第54話 作戦会議②

 リオン帝国はここ魔導学院より北東の地にて、大陸のおよそ半分を占める大国だ。

 残りの半分にジーヌ共和国、シミアン王国、護神中立国、公地があることを考えると、帝国がどれだけ巨大な国家か分かるだろう。


 帝国の領内は、まず中心にリオン城があり、それを城下町が囲み、城下町の南にちょこんと貴族街がある。この城下町には住居は存在せず、ほぼリオン城と貴族街の人間のための流通を司る区画だ。

 城下町と貴族街を囲むように市街地があり、帝国のほとんどの住居のほか、国営の施設と道路が張り巡らされている。

 そして、市街地を取り囲む外周の領域に、八つの区域が存在する。北に軍事区域。北東から東にかけて農業・畜産区域。南東に学研区域、南南東に小さくレジャー区域、南に商業区域、北西に工業区域、南西に巨大なスラム街、このスラム街と商業区域の間に小さく軍の駐屯地がある。


 ちなみにかつてシャイルやリーズを誘拐したローグ学園は、スラム街の南の端の方にある。

 魔導学院が存在する公地はスラム街と隣接しており、護神中立国と商業区域が隣接している。

 もちろん、国境には物理的な境界が存在する。空でも飛ばなければ越えられない高さの壁が国境沿いに連綿と続き、数箇所に国境を越えるための関所がある。


 リオン城を囲む八つの区域のうち、主要な五つの区域には独自の統治者がいて、さらに五護臣という守護者がいる。

 この守護者は統治者本人の場合もあれば、統治者や担当区域を守る守護者である場合もある。

 ちなみにこの主要五区は軍事区域、農業・畜産区域、工業区域、商業区域、学研区域のことである。


 俺はレイジーにリオン帝国についての基礎知識を叩き込まれた。ときどき、教頭先生が補足説明を入れ、ダースが俺の理解度をたずねてきた。

 とにかくダースの気遣いだけは邪魔だったが、地理だか公民だかの授業はようやく終わった。


「そろそろいいだろう? さっさと作戦会議に移ろうぜ」


「休憩しなくていいの?」


「俺は平気だ」


「じゃあ、作戦を伝えるね」


 レイジーが休憩したいのかもしれないが、俺が気を遣って休もうなどと言うはずがない。

 レイジーは素直そうに見えて、意外と強情ごうじょうというか、見栄っ張りというか、俺が相手だからかもしれないが、張り合おうとしてくる。

 まあ、負けず嫌いが強者に必要な要素であることは間違いない。すぐにあきらめるような奴よりも、執拗しつように食い下がる奴のほうが俺は好きだ。


 ズズッと湯のみを口につけてから、レイジーは俺を直視して作戦を告げてくる。

 会議で作戦を決めるというより、レイジーが考えた作戦に同意するかどうかの意見を述べる場のようだ。


「エスト君、マジックイーターはいま、君の動向を注視しているみたいだよ。魔法の種類と使い方はもちろんのこと、性格や行動パターンも分析しているみたい。だから、君がリオン城に直接乗り込むことは想定されていると思う。だとしたら、マーリンはリオン城ではなく、どこかの区域に移して隠しているかもしれない。そうはいっても、やっぱり本命は皇帝家のいるリオン城内だけれどね。そこで、私たちは手分けをしてすべての区域を同時に攻めることにする。メンバーは魔導学院内でも特に実力の高い者を選出し、少数精鋭でいく」


「俺はもちろん、リオン城担当だよな?」


「いいえ。リオン城へはレイジーが向かうよ。レイジーはリーンと友達だから、友達に会いに来たという口実が使える。つまり最強の敵との戦闘を避けられるってわけ。ご不満?」


「ああ、不満だね。俺がリーン・リッヒに勝てばいいだけの話だ」


「エスト君、レイジーがリーンの親友だということを忘れていないかな? レイジーはリーンに怪我をしてほしくないから、どっちが勝つにしても二人には戦ってほしくないんだよ」


 本当はもし俺とリーンが戦ったら俺が負けると思っているのだろうが、レイジーはそれを顔に出さない。


「ちっ、面倒くせぇ。俺だって、相手がいい奴なら強くたって悪意は向けねえよ」


 レイジーはニコッと笑った。リーン・リッヒと戦うことを諦めたなんてひと言も言っていないのだが、そう捉えられたらしい。


「レイジーはね、商業区が大本命だと思っているんだよ。エスト君はそこがいいんじゃない?」


「ほう。なぜ商業区だと?」


「護神中立国に隣接しているからね。いつでもそこへ避難できる。護神中立国にはいかなる理由があろうと絶対に争いごとを持ち込んではならないって世界協定で決まっているから、そこへ逃げ込んでしまえば、もう誰も手が出せない」


「じゃあ最初からそこに行っているんじゃないか? というか、その護神中立国ってのは、なんでそんなに特別扱いされているんだ? 世界協定に守られているんだろ?」


「護神中立国は神をたてまつるために存在する国だからだよ。世界にはいろんな信仰があるけれど、どの信仰においても共通して唯一絶対の神をあがめ奉っているんだ。そんな神聖な領域に安易に踏み込むのはマジックイーターにとってすらおそれ多いことなんだよ。それに、マジックイーターたちも学院総出でマーリンちゃんを取り返しにくるとは思ってないと思うから、この作戦がバレるまでは護神中立国へ避難するなんてことはないと思う」


