第110話 特殊部隊

「エスト君、ありがとね。エスト君が私の過去を清算してくれようとした気持ち、すごく伝わってきたよ。私もいつまでも過去を引きずっていたら駄目だよね。もっと前を見て生きるように努力するね」


 そんなことを言うシャイルが、俺はものすごく気持ち悪かった。


 彼女の口から並べ立てられた言葉は、いかにも彼女が言いそうなものだ。

 だが、彼女のことを十分に理解したと自負する俺からしてみれば、それらは絶対に彼女が言わないことだ。

 彼女なら村を焼いた俺を責めつづけるはずだ。

 そして事の重大さから、今度こそ彼女は俺を許すことはないはずなのだ。


 シャイルは完全に赤い少女に乗っ取られたのではなかろうか。

 考えすぎだろうか。

 俺が勝手に妄想し、論理が暴走している可能性だってある。

 しかもその可能性が高いのか低いのかすら分からない。


「ねえ、私にも手伝わせて。私も自分の故郷の国がマジックイーターなんかに乗っ取られたままだなんて嫌だもの」


 たぶん気のせいではない。

 だが、どうしようもないではないか。

 いまは諦めて彼女を受け入れるしかない。


「あ、ああ……。じゃあ、ジーヌ共和国の軍事力について教えてくれ」


「ええ、いいわ。共和国には広域に配備された警察組織があるけれど、それとは別に首都に設置された特殊部隊が存在するの。彼らは警察の中から集めた特に選りすぐりの精鋭たちで構成される組織よ。魔導師によるテロや、イーターの襲撃の際に出動するの。それはもう強力な魔導師や魔術師がそろっているわ」


 とは言ったものの、シャイルはその特殊部隊の魔導師や魔術師がどんな魔法や魔術を使うかまでは知らなかった。

 情報収集から始めるのが定石だが、俺はすでに走り出している。旧マーン領を焼き払ったのだから、中央部にその情報が入れば国家が動きだす。

 その前に攻め込めば首都に配備された特殊部隊だけ突破すればいいのだ。


 陽が中天に達するにはまだ遠い。

 共和国への侵略は午前中で終わらせられるかもしれない。


「シャイル、飛ぶぞ」


「うん」


 俺は自分とシャイルの体を空気で包み、空高くへと持ち上げた。

 そしてシャイルの案内に従いまっすぐ首都へと飛んだ。


 ジーヌ共和国の政治の拠点は国政議会所という建物である。

 白い石を積み上げて造られた三階建ての建物は、魔法学院よりも広い敷地にありながら、その敷地が狭く感じるほどの巨大さで、それは城砦レベルと言っても過言ではない。

 しかしそれは城砦ではない。

 左右対称に作られていて、どこに重要な部屋が入っているかは分かりやすい。


 俺とシャイルは国政議会所の三階に突撃した。建物の中央部、その窓を割って中へ飛び入る。

 そこには大きな部屋があり、大きなテーブルと事務机と椅子はいずれも豪奢だったが、その椅子に納まる男は飾り気のないワイシャツ姿だった。

 事務机のネームプレートの肩書きに大統領と書かれている。つまりこいつがマジックイーターのボスということだ。


 大統領は俺たちの突然の訪問に目を丸くしたが、そこからの反応が実に速かった。即座に警報装置を鳴らし、壁にかかった細剣を手に取った。


「貴様、ゲス・エストか!」


「俺たちの襲撃への対応があまりにも速い。体感時間を操作する魔術を使うのか? いや、違うな。俺の名前を即座に言い当てたことを考慮すると、知るという行為を強化する系統の魔術か。おまえの能力は未来視だな? 襲撃自体を予期できていなかったということは、直接見た相手の未来を見ることができる能力。そうだろう?」


