第143話 ゾロ目②

「ダイスはファーストネームですよ。ロコイサーさんと呼びなさい。とにかく話を聞いてください。聞いた上で断られたなら、私もいさぎよく引き下がりますから」


 この世界ではファーストネームとファミリーネームの順番が決まっていないため、親告しなければどちらがファーストネームか分からない場合がある。だからキーラがダイスと呼んだことに対しては仕方がないといえる。

 しかし、ダイス・ロコイサーは別の部分でキーラに苛立いらだちを覚えている。


「分かった分かった。さっさと話しなさい」


 年端としはもいかない少女が自分に対して偉そうに命令してくるのが釈然としない。

 ロコイサーが営業をかける側である以上、それくらいのことには耐えなければならない。それは自覚している。


「ではまず、賭けるものについてご説明しましょう」


 そう言って、ロコイサーは上着のポケットから箱を取り出した。キーラの拳くらいの大きさで、蓋を閉じた状態では綺麗な立方体だった。素材は木のようだが、色は白い。表面に黄色や緑色の渦巻き模様が絡み合っている。


「それを賭けるの?」


「いいえ。この箱に入るものをあなたに賭けていただきます。ただし、選ぶのは私です。この部屋の中にあるものから一つだけ、この箱に入るものを私が選びます」


 キーラの怪訝な顔が和らぎ、平常状態になった。もうひと押しすれば、今度はニヤけさせられるとロコイサーは確信した。


「ふーん、それでいいの? そんな小さい箱、ろくなものが入らないじゃない。で、あんたは何を賭けるわけ?」


「お金です。五百万モネイでどうでしょう? 一学生にとっては莫大な賞金だと思いますが」


 五百万モネイはかなりの大金だ。リオン帝国のギルドでいちばん高い賞金の依頼を探しても、せいぜい二百万モネイがいいところだ。かつてドクター・シータがゲス・エストにかけた賞金でさえ三百万モネイだった。


「……悪くないわ」


 キーラ・ヌアはポーカーフェイスを貫いているが、不自然なほど彼女の口調から抑揚が消えている。


「じゃあ、お受けいただけますね?」


「いいえ、それを判断するのは説明を全部聞いてからよ。ルールを知らずに受けるほど馬鹿ではないわ。それに、あんたが欲しいものは何なの? 五百万モネイもの大金を賭けるなんて不気味だわ」


「私が何を選ぶかは、私が勝ったときに明かします。私の賭け金が大きいのは、ゲームが私に有利な部分があるからですよ。ほら、レースだって速い馬は倍率が低くて、遅い馬は倍率が高いでしょう?」


