第147話 ゾロ目⑥
ダイス・ロコイサーとゲス・エスト。二人は部屋の中央にある小卓に向かい合わせになって座った。正座するロコイサーに対し、ゲス・エストは胡座をかいている。だから目線の高さが違う。ロコイサーがゲス・エストを見下ろしている。
「いいぜ。さっさと振れよ」
ゲス・エストは
非常に態度が悪いが、こういう手合いはそういう生き物で、人間ではないとロコイサーは思うことにしている。それが茨の世渡りにおいて心を平穏に保つ秘訣だ。
ロコイサーが三つのサイコロを右手に収め、そして小卓の上に投げようとした。その瞬間、透明な何かがロコイサーの右肩にぶつかってサイコロは床に転がった。
「――ッ! いまの、あなたですか?」
ロコイサーはゲス・エストを
「おう。おまえのターンに魔法を使ってはいけないなんてルールはなかったよな?」
「それはそうですが、妨害行為や攻撃によってゲームが続行不可能になった場合、あなたは失格ですよ」
「知っている。ちゃんと目は出たろ?」
ゲス・エストは無表情。イヤラシイ笑みを浮かべるでもなく、睨みつけるでもない。無表情。
だが、語気からはわずかに怒気がすくい取れる。
「……ええ、まあ」
床に転がった三つのサイコロの出目は、2、4、5だった。
「一部連番で連番がもう一つの数字より高いパターンだな」
ロコイサーが促す前にゲス・エストは魔法を行使した。
先ほどからまったく体勢を変えず、指先から空気の玉を放ったようで、魔法が跳ね返ってゲス・エストの髪を揺らした。
いまのは外部からの風ではない。ロコイサーは気絶中に無理矢理フードを剥がされていたので、いまのが外部からの風だとしたら下座のロコイサーの髪も揺れるはずだ。だからゲス・エストが魔法を使ったのだと断じることができた。
「自分に対して二倍の魔法効果。ちなみにいまの魔法のダメージはゼロだけどな。次、振れよ」
普通ならロコイサーが解説しながらゲームを進行するところを、ゲス・エストがとっとと進めていく。
「怖くないんですか? ゾロ目が出るかもしれないなんて思わないんですか?」
「怖くねーよ。おまえ、厳密には独り言だったけど、キーラに言ったよな? ギャンブルに向いてないって。キーラと違って、俺は向いていると思うぜ」
ロコイサーがサイコロを振ると、三つのそれは宙でクルクルとダンスをしてから卓上に綺麗に整列して着地した。明らかにゲス・エストが空気の魔法でサイコロを操作した。
「余計なことを言いました。外でしたし、周りに人はいませんでした。まさかあなたに聞かれていたとは」
ロコイサーはこう言ったのだ。私のターンでもあなたは魔法を使えるんですよ。魔法を駆使して出目を操作しにかからなきゃ駄目じゃないですか。ギャンブルっていうのは、いかにバレずにイカサマをやるかっていうゲームなんです、と。
「バーカ。あれを聞いていなくても、どうせ俺はこうしていた」
そして再びエストの髪が揺れた。出目は1、4、5だった。
「なぜ……」
「一部連番で連番がもう一つの数字より高いパターン。なぜさっきと同じパターンにしたのか。魔法を発動しないことを選択できるのに、なぜ魔法発動を選択したのか。それはパターンが同じでも数字が違えば効果が違うかもしれないから、それを確かめるためだ。効果は同じだったようだな」
ロコイサーは沈黙した。何かテキトーな
「次!」
ロコイサーはサイコロを振った。今度は空中でいったん静止し、コロ、コロ、とゆっくり出目を厳選してから静かに卓上に降下した。
出目は1、2、3の全連番。
「遊んでいるんですか?」
「ゲームなんだろ? 遊んでいることになるな。大真面目にな」
「大真面目? さっきからサイコロの動かし方がふざけているじゃないですか!」
「大真面目だよ。だって、おまえの魔法って的中の概念種だろ?」
「――ッ!!」
ロコイサーは正解とは言わなかったが、言葉を詰まらせたのが何よりの証拠と言っていい。
一般的に、物質種であれば他人の魔法を言い当てるのは簡単だが、現象種は難しい。そして概念種ともなれば、ほぼ不可能と言っていい。その概念種の魔法をゲス・エストはあっさりと言い当ててしまった。