「自分の魔術を明かす馬鹿がどこにいる」


 大統領は突如として剣をさやから引き抜き、その細い刃を振るった。俺やシャイルに斬りかかったのではない。距離は五メートル以上離れている。

 奴が何を斬ったのかというと、くうを斬ったのだ。俺がこっそり空気を操作して奴をしぼり上げようとしたのを見抜いたらしい。

 奴に斬られた空気は俺の意思とは別の動きを強いられたため、魔法のリンクが切れてしまった。

 もっとも、空気はそこら中を占めているので、いくらでもリンクを張りなおせるのだが。


「ほう、俺の魔法が見えるのか? いや、未来を見たんだな?」


「空気が見えるものかね。見えないさ。見えなくとも斬ることはできる。それが私の最善手なのだから」


 なるほど。未来視を応用して常に自分の最善手を打てるというわけだ。

 もちろん、奴の魔術が未来視でない可能性も捨てずに取っておく。

 だが、見当をつけている魔術の中で最も厄介なものが未来視なのだ。

 だから奴の魔術が未来視であることを前提に対策を練るのがこちらの最善手というもの。


「ああ、運が悪い。実に運が悪い。今日は守備部隊が演習で出払っているのだよ」


 守備部隊というのは、シャイルがいっていた精鋭ぞろいの特殊部隊のことだろう。


「ほう、それは運が悪かったな」


 大統領の顔には若干の緊張の色がうかがえるが、同時にまだ余裕を見せている。


「勘違いしてもらっては困るよ。運が悪いのはそちらさんだよ、ゲス・エスト」


「何も勘違いはしていない。運が悪いのは俺のほうだってんだろ? 俺の楽しみが減ってしまったんだ。運が悪いよな」


「いいや、そうじゃない。守備部隊が出払っているから、今日は最強の守護四師が私の護衛についているのだ。貴様は今日、ここで死ぬ」


「なんだ、たしかに勘違いだったな。おまえの勘違いだ。俺は運がいい。そいつらが来るのを待っていてやるぜ。ところで、四師ってのは獅子とかけてんのか?」


「待つまでもなく、もう来る。あと、獅子とはかけていない」


 大統領がニヤリと笑みをたたえる。

 その瞬間、ドアがバーンと開け放たれ、守護四師なる四人がドタドタっと入ってきた。


 四人の男女が大統領の前に並び、俺とシャイルの前に立ちはだかった。


「大統領、ご無事です? 守護四師、参上いたしました!」


 そう声をかけたのは最後に入ってきた男だった。

 水色と紺色のチェック柄のシャツをベージュのチノパンに押し込んだ姿はオタクそのもの。おまけに黒縁の丸眼鏡ときた。

 眼鏡の架橋かきょうを中指でクイッと押し上げ、レンズに光を反射させた。

 四人のうち男はこいつだけだ。

 容姿だけで判断すれば、この男がいちばん弱そうだった。


「愚問だぜ、アオ。大統領はそんなに簡単にやられるタマじゃねぇよ」


 男の名はアオというらしい。

 そのアオの隣に立ち、アオよりも低い声で話す彼女は、四人の中で最も長身だ。

 彼女の羽織る緑色のフードマントは、黒い線で六角形に区切られた幾何学模様で、マントの柄としてはセンスが悪いと思った。

 しかしフードを下ろした彼女の緑色のショートヘアーは、声や体格に似合わずとてもつややかだ。


「察しなよ、ミドリ。建前で言っているだけだって」


「シロさん、それ言っちゃ駄目なやつ」


 アオにシロと呼ばれた少女は、ミドリとは対照的に小柄だった。

 彼女もフードマントを羽織っているが、白地に黒の太いラインが幾筋も波打つように走っている。

 彼女はフードを目深まぶかに被っているが、その髪は透き通るように白い。フードの口から覗く大きな瞳には、誰よりも鋭い眼光がたたえられていた。


「いやー、でも大統領は強いっすからねぇ。それは間違いないっすよぉ。よっ、大統領!」


「褒めても何も出ないぞ」


「え、出ねーんすか!?」


 一人だけまだ誰からも名前を呼ばれていないが、察しはつく。

 部屋に最初に入ってきた彼女は、燃えるように赤い髪をしていた。その髪をオレンジ色のバンダナで覆い、その端の部分を黄色い二本の羽で留めている。

 褐色の肌がまとうのは燃えるように赤いビキニ。それから燃え盛るように赤いマントを羽織っている。ビキニとマントには黄色い炎の模様があしらってある。


「あ、オメーさ、こいつの名前ぜってー『アカ』だろって思ったろ?」


「いいや。で、おまえの名は何だ?」


「何だと思う?」


 ビキニマントの女がニヤニヤと嬉しそうな顔を向けてくる。


「アカだろ?」


「そうだよ!」


 ニヤニヤから一転、悔しそうに地団駄を踏んだ。

 そんなしょうもないことで一喜一憂できるとは幸せなことだ。


「まあいい。大統領は下がってな! あたいらが侵入者をとっちめてやらぁ!」


「うむ。任せたぞ。奴がかの悪名高きゲス・エストだ。空気の操作型魔導師で、攻撃は空気だから基本的に見えない。私が避難する時間を少しでも多く稼ぐのだ」


「しっかたねーなぁ! やってやんよ!」


「はーい」


「うっす」


「承知しました」


 大統領が部屋を出ようとする。

 俺が空気で扉を閉めてドアノブを固定したが、大統領は俺の操作する空気が見えているかのように細剣で扉を破壊して出ていった。


 それを見届けたアカが一歩前に出て、右手を腰に当てた。

 彼女の瞳は闘志に燃えていた。


「ゲス・エスト、あんた、帝国のE3エラースリー、リーン・リッヒを倒したんだって? すっごいね。でも、あたいらには勝てないよ。あたいらは個々の力は強くなくても、組み合わせれば最強だかんね。戦ったことはないけど、リーン・リッヒにだって勝てるよ」


「ほう、それは楽しみだ」

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