第127話 追跡

 服を乾かしつつ、しばしの休憩を挟んでから、俺はエアの力を借りて遠方ザハートの一帯に空気の操作リンクを張りなおした。

 いまさらだが、盲目のゲンとの戦闘準備でもエアの力を借りれば一瞬でザハートに空間把握モードを展開できたはずだったと気づき、ガックリと肩を落とした。

 まあ、自己鍛錬にはなっただろうと無理矢理自分を納得させ、空間把握のほうに意識を集中させた。

 どうやら盲目のゲンは気を失っているようだ。うつ伏せに倒れたまま動かない。


 通常であれば護神中立国内は盲目のゲンの空間把握モードによる監視下にあるようだが、いまならそれが機能していないため、俺が魔法で国内を捜索しても空気への操作リンクを切られることはない。

 俺はザハートから空間把握モードを護神中立国内全域へと広げ、エース大統領の捜索をおこなった。


 護神中立国はほかの三大国よりも小さな国である。

 三大国のうちジーヌ共和国とシミアン王国は同程度の大きさの国だが、リオン帝国はその二国を足しても足りないくらい巨大な国だ。

 それに対して、護神中立国はジーヌ共和国の半分程度の国土しか有していない。とはいっても、一国の国土としてそれなりに面積は大きい。


 護神中立国は国土のほとんどが人の手が入っていない純粋な自然であり、国としての機能を果たす部分だけでいえば、元の世界で言うならば東京都程度の面積しかない。

 俺はエアのサポートを受けた空間把握モードで、その護神中立国の街を、それから全土をくまなく捜索した。

 空間把握モードでは形状しか知ることができないが、熟練度が増した最近では個人を特定できるほどの精度を出すことが可能となっている。


 肝心の捜索結果だが、一時間強の時間をかけて綿密に念入りに慎重にさがしたにもかかわらず、エース大統領の姿は見つからなかった。

 どうやらすでに護神中立国から出国してしまっているようだ。


 護神中立国に入出国できる二箇所の関所のうち、ザハートではずっと俺と盲目のゲンが戦っていた。だからエース大統領はもう一つの関所を通ってシミアン王国へと亡命した可能性が高い。

 しかし、もし俺がエース大統領の立場だったら、そんな分かりやすいルートで逃亡はしない。リオン帝国内に侵入してからザハートを周りこんで公地へと逃げ込むだろう。


 結局のところ、北のリオン帝国に逃げたのか南のシミアン王国へ逃げたのか分からない。

 東は海で西がザハートなので、南北どちらかに逃げたのは間違いないのだが、その二択は絞れない。

 マーリンに力を借りて真実を訊いて捜したほうが早そうだという結論に達し、俺は魔導学院へと戻ることにした。


「エア、これから学院に戻るが、その前にシャイルを回収していく。リオン帝国にいるはずだが、どこにいるか分かるか?」


「監獄・ザメインにいる」


 エアは姿を現さずに答えた。いま、彼女はこことリオン帝国内の監獄とに同時に存在している。

 二箇所の大気が途切れずつながっているからこそ可能な芸当。空気の精霊の強みだ。


「監獄・ザメイン? キナイ組合長の収容先か」


「シャイルにこちらの状況を報告したら伝言を預かった。キナイ組合長から引き出したい情報があるけれど、時間がかかりそうだから先に戻ってほしいって」


「シャイルの奴、闇道具について調べてどうするつもりだ? 世の中から闇道具を無くそうとでも考えているのか?」


「シャイルを呼び戻したほうがいい?」


「いや、かまわない。シャイルには分かったとだけ伝えてくれ」


「分かった」


 俺は学院へ飛んだ。さすがに疲れているのでゆっくりと飛ぶ。


 俺はエース大統領を極刑に処すつもりだ。

 キナイ組合長のときはシャイルに止められたが、今度はシャイルはいない。

 シャイルはいいのだろうか。マジックイーターの頭領という大悪党ではあるが、自身の出身国の元首だというのに。

 いや、それは彼女には関係ないことで、彼女にとっては俺が人を殺すことを防ぐことが重要なのかもしれない。

 だが、俺に同行しないのであれば、それも防ぎようがない。


「…………」


 不在の彼女に対する内心の問いかけが、まるで自身への問いかけのような気がしてきて、俺はそれをやめた。

 俺自身に迷いはない。ここは異世界であり、本当の俺の世界ではない。

 だから人を殺してもいいとか、世界がどうなってもいいとか、そういうことではない。

 この世界では、俺は思ったことを思ったように実現させられるだけの力がある。だからやる。

 もしも現実世界で同じ状況になったのなら、おそらく同じようにやる。

 ま、もし現実世界に帰れたら、空気操作の魔法なんて取り上げられてしまうのだろうが。

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