第126話 最強の魔導師②
精霊は最初は不定形のエレメントの要素が多いが、契約者から得た感情を食べることで、その精霊のモデルとなる生物に姿が寄っていく。
エアは空気の精霊で人型だ。
最初に出会ったときは顔の形もはっきりとしていなかったが、いまではまつ毛だって人間と同じように生えているし、手のひらには
いまのエアはそれくらいにはっきりと人の姿をしていた。
髪、眉、まつ毛だけは真っ白で幻想的な雰囲気を
空気のように透きとおった綺麗な手が、ガッチリと固められた空気の壁に触れる。
空気の固定をほぼエアに
先ほど俺は攻撃を一時中断したが、攻撃に使っている空気に対して操作リンクを切ったわけではない。ただ動きを止めただけだ。
再びスカイフォールが侵攻をはじめた。
盲目のゲンは長い長い水のムチを無数に走らせ、自身の周囲の空気を切り裂いた。まだスカイフォールのカラクリに気がついていないようだ。
そんな防衛行動を取りながら、彼は同時に攻撃の手も休めなかった。
水の龍がグングン伸びてこちらへと迫ってくる。そして大口を開けて俺たちを飲み込んだ。
膨大な量の水が俺とエアを空気の壁越しに完全に包み込み、圧力をかけてくる。それでも防御が割れないと悟ったか、今度は塊や杭の形状で何度も水を叩きつけてくる。
それでも、エアが固定した空気はビクともしなかった。
「うぐっ」
再び盲目のゲンによるゼロ・リップ。
絶対防御の内部にも空間把握モードで操作リンクを張っていた水分が存在した。
量としてはわずか。だが、俺の皮膚を切り裂くには少量の水で十分。もし俺が盲目のゲンなら、ゼロ・リップによって作った傷からそのまま水を血管内に侵入させ、内部から体を破壊する。
そんなことが起こる前に絶対防御内の水への操作リンクを切断しなければならない。
俺は絶対防御内の空気を一度全部固めた。そして急激に短時間の流動を起こす。
エレメントが予期せぬ方向へ動かされれば、その物質への操作リンクは断ち切られる。
果たして、俺は絶対防御内の空間を完全支配し、安全を手に入れた。
盲目のゲンは俺が
それは水量を増やしたいというよりも、魔法発動に対する思考リソースを攻撃に絞るためだろう。
俺とエアの絶対防御たる空気球を大量の水が覆い尽くした。
そして俺たちの前方に水の流動が生まれる。
水の流れはその場で回転している。これはドリルだ。空気が完全に追い出された空間、敵の邪魔が入らない状態で繰り出される超高回転のドリルだ。
さすがにこれは危険だ。
いくらエアのサポートがあるといっても、そのことが盲目のゲンより有利ということにはならない。
盲目のゲンの精霊は人成しているだろう。精霊が人成すると、契約していた魔導師は精霊がエレメントを
つまり、契約精霊がすでに人成している魔導師は、常に精霊のフルサポートを受けているのと同じレベルの魔法を行使できるのだ。
少なくとも
俺とエアが強い意志で固定する空気の分子が外力に耐えられず、俺の脳細胞が悲鳴をあげる。
もはやここ一帯の物量は水が空気を上回っている。
物質の位置取り優先度が空気より水のほうが高い事実は変えようがない。
絶体絶命の危機。
「エア、踏ん張れ! もう少し耐えろ!」
エアの返事はない。
エアは最初から全力で俺の要求に応えている。
余計な
水のドリルは着実に空気の湾曲面に食い込み、侵攻を続けている。
だが攻撃を続けているのは俺も同じだ。盲目のゲンを押し潰さんと、ザハート周辺の空気は巨大なドームの縮小によってどんどん圧縮されている。
「エスト、あと一分しかもたない」
「現状維持だ! 俺もいま全力を出している。これ以上はほかにあがきようがない。その一分を確実に耐えろ」
防御しているのは盲目のゲンも同じだ。