「サイコロの出目のパターンそれぞれに効果を設定し、そのパターンが出た場合に自分の予想が的中したとみなし、的中したら設定した効果が発動するって仕組みだろ? それはギャンブル以外にも応用が利く。例えば、俺がどんなサイコロの動かし方をするかを予想し、的中したらあらかじめ設定しておいた効果が発動する。そういう可能性があるから、俺は毎回操作パターンを変えているんだ。だが面倒だし、次からはサイコロを卓上に直行させる。あらかじめ宣言しておけば、的中もクソもないからな。無理矢理効果を設定するにしても、強い効果は得られないだろう」
ロコイサーはゲス・エストの説明を呆然として聞いていたが、沈黙が流れてから我に返った。
「それは安心してください。概念種という幅広い応用が利く魔法であるにもかかわらず、その魔法をサイコロのみに使うという制約を設けることで、私は効果を絶対的なものに引き上げています。そういうことができるのも概念種の特徴なのです。ですが、なぜ私の魔法が的中だと分かったのですか?」
「最初に疑ったのは、物質種の操作型魔法だ。だが、物質種ではサイコロの出目は操作できても、相手の魔法を操作することはできない。だから物質種ではない。同様に現象種でもない。ということは、概念種の魔導師か、魔術師かだ。この二つのどちらであるか、それにこだわる必要はない。この二つは性質が似ているし、相手の能力の仕組みを解析できればそれでいいのだからな。で、どちらかというとおまえが概念種の魔導師であるほうが厄介だから、そう仮定して推察した。概念種の魔法として最初に考えたのは反射だ。だが、反射という強力な魔法なら直接戦ったほうが早い。リスクを負ってギャンブルで勝負をしようなどとは考えない。ほかにもベクトルなんかも考えたが、これも反射と同じ理由で候補から除外した。次に必中という概念。魔法の消滅というパターンがあったし、これも直接戦闘向きだから消える。じゃあギャンブル向きの魔法とは何なのか。そこで出てきたのが的中だ。ほかにも確率、罠、予測、現象、効果、因果といくらでも候補が出てくるが、何の概念だろうと同じ事。『おまえの魔法が何か』よりも、『おまえが魔法で何をするか』が重要なのだ。おまえは出目に効果を設定した。それはサイコロの目が出ないと発動しない効果だ。おまえが出目を予測し、おまえの予測が的中したら、設定しておいた効果が発生する。それが分かれば十分だ。
ゲス・エストの長い長い講釈が終わり、ロコイサーは深く嘆息した。途中、聞き逃した部分もあったが、概要は理解した。
「見事ですよ。実に見事です。あなたの魔法と頭脳があれば、世界も支配できるんじゃありませんか?」
それを
「できるだろうが、無意味なことだ。世界を支配したところで、管理するのが面倒で放置するだろう。すると世界は勝手に元のとおり、それぞれの国で統治者が統治を再開するはずだ」
「でも、世界の頂点に君臨しておけば、何か欲しいものがあれば命令して税として徴収できるのでは?」
「命令して奪うのも力ずくで奪うのも同じだ。暴力で奪うのもタチが悪いが、奪っておいて権利や義務であると主張するのも大概にタチが悪い。俺はゲスだが外道ではない」
「ゲスと外道の違いがよく分かりませんが」
「
ロコイサーはゲスと外道の違いについてもっと掘り下げるかどうか迷ったが、彼にとってあまり興味のない話題であった。
まだ勝負の途中だ。雑談をしているときではない。
「ゲス・エストさん。閑話休題ですが、この勝負、私の魔法の正体を見破ったところで勝敗には関係ありません」
「それは重々承知している。俺のターンだったな」
ゲス・エストの髪が揺れた。
「全連番は自分に対して等倍の魔法効果だな。さあ、次を振れ」
とはいっても、振るのは実質ゲス・エストのほうだ。そんなことを思いながら、ロコイサーは三つのサイコロを握り、そしてそれらを宙へ解き放った。
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