 キーラは沈黙して少し考えた。箱に入る大きさのもので価値のあるものに何があったか、この部屋の中にあるものを思い出しているのだ。箱は小さい。財布すら入らない。

 そして彼女は回答した。


「分かった。この髪飾りを選ばないって約束するなら、賭け金については承諾するわ」


 キーラはベッドサイドにあるチェストの上に置いてある髪飾りを手にとって、それをダイス・ロコイサーに見せた。

 それはゲス・エストが彼女に贈ったものだ。この部屋の中で最も高価なものであり、キーラにとっては客観的な価値以上に主観的な価値があるものだった。


「構いませんよ。約束だと私が破ろうと思えばそれも可能なので、きっちりルールとして盛り込みましょう。私は勝っても報酬にその髪飾りを選びません」


 キーラのほおの赤みが増した。取らぬ狸の皮算用ですでに興奮しているようだ。


「ふーん、そう。でも、承諾したのは、あくまで賭け金についてよ。そのギャンブルを受けるかどうかはルールを聞いてから決めるわ」


 そうは言っているが、おそらく彼女の中では受けると決めている。

 ロコイサーのポーカーフェイスは、表情はもちろん、血色も操れる。彼は営業スマイルでプレゼンを再開した。


「ではお待ちかねのルール説明といきましょう。このゲームには親と子があり、私が親を務めます。まずは親である私のターンですが、私は三つのサイコロを振ります。出た目の組み合わせによって、子が使う魔法に効果を及ぼします。どんな効果かは魔法を使ってみるまで分かりません。次に子であるあなたのターンです。まずは魔法を使用するかどうかを選択します。もしも親のターンで明らかに自分に不利な目が出ていたら、魔法を使用しないという選択をするのが賢明でしょう。その選択をするためには、過去に出た目の組み合わせと効果を覚えておかなければなりません。ただ、最初は効果が分からないので、とりあえず魔法を使ってみるしかありません。あなたが魔法を使うことを選択したなら、その魔法で私を攻撃してください。サイコロの目の効果によって、魔法が強化されたり、弱体化されたり、あなたに跳ね返ったりします。あなたが一回魔法を使えば、それであなたのターンは終了です。あとは親のターンに戻って、一連の流れを繰り返すだけです。そうしてあなたが魔法を発動し、それが私かあなたに効果を及ぼした結果、敗北を認めたほう、あるいは意識を失ったほうが負けです」


 キーラはその長い説明を黙って聞いていた。湯飲みに手を運んでも、それを口まで運ぶことはなかった。それくらい集中して聞いていた。ダイス・ロコイサーがルール説明を終えてから、キーラは口を湿らせた。


「攻撃できるとか、なんか自由度高いわね。でも、魔法の威力によっては、どちらかが死ぬ可能性だってあるんじゃないの?」


「ええ。意識喪失には死亡も含まれます。それもゲームの決着の一つの形です。ですが、ギャンブルだからといって殺人行為が黙認されることはありません。各国の法に則って裁かれます。といっても、ここは公地なので法はありませんがね。そういうことですので、魔法の威力には十分に注意しなければなりませんね」


「魔法が強化される場合もあるって言ったわよね? じゃあ魔法が強化される場合に最大でどれくらい強化されるか教えてよ」


「最大で二倍程度です。致死威力の半分以下に抑えれば、死人が出ることはないでしょう。まあギャンブルですから、お望みでしたら命や人生をかけて強力な魔法を放っても構いませんよ」


 そんな馬鹿なことをするわけがない。

 しかし、このギャンブルを突っぱねることも馬鹿のように思えて、キーラは慎重にルールの詳細を確認しにかかった。


「賭け金はおいしいけれど、痛い思いをする可能性は十分にあるわけよね。永遠に『魔法を使用しない』を選択しつづけたらどうなるの?」


「それはお勧めしません。三つのサイコロでゾロ目が出た場合には、あなたの魔法が強制的に発動し、死なない程度に必ず意識を奪う威力があなたを襲うと考えてください」


「そんな! 最初の一回でゾロ目が出たらどうするの? 私が何もしないうちに勝手に負けにされちゃうじゃない」


 それがダイス・ロコイサーにとって有利な部分ということなのだろう。

 キーラは思わず怒鳴ったが、負けたときに差し出すもののことを考えても、キーラがこれを受けない理由はない。ローリスク、ハイリターン。一攫千金のチャンスだ。


「そうなりますね。ですが、一投目だけはゾロ目が出る確率は非常に低くなるようになっています。私の魔法によってね。そもそもゾロ目が出ること自体がかなり低い確率の事象です。実際、過去に一度も一投目でゾロ目が出たことはありません」


「魔法って、あなた、魔導師なの? 魔術師じゃないの?」


「私は魔導師ですよ。ギャンブルの世界にはハッタリというものが存在しますが、私が魔導師であるというのは真実です」


 いまの言葉にどこかひっかかるものがあったが、キーラはダイス・ロコイサーのギャンブルを受けることにした。受けることは決めていて、そのタイミングをうかがっていた。

 キーラはその自分に気づいていたが、それがロコイサーの策略だとは考えなかった。

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