアを追い詰める。その後に新技の大技を叩き込むのだが、その作戦を悟られないよう、追い詰める段階では軽い新技も織り交ぜる。
「…………」
エアからの返事はない。
無口な性格を精霊時から引き継いだからなのか、俺に不必要に情報を与えたくないだけなのかは分からないが、その態度からは、彼女の動機が俺のように強者と戦いたいという
俺は空気を固めて作った槍をエアの頭上に無数に配置したが、ほぼ同時にエアも空気の槍を俺の正面に作り出した。
槍が動きだしたタイミングもほぼ同時。
俺は飛んでくる槍を縦横無尽に動きまわってかわす。
対するエアは、強固な空気の壁を頭上に作って、俺の空気槍を弾き返していた。かなり頑丈な壁でビクともしない。弾かれた槍はリンクが切れて、ただの空気に戻っていく。
それに比べ俺がかわした槍はかわした後も俺を追尾して方向転換してくる。
完全に後手に回ってしまった。一方的にエアが攻撃し、俺はそれを避けつづけている。
この状況を打開し、攻勢に回るための手を俺は打った。
「エアー・バースト・マイン」
圧縮した空気の塊を俺の通った道にばら
その塊にエアの空気槍が触れると、圧縮した空気は解放されて爆発し、エアの槍のリンクを断ち切る。
その爆発によって俺の空間把握のためのリンクも切られるが、リンクが切られることを予期していたので、すぐにリンクを張りなおせた。
そしてそのままエアの方へと急接近しながら手のひらに圧縮空気を生み出す。
「エアー・バースト・ストライク!」
手に掴んだ鉄球で殴打するかのように、俺は圧縮空気をエアに向けてぶつけた。
だが、想定したよりも手前でそれは解放された。
俺の手を覆う空気をガチガチに固めているので、圧縮空気を解放すればエアの方に爆発が行くような設計になっているのだが、大きくて頑丈な空気の壁が爆風をすべて跳ね返してきた。
執行モードの空気鎧が衝撃を和らげているものの、俺は大きく吹き飛ばされた。
「ちっ、ずいぶんと頑丈だな」
エアの空気壁は鋼鉄よりも硬い。それほどのものを空気で作るとなると、よほどの集中力が必要だ。
ゆえにエアは身動きできないはず。そう考えた俺は、エアのバリアの内側から攻撃しようとしたが、エアの周囲にはどこにもリンクが張れなかった。
かなり分厚く固めているし、壁の内部はすべてエアが先にリンクを張っていた。
つけ入る隙はない。
だったら、このままでいい。このままにできれば、俺は勝てる。
どういうことかというと、エアは空気の動きを完全に止めて盾にしているため、そのバリアの外側と内側で気体の移動すらないということだ。
つまり、このままエアがバリアを張りつづければ酸欠になって意識を失う。精霊のときならともかく、いまは魔術師であり、一人の人間なのだから。
そこで俺は次の技を何にするか決め、勝利を確信した。
「エアー・ヘッジホッグ!」
空気で作った無数の針を、全方位からエアに向けて飛ばす。
もしもエアがバリアのどこかに呼吸用の穴を開けたり、気を緩めてバリアが
エアも何も反撃してこないはずはない。俺がエアの攻撃をかわしつづければ、おそらく先にエアの集中力が切れて俺の攻撃が決まる。
「逃がさない!」
「ん?」
突如、エアが焦りの色を見せた。俺は逃げる素振りなど見せてはいないが、逃がさないとはどういうことだ?
その疑問の答えはすぐには出ない。ただ、俺の想定外の何かが起こっていることは確かだ。
俺は無数の針による攻撃を解除しないまま、エアの挙動にいっそう警戒を強めた。
エアは地上へ下降してうずくまり、地面に指を立てた。
何をする気なのか分からないが、嫌な予感がする。この感覚は情報不足により失敗したときの感覚に似ている。
エアの指先がピカッと光った。
その瞬間、背中に鮮烈な痛みが刺さった。
「馬鹿な……」
俺は執行モードで空気の鎧をまとっていたし、空間把握モードで周囲の状況を把握していた。にもかかわらず背中に攻撃を受けた。
集中力が途切れ、空気へのすべてのリンクが切れた。
俺の体は落下していく。仰向けに落下し、さっき俺がいた場所に白い煙が漂っているのが見えた。
視界に
どうにか地面との激突は
「エア、何をした……」
とにかく時間を稼ぐための質問をした。
エアが何をしたのか、彼女はどうせ答えないだろう。俺はエアの回答を待たずに自分で考察を進める。
エアはおそらく、俺の執行モードによる空気の鎧の内側に攻撃を発生させたのだ。まるでダースの闇魔法で攻撃をワープさせたかのようだった。
そしてその攻撃手段も空気ではなかった。攻撃に熱があったこと、そして直前にエアの指先が光ったことから察するに、生徒会長レイジーの光魔法だ。
一瞬、二人がエアを手伝ったのかとも考えたが、エアの指先が光ったのだから、エア自身の攻撃だ。
「どういうことだ。なぜ三つも魔法を……。三つ? いや、まさか……」
いくつの魔法が使えるのだ。そう訊こうとしたが、そんな恐ろしいことは信じがたくて口にすることができなかった。
「さすがに察しがいいね。だから初撃で仕留めなければならなかったのよ。時間が経てば経つほど私の勝機が薄くなっていく。だから、いまここで仕留める。絶対に逃がさない!」
「なんで……」
なんでそこまで俺を殺したがるのか。
なぜそんなにも俺を恨んでいるのか。
俺が食わせた感情がよほどまずかったのか。
いろいろと理由を考えるが、エアの目尻が小さく光ったのを見て、俺は考えるのをやめた。
見当はずれの考察はいらない。
俺の負けだ。
俺はもう動けないし、まともに空気の操作もできない。
眼前で無数の光が発生し、それが細胞分裂を逆再生するように合体していき、大きな光球となった。
そして、そこから……。
「エスト!」
エアのものではない低い声が耳に飛び込んできて、俺は膨張した自分の影に覆われた。
次の瞬間、背中の感触が消えて落下する感覚に襲われた。
それは錯覚などではなく、実際に背中に触れていた地面が消えたのだ。
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