盲目のゲンを苦しめる圧縮空気の魔法を壊すために、水の小球が無数にザハート周辺を飛びまわっている。
「エスト」
「分かっている。数えていた。あと五秒だな。四、三、二、一」
そしてエアが宣言していた一分が経過した。
分厚い空気の壁を突き進んでいた水のドリルが、ほぼその空気の厚み分を掘り進んでいた。
まさにいま、薄皮一枚の空気の層を突き破ってドリルの先端が顔を出そうとしている。
だが一分が経過してもその薄層を突き破ってはこなかった。
ドリルの回転は続いている。だがスピードが落ちている。
「エスト、まだ耐えているけれど、あと何秒もつかは不明」
「盲目のゲンも限界が近いらしい。空気の圧力が全身を押し潰そうとしているのだからな。まともに呼吸もできないはずだ。エア、これが最後の
そう言ったそのとき、俺はスカイフォールの空気ドームが破壊されたのを察知した。ついに盲目のゲンの探査水球がドームを探し当てたようだ。
ザハートに凝縮された空気はいっせいに解放され、爆弾が爆発したかのような強烈な暴風がザハートに隣接する三国を襲った。
その中心地にいた盲目のゲンは暴風の影響は受けない。
ただし、ここでもう一つの大魔法の効果が現われる。
俺はザハート一帯の酸素濃度を下げていた。下げつづけていた。盲目のゲンに気づかれないようにゆっくりと。
もし気づかれたら、水を分解して酸素を作り出すかもしれない。だから気づかれてはならないのだ。
ドームがその空気を圧縮していたことで、酸素量は不足しなかっただろう。
二酸化炭素量が多くて苦しくはなっていたはずだが、それ以上に空気の物理的圧力が強かったため成分変化には気づきにくかったはず。
そして、ドームが解放されて空気が一気に外へ流れ出たことにより、ザハートの酸素濃度も一気に低下した。
空気の圧力から解放されて、圧迫されていた肺が空気を吸い込みたいところに、酸素濃度が低く二酸化炭素濃度が高い空気しかない環境ができあがった。
「エスト!」
ついに水のドリルが空気の壁を突き破った。
俺とエアはとっさにドリルの進行方向から体を逸らしてドリルの突進を避けたが、その穴から空気球内に形のない水が入り込んでくる。
空気球内の空気がかき出される。それを操作しようとしたが、空気が泡状に散って間に合わなかった。
俺とエアは完全に水没した。いまの状態であれば、盲目のゲンがどんな攻撃をしても俺は死ぬだろう。
だが、水は攻撃してこなかった。
空中に浮いて俺とエアを包み込んでいた大量の水は、空中での魔法による浮力を失い、形を失って重力に従い落下する。
盲目のゲンが意識を失ったか。
だが、このままでは俺も地面に叩きつけられて死ぬ。浮こうにも空気がない。
「くそっ!」
万事休す。
海水が混じって濁った水越しには、地上まであとどれほどの距離があるのか分からない。
死の予感とはなんとおぞましいものか。
死神が背中にベッタリと張りついている感覚。
俺はなすがままにその冷たい
「エスト、空気ならあるよ」
ともに落下していたエアが、落下する水中内でも普段見せるように滑らかな動きで俺に近づいてきた。
そして、両手を俺の首に回し、そのまま俺に抱きついた。
温かい。まるで冷水から上がって吸い込む新鮮な空気のよう。
俺が両手を回すと、彼女の体が柔らかく形を崩し、俺を包み込んだ。
そうだ、エアは空気の精霊。人の姿に見えても彼女は空気なのだ。
俺が操作すると、その空気が俺の体をしっかりと支えている。これを操作できるということは、エアが完全に俺に身を委ねているということか。
俺は空気で自身の体を支え、これ以上落下しないよう体を固定した。
すべての水が落下し終えたとき、俺は一メートルとない距離で水浸しの地面を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます