第124話 三匹のイーター

 俺は自分を空気で包んで空へと移動した。

 さっきまで自分がいた場所で空気を自分の姿に固めた。空気分身とでも言おうか。透明な影武者だ。技に名前をつけるならば、ゲスト・インバイト、といったところだろう。

 この偽装でどれほどの時間が稼げるだろうか。攻撃を受けた際に相手の攻撃によって死んだと思わせられれば理想だが、まず間違いなく看破される。


 攻撃についてだが、本命の攻撃とは別に、相手の逆探知への集中力を削ぐため、そして本命の攻撃に気づかれないために、コンスタントに攻撃を続けなければならない。発想力とセンスが問われるところだ。

 俺はすでに行動を起こしている。ザハート周辺を広範囲にサーチして公地を徘徊するイーターを探し、それを誘導する。空気で作った疑似餌で釣り、ザハートへとおびき寄せる。

 誘導できたイーターは三匹。

 エアに光景を可視化してもらい、それぞれ確認する。


 一匹目はサイのようなボディの前半身に十数個の口がついており、前足の肩の部分から先が鎌状の腕が生えている。

 全身を褐色の硬皮に覆われているが、頭部だけは毛むくじゃらで目と鼻と耳がその小さな領域に密集している。

 名前をつけるとすれば、安直にサイカマキリといったところだろうか。


 二匹目は姿はほぼ馬だが、その頭部が特長的だった。馬の口の部分がタコの漏斗ろうとのように細長い出っ張りになっていて、そこから黒い弾丸を発射する。

 おそらく弾丸の正体は糞だろう。しかしその弾丸は岩をも砕く強固な物質で、無尽蔵に発射される。ときには連射されることもある。

 実際のタコの口は漏斗が口のように見えるが、漏斗は口ではない。口は八本の脚のつけ根の部分にある。

 ではこのイーターの場合どこに口があるのかというと、後頭部だ。漏斗で得物を射抜いて動かなくなったところに、頭を垂れて後頭部の口にある硬い歯でバリバリと噛み砕く。

 俺はこいつをガンホースと名づけた。


 三匹目は虫型イーターだ。

 一見するとただのトンボだが、油断して近づくと非常に危険。そいつが狩りモードになると、虹色の四枚の薄羽が硬質化し鋭くなる。非常に素早く縦横無尽に飛びまわり、その軌道上にあるあらゆる物をことごとくすっぱりと切り裂いてしまう。

 ソードフライと名づけよう。


 この三匹を同時に盲目のゲンへとぶつけられれば理想的だが、イーターというのは基本的に見境がなく、イーター同士で喰らい合うことも多い。

 だからこの三匹を引き合わせることなく個別に盲目のゲンへとぶつける。


 最初はサイカマキリだ。

 空気で作った疑似餌でザハートへといざなう。

 サイカマキリは獲物が間合いに入った瞬間、二本の鎌を目で捉えられないスピードで振りまわす。人間の反応速度でそれを避けるのはおそらく不可能だ。

 前半身にたくさんの口が付いているのは、切り刻まれて宙に舞った得物をできるだけ多くすくい上げるように食らうためだろう。

 俺の疑似餌は何度も切り刻まれるが、空気なのでサイカマキリの間合いに入っても前方を逃げつづけられる。


 岩陰に隠れていた二人の巫女に対し、盲目のゲンが護神中立国の奥の方へ避難させつつ、人払いをするよう指示を出した。

 リオン帝国、ジーヌ共和国の国境検問所も危機を察知して完全に閉じてしまっている。

 もはやザハートに存在する人間は盲目のゲンのみ。それは俺にとっても都合がいい。

 誘導されたサイカマキリは盲目のゲンを見つけるや、一直線にそちらへと走った。サイカマキリの間合いに入れば、おそらく盲目のゲンでも防御も回避もできない。


 サイカマキリの前方で収束した水の玉から、強力な水のレーザーがサイカマキリの胴体をめがけて発射される。

 それを俺は空気の盾で受けて軌道を反らせた。

 サイカマキリはどんどん盲目のゲンに近づいていく。サイカマキリには期待していなかったが、この調子ならば案外こいつで盲目のゲンをやれるかもしれない。


 盲目のゲンは収束した水の玉を破裂させ、無数の弾丸と化した水でサイカマキリを攻めた。

 俺はサイカマキリの前方を開きかけの傘のように尖った空気で覆い、すべての水を弾いた。

 角度が足りず弾けなかった水は空気を貫通してサイカマキリを刺したが、タフなイーターは多少の傷をものともしなかった。

 だが盲目のゲンの攻撃は終わっていない。弾かれた水の弾は円弧を描いてサイカマキリの後方から攻め立てた。

 俺は空気でサイカマキリの背中も尻も腹も守った。


 あと三歩。一秒後には盲目のゲンがサイカマキリの射程圏内に入る。

 俺は勝利の予感に胸を高鳴らせた。

 そして柄にもなく激しい独り言を放つ。


「よし、行けっ!」


 しかし、やはりE3エラースリーの一人ともなればそう甘くはない。

 あと一歩というところで、サイカマキリの全身から水が噴き出し、その水は緑色に変わった。空間把握モードでは色を知ることはできないが、エアの可視化映像で光景が見えている。

 緑色の水、それは血だ。

 どうやら盲目のゲンは、水を地中に走らせ、サイカマキリの接地した足へと打ち込んだようだ。そして体内から放射状に水を走らせ、イーターを内側から破壊した。


 一匹目は失敗に終わったが惜しかった。

 三匹のイーターを同時に盲目のゲンにぶつけるべきだったかもしれないと後悔するが、三匹を同時にぶつけると盲目のゲンだけでなく俺まで魔法の制御が追いつかなくなる。

 ゆえに、それは無意味な後悔だったという結論に至る。


 切り替えて二匹目のイーターを駆り立てる。


 二匹目はガンホース。

 今度は地中からの攻撃に備えてガンホースを包んで宙へと浮かせる。

 つまり二匹目のイーターの移動を俺が受け持つということだ。


 ガンホースは宙を縦横無尽に舞い、角度を連続で変えながら糞弾を連射する。

 盲目のゲンは水の盾を広範囲に展開してそれをはばむが、弾丸が糞ゆえに盾の表面にベチャリと塗りつく。

 空間把握モードで景色を見ている俺と盲目のゲンには視界が遮られるということは起こらないが、ガンホースだけが得物を見失ってしまった。

 ガンホースは得物を探すように辺り構わず四方八方へと糞弾を連射した。糞なので臭う。遠方の俺にはその臭いが分からないが、おそらく臭い。


 盲目のゲンもさすがにザハートをこれ以上汚されたくないと力が入ったようで、いつのまに集めていたのか、上空に一瞬で拳大の水の球を作ったかと思うと、それをガンホースの背中へと落とした。俺がとっさに空気の盾を張るが、それを難なく貫通してガンホースの胴体を貫き大穴を開けた。


 体を破壊されたガンホースは最後にはいななくことも許されず、長い首を垂れた。

 漏斗からは発射準備段階だった糞の塊がボトボトと落ち、胴体の風穴から赤い血がドロッと流れ出て事切れた。


「瞬殺されたな」


「エスト、罪悪感?」


 エアが不安気に語りかけてくる。

 姿は現していないため表情は見えないが、ずいぶんと人間らしい抑揚を得た声からは、短い発声からでもその感情が垣間見えるようになっていた。


「イーターに罪悪感なんぞ抱くものか。死のイメージがないところに死を与えられて少し驚いただけだ」


「エスト、感情がおいしくない」


「おいしい感情をよこせって? 要望か? 贅沢ぜいたくなやつめ、おまえもだいぶ感情が芽生えてきたようで何よりだ。エア、少し待っていろ。勝利の味を味わわせてやる」


「勝利の味がおいしいとは限らない」


 そう言うと、エアの気配が消えた。意味深なもの言いだったが、返答を考える前に消えたので、俺は考えることをやめた。

 俺にはもっとやるべきことがある。盲目のゲンの逆探知は予想以上の速度で迫ってきている。一定速度ではない。慣れによる加速が見られる。悠長にしていられない。

 俺は三匹目、最後のイーターを盲目のゲンへとぶつけた。


 ソードフライを運ぶ際は空気で胴体を掴んで無理矢理移動させ、盲目のゲンの前で解き放った。

 こいつの場合はイーターの本能に任せたほうが回避率は上がるだろう。ソードフライは自在に飛びまわってこそ真価を発揮する。


 ソードフライはトンボの姿をしているが、その動きはトンボのそれとは異なる。

 トンボのように同じ場所に滞空しつづけることも可能だが、一度動きだすと、それはもはや戦闘機だった。

 進路上にあるものを鋭い羽で切り裂きながら、ものすごいスピードで飛ぶ。急旋回も可能だし、上下反転や回転といったアクロバット飛行もする。

 俺は魔法が空気だからこそ奴を簡単に捕まえられたが、水では苦戦するはずだ。

 そして早く捕まえるか殺すかしなければ、気づいたときには細切れにされている。


 盲目のゲンは無数の水滴を乱雑に飛ばして攻撃した。

 だがソードフライはそれを巧みにかわす。まったく被弾しないわけではなく、羽に当たってもテニスボールのようにたやすく弾いてしまうのだ。

 ソードフライの本体は細長い棒のような形状で、これに攻撃を当てるのは難しい。


 ソードフライは水の攻撃を縦横無尽に避けながらも少しずつ獲物の盲目のゲンに近づいていた。

 盲目のゲンは水の網で捕らえようとするが、ソードフライの羽がそれを切り裂くため、前進を妨げることができない。


「行ける! こいつなら……」


 期待の高まりに胸を躍らせ、俺の口角が吊り上ったその瞬間、俺は緩んだばかりのほお強張こわばらせ、閉じていた目を見開く羽目になった。


 空気で作った自分のダミーが水の槍で串刺しにされた。


「馬鹿な! こんなに早く!」


 想定外のタイミング。

 盲目のゲンの逆探知が加速していたことは知っていた。ただ、逆探知の間、加速は続いていた。加速途中の速度で探知の到着速度を再計算したところで、それは価値のない予測だった。

 加速という概念の、計算する上での落とし穴に注意することをおこたった俺のミスだ。


 血が出ていないため、俺の姿をした空気が分身だったことはバレているだろう。

 水の槍は空気中に水の粒子となって拡散し姿を消した。盲目のゲンもこの近辺で空間把握モードを広げて俺を探しはじめたようだ。


 気がつくとソードフライの動きはさっきまでのアクロバット飛行が嘘のように鈍化していた。鳥がナマケモノになったかのようにゆっくり動く。

 羽には水がまとわりついていた。粘度を高めた水を使ったのだろう。何度も切り裂いているうちに、それが少しずつ羽に付着し、積み重なって重みを増し、ソードフライからスピードを奪った。

 最後にはソードフライはあっけなく水の弾丸によって貫かれ飛散した。


 完全に形勢逆転。

 今度は俺が盲目のゲンの猛攻をしのぐ番だ。

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