第111話 チームワーク

 アカが視線を落とした。

 そこにあるのは大きなテーブル。黒木であつらえられていると思っていたが、どうやら素材は土だったようだ。

 テーブルが変形して人型になった。

 それはいわゆるゴーレムだ。身の丈は二メートルほど。巨人と呼ぶには小さいが、一対一で面と向かえば脅威を感じる巨体だ。


「土の操作型魔導師か。なぜわざわざゴーレムを形作った? 複数の塊を飛ばして攻撃したほうが効果的だと思うが。それに、一点集中でパワーを上げたいなら球状にすればいい」


「ちょっとエスト君! なんで敵にアドバイスなんかしちゃうの!」


 シャイルが俺のそでをひっぱる。振り向くとシャイルがほおを膨らませていた。


「アドバイスではない。探りを入れているだけだ。土をわざわざ使い勝手の悪い人型にするのには理由があるはずだから、それを探っているんだ」


「そうなの? でも、それを言っちゃったら魂胆が筒抜けになっちゃうじゃない」


「ああ、そうだよ。おまえのせいでな!」


 とりあえず俺はゴーレムを風の刃で切り刻もうとした。

 しかし、作った風の刃がゴーレムへと飛んでいかなかった。

 それはなぜか。魔術による妨害しか考えられない。


「へっ、テメーらはチームワークがなってねえな」


 これはミドリの発言。彼女の仕業だろうか。


「チームワークか、なるほど。何もやってないように見えて、実はもう何かやっているようだな。魔術師か。三人とも……いや、シロとミドリ、テメーら二人が魔術師だな?」


「ほう、たしかに僕は魔術師ではなく魔導師さ。なぜ分かったんだい?」


 アオが中指でクイッと眼鏡を持ち上げた。

 その仕草にイラっとしつつ、それが敵の心理的作戦である可能性を考慮して平静を保つ。奴の態度にはどこかダースを想起させるものがある。

 俺はあごを上げてアオを見下すように返した。


「大したことじゃねえよ。魔術の発動条件には視線が関係するものが多いから、魔術師は顔を隠したがる。シロとミドリはフードが付いているローブを着ているから魔術師だと思った」


 アオは顎に手を添えてしばし考えた。

 そしてそれを口から出力する。


「それは魔導師だって同じなのでは? むしろ見えている場所でしか魔法を使えない魔導師のほうが視線を隠すメリットが大きいのではないですか?」


「魔導師は視線の先で魔法を発動させるからこそ、フードを被っていたら視野が狭くなり魔法を使える範囲も狭くなってしまう。一方、魔術師の場合、魔術は人に対して影響を与えるもので、相手が見えてさえいればいい。広い視野は不要だ。それから、フードを被っていれば、相手に視られているという警戒心を緩和できるし、相手が複数の場合は誰に魔術をかけているのか隠せるメリットがある」


「なるほど、なるほど。でもそれは知っていましたよ。シロさんとミドリさんから聞いたことがありますから。すべてはあなたの洞察力を確かめるために訊いたのです。それから、確かめたいことはもう一つあったのですがね、いておいてなんですが、なぜ教えてくれたのです? 前情報によると、あなたは情報戦をとても重要視する人だとか。ああ、なるほど、なるほど。たったいま訊いたばかりでなんですが、さてはあなた、情報的不利を覆そうと必死なのですね? あなたの魔法は我々四人ともが存じています。しかし、あなたにはアカ以外の魔法および魔術が分からない。これはとても不利ですね。だから、情報に関してオープンな雰囲気を作って我々の能力を聞き出そうという魂胆なのですね?」


 長い!

 演技でキャラ作りしていたダースみたいな性格を、このアオは素で持っているようだ。

 しかし奴の分析は的外れではない。そこがまた腹立たしい。


「すまん、聞いてなかった。もう一回言ってくれ」


 嫌がらせのつもりでそう言った。

 これでバカ正直にもう一度話し出したら、延々と「もう一度」を繰り返して何度目で怒り出すか実験してやろうと思った。

 しかし、なかなかどうして、こいつも俺に引けをとらないくらい嫌な性格をしている。


「聞いていなかったというのは嘘ですね。なぜなら、あなたは情報を重要視しているから。だから二度も言いませんよ。あなたの見栄を張るための嘘なんてバレバレでお見通しです。あなたもまだまだ甘いですね」


 怒ったら負けだ。

 いまは魔術のせいでこいつの口をふさぐこともできない。


「安い挑発だな。戦略的な挑発ではなく、自尊心を満たすために相手をあおっているだけ。典型的な雑魚。俺は弱い奴には優しいが、調子に乗る奴は例外だ。ああ、楽しみだよ。泣いて謝るおまえを魔法すら使わず殴打するのがな」


「いいですねぇ。精一杯の負け惜しみって感じで。言ったとおりのことをすぐにでも実行に移したいのに、それができないんですよね? ああ、心の中の悲鳴が聞こえるようですよ。ま、言うだけなら簡単なので、どんどん言ってくださいよ」


 戦略か? 戦略なのか? コイツ、腹立つ! 極刑に値する!