「ふーん」


 神。以前から気になっていたことだが、この世界の人間は神という存在へ尋常ならざる畏怖をいだいているように思える。それも、異なる宗教で共通の一つの神を崇めているのだ。

 まるで、その神という者が実在するかのようではないか。

 神というのは偶像ではないのか。


「なあ、ちょっといいか?」


 レイジーが続きを話そうと口を開きかけたところを、手を挙げて制止した。


「あら、エスト君、質問かな?」


「神って何なんだ? 神ってのはあくまで偶像であって、実在はしないよな?」


「え? 実在している……んじゃないの?」


 レイジーが固まった。少し顔が青いように見える。

 レイジーだけではない。隣の教頭先生も冷や汗をかいている。その教頭が久しぶりに口を利いた。


「エスト君、これだけは覚えておいてくれたまえ。絶対に神を冒涜ぼうとくしてはならない」


 さらに、隣からダースの低い声が俺の耳にささやく。


「この世界の神については、後から僕が説明するよ」


 ただごとではなさそうだ。

 この世界のことはいまだに未知な部分が多い。迂闊うかつなことは避けるべきだ。

 神という存在については、いずれ本格的に調べたほうがよさそうだ。


「分かりました。神のことはもういい。作戦の続きを聞こう」


 教頭先生には小さく会釈えしゃくしてから、レイジーに続きを促した。

 レイジーは安堵した様子で、一度大きな息を吐いてから続きを話しはじめた。


「マーリンちゃんはリオン城内に幽閉されているか、主要五区の五護臣の元で監禁されている可能性が高い。だから、レイジーがリオン城内に入ると同時に、エスト君たちにはそれぞれ五護臣を見つけ出して打ち倒してもらう。その割り当てなんだけれど、まず商業区域にはエスト君に行ってもらうね」


「おう。可能性がいちばん高いんだよな?」


「二番目ね。一番はリオン城内。で、軍事区域にはルーレちゃんに行ってもらう。学研区域には生徒会書記のセクレちゃんに、農業・畜産区域にはバトフェスでエスト君と戦って健闘したイル・マリルちゃんに……」


「健闘していたか? 俺の圧勝だった気がするが」


「オーラに多少なりとも苦戦していた気がするけれど」


「あれは……。まあいい。続きを」


 たしかにイル・マリルの黒いオーラには俺の空気を操る力を弱められて驚いた記憶があるが、あの黒いオーラは相当に深い負の感情がなければ出てきはしない。

 イル・マリルの素の力量が問われるところだ。


「もちろん、イル・マリルちゃん一人だと荷が重いと思うから、彼女の友達のハーティ・スタックちゃんと、さらに風紀委員副委員長のサンディアさんにも一緒に行ってもらうよ」


「うん。それなら安心だね」


 ダースが微笑を浮かべたっぽいが、俺はそちらを見ない。

 レイジーに続きを急かす。


「最後の工業区域なんだけれど、実は候補がいなくて困っているんだよねぇ。四天魔の一人が欠けてしまったからね」


「欠けたも何も、ジム・アクティはマジックイーターどもの手先に成り下がっていたんだ。どのみち使えなかった」


「そうだよねぇ。立候補者がいるにはいるんだけど……」


「誰だか知らんが、そいつらでいいんじゃねえか? 少しでももたせられるなら、俺が商業区域を制圧した後にそっちに行ってやるぜ」


「制圧はしなくていいんだよ」


 ダースが横槍を入れる。

 こいつは演技でキャラ作りをしていなくても鬱陶うっとうしい奴だな、と思った。


「その立候補者がね、キーラ・ヌアちゃん、シャイル・マーンちゃん、リーズ・リッヒちゃんの三人なんだ」


「あ、駄目だ。使えねえ」


 俺がきっぱりと切り捨てると、レイジーが苦笑した。

 しかし実際、三人ともマジックイーターの手先の雑魚に誘拐・拘束されたという華やかな経歴の持ち主だ。

 リーズにいたっては一度誘拐される前にも、ローグ学園の生徒たった一人に誘拐されかけている。


「でもほかに候補者がいないんだよねぇ。学院魔導師のトップもこの作戦には参加できないし」


「学院魔導師のトップって、あんたじゃねーのか、レイジー?」


「レイジーは生徒会長だから、たしかに学院の生徒としてはトップだけれど、そっちのトップじゃなくてさ、強さのトップが参加できないってこと」


「ん? どういうことだ? だから、俺を除けばあんたが学院最強だったんじゃないのか?」


「違う違う。そうじゃなくって、レイジーはね、四天魔のナンバーツーなんだよ。レイジーより上の魔導師が一人いるの」


 嫌な予感がブクブクと湧きあがる。あふれた胃酸が食道を逆流してくるようだ。

 しかし、薄々は感づいていたことでもある。


「四天魔のナンバーワンは、ダース君なんだ」

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