 いかん! 冷静になるべきだ。この厄介な状況で冷静さを失えば、あっという間にゴーレムに潰されてしまう。

 いや、それは些事さじだ。それよりも、ここでむやみに魔法を使おうものなら本当に笑いものになってしまう。そっちのほうが問題だ。

 いや待て! 俺はいま冷静さを欠いていた。冷静さを取り戻せ。重要なのは敵の魔術からどう逃れるかだ。アオの極刑は最後でいい。


「おい、アオ! わずらわしいこと言ってねーで、さっさと始めんぞ!」


 俺はそのアカの発言に思わず笑みをこぼした。

 いかんいかん、なんどきもポーカーフェイスたる俺としたことが、まだ冷静さを欠いているようだ。


「どうしたの?」


 シャイルが俺の顔を覗き込んできた。


「アオの魔法が少し分かった。シロとミドリがコンビで強力な魔術に仕上げているように、アオの魔法はアカの土操作魔法をサポートして攻撃の精度や威力を上げるたぐいのものだろう。アカはいつでも攻撃を開始できたはずなのに、煩わしいと思いながらもアオを待っていたのだからな。それに、アカが操作する土を人型にするのは、俺たちに魔法で攻撃されないこと以外にメリットはない。つまり魔術のせいで『人』を攻撃、あるいは選択できないんだ。だが人型である以上、操作性が落ちて攻撃力もガクンと落ちているはず。だからアオがそれを補って攻撃力を上げるのだろう」


「なるほど」


 シロとミドリで絶対防御、アカとアオで一方的な攻撃。そういう黄金の勝ちパターンをこれまでに繰り返してきたのだろう。

 俺としてはアカが人型にこだわらず普通に攻撃してきたほうがよっぽど脅威だ。

 操作型の魔法は基本的に気体よりも液体、液体よりも固体がり勝ちやすいのだから。


「シャイル、敵を分断する。一人でも戦えるな?」


「うん」


「敵を分断して各個撃破。それが俺たちのチームワークだ」


 ゴーレムがいよいよ動きだした。まずは一歩。遅い。

 そう思ったら、次の一歩は異常な加速を見せた。

 それがアオのサポートか、などと考えつつ、俺は即座に自分を覆っていた空気を操作してゴーレムから繰り出される殴打を回避した。


 俺が窓から飛び出すと、ゴーレムが追ってきた。

 もちろん、アカとアオも追ってきた。彼らの視界からゴーレムが消えるとゴーレムを動かせなくなるから当然だ。


 アカがどこからか引き剥がした土で円盤を作り、その上に乗った。アオも乗る。そして、円盤を空中で静止させた。


 俺はすかさず部屋内の棚などを空気で動かし、窓や扉をすべて塞いだ。

 シャイル、シロ、ミドリの三人は室内に残った形だ。

 シロとミドリは防御担当で危険度は低い。シャイルに任せても大丈夫だろう。


 対して、アカとアオの相手は俺がする。

 シロとミドリを完全にこちらから分断したものの、俺が魔術による制約から完全に逃れられたとは限らない。

 魔術はその視界から外れたら効果が消えるとか、そんな単純なものではない。ずっと見ていなければ効果が持続しないものや、一度見れば目を離しても効果が持続するなど、魔術の発動条件はさまざまだ。

 だから分析が必要だ。


 ゴーレムが俺へと突進してくる。

 俺は即座にその進行方向から外れるように移動した。

 その瞬間、ゴーレムが砲弾のように俺の横をかすめた。


「あっぶね」


 予想はできていた。おそらくはアオの魔法。ゴーレムの動きを加速させることができる。

 それが具体的に何の魔法かはまだ分からないが、動きだしてから直線的に加速するので、動きを読めば回避は可能だ。


 俺はゴーレムが離れたアカとアオに向かって風の刃を飛ばした。

 飛ばしたつもりだったが、風の刃は俺の頭上で静止したまま動かない。

 シロかミドリ、あるいは両方の魔術から俺は逃れられていない。

 シャイルがどちらかを倒さなければ、俺はアカとアオを攻撃できない。


 攻撃に失敗した俺はすぐさまゴーレムを警戒して振り返った。


「ははっ。マジか……」


 ゴーレムは六階建てのビルくらいの大きさに膨れ上がっていた。外には土がたくさんあるのだ。アカと戦うなら室内のほうが有利だった。

 とはいえ、こちらとて空気の操作型魔導師だ。自然に存在する量でいえば土よりも多い。気体操作は固体操作に対して相性が悪いが、戦略しだいでどうとでもなる。

 ただ、問題は俺から攻撃できないということ。攻撃以外の対象にもできないため、リオン帝国の五護臣の一人であるマンマ・ママのときみたいに、守るテイで相手を空気に包むもこともできない。

 シャイルがシロとミドリを倒してくれることに望みを託し、耐久するしかない。


 逃げるという選択肢も存在するが、それを選ぶとシャイルは確実にアカに殺される。だから俺はひたすら防御と回避で粘るしかないのだ。

 幸いなことに自分のことは選択できるらしく、俺は自分を包んでいた空気を執行モードに切り替えた。


「頼むぞ、シャイル……」


 俺は空間把握モードを展開した。これで室内のシャイルたち三人の様子もうかがい知ることができる。

 シロとミドリに加えてシャイルの体には空気が触れられないため、ボンヤリとした人影としか認識できないが、それでも彼らの位置関係からどれが誰か覚えていて認識できている。

 彼女らが動けば操作している空気が跳ね除けられるので、彼女たちの動きも把握することができる。


 今日の俺は一度、とてつもなく大きな間違いを犯している。

 この分断作戦も間違いではないことを祈り、俺はゴーレムと対峙した。

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