第41話 呼び出し

 そろそろ三人を部屋から追い出そうと思いはじめていた。

 そんなときに、新たな客人がやってきた。

 ただ、今度の来訪者は俺に会いたがっている本人ではなかった。


「やあ、エスト君。君はここにいると思ったよ。なぜと聞かれても困るけれどね。いわゆる直感というやつさ。でも直感というのも馬鹿にできないものでね、直感というのはその人物が積み重ねてきた人生経験から潜在意識の中で前例を推測として引き出し……」


「長い、黙れ! 用件だけを言え」


 俺がダースをさえぎってそう叫ぶと、いくつかの苦笑が聞こえた。

 ダースは動揺することなく、真顔で一秒間だけ黙って即座に用件を口にした。


「実はね、エスト君。教頭先生が君に会いたいそうなんだ。僕は君を連れてきてほしいと頼まれてね、それで……」


 ダースが黒縁眼鏡を中指でクイッと持ち上げたところで、手をかざして彼の言葉を遮った。

 遮ったつもりだったが、ダースが構わずしゃべりつづける。


「まずはエスト君の居場所を特定しなければならないと思ったわけさ。だって、エスト君が住まう黄昏寮は半壊しているから、よそに移っている可能性があるからね。でもまずは可能性の一つとして……」


「もういい。黙れ!」


 俺はマーリンからキーラを引き剥がし、その小さい手を引いて寮の部屋を出た。空気で二人を覆い、鳥が空を飛ぶようにスイーッと宙を移動する。

 学院校舎の窓の前で静止した俺は、サッシに手をかけたが鍵がかかっていた。俺は空気を操作し、鍵を開けて窓から入った。

 マーリンはエアよりも無口だが、エアと違って感情を表情に出す。マーリンの顔には恐怖の色が垣間見えた。


「怖かったのか? すまんな」


 マーリンは口を閉ざしたまま、首を左右にフルフルと振った。大丈夫、という意味だろう。


 俺は職員室の扉を勢いよく開けた。白いメッシュの入った黒髪の男を探す。

 見つけた。デスク群の向こう側のソファーに腰を沈めていた。

 ソファーは低い卓を挟んで対面配置してあり、応接スペースであることがうかがえる。


 ミスト教頭の正面には初めて見る顔があった。亜麻色あまいろの長い髪の少女だ。

 教頭は彼女と何か話をしている様子だったが、扉の開いた音に振り向いて俺に気がつき、手を挙げて俺をそちらへといざなう。


「やあ、エスト君。ああ、彼女は君を呼んだこととは関係ないが、せっかくだから紹介しよう。彼女はレイジー・デント君だ。こう見えて、本学院の生徒会長を務めているんだよ」


「やっほー。レイジーだよ。君がエスト君かぁ。ルーレに勝ったんだってね。すごいねぇ」


 彼女は立ち上がって手を差し出してきた。彼女は思いのほか背が低く、うっかり握手の要求に応えてしまった。俺は仕方なく挨拶をする。

 この魔法世界において初対面の相手には警戒してしかるべきであるが、彼女は相手に警戒心を抱かせない才能があるようだった。


「どうも」


「あら、この子はどちら様?」


 俺はマーリンを紹介した。紹介といっても、彼女の名前と、ローグ学園から連れ帰った経緯を軽く話しただけだ。彼女の能力については伏せた。


「よろしくね、マーリンちゃん」


 レイジーがマーリンに微笑ほほえみかけた。マーリンは口を閉じたまま、小さく頷いた。

 レイジーに続いてミスト教頭もマーリンに挨拶し、頭を撫でようと手を伸ばした。


 しかしその前に、マーリンは俺の影に隠れた。俺の服のすそを握り締めている。


「ああ、すまない。ぶしつけだったね」


 教頭が手を引っ込めると、マーリンの手の力が和らいだ。初老のおっさんが相手で緊張したのだろうか。大人の男はローグ学園の理事長を想起させるのか。あるいは、ミスト教頭自体に何か危機感でもいだいたか。

 ミスト教頭はどう見ても人格者だが、いかなる相手にも警戒をおこたるべきではない。


「ところで、俺が呼び出された理由は何です?」


 とがめられるのだろう。心当たりは山ほどある。

 これまでの俺は傍若無人ぼうじゃくぶじんそのものだった。

 いちばんひどいのは間接的に四天魔のナンバー4たるジム・アクティを殺したことだろうか。


 しかし罰を受けるつもりはない。

 学院が俺に制裁を加えるというのなら、俺は学院を滅ぼす気すらある。


「エスト君、そう身構えなくともいいさ。我々は君に感謝しているのだよ。学院生たちをたくさん助けてもらったからね。そこで我々は君のさらなる活躍と健勝を祈って、四天魔に任命しようと思っている。どうだね? 受ける気はあるかね?」


 まさか感謝されているとは。

 しかし、四天魔への勧誘は俺を懐柔かいじゅうしたいからか?

 いや、四天魔になっても権力が得られるだけで責務などが発生するわけではない。純粋に褒賞ほうしょうを与えようというのか。

 だがそれでも俺には不要なものだ。権力などなくとも力ずくで他者を捻じ伏せ従わせる。それが俺のやり方だ。


「受ける気はありませんね。俺は自分が最強だと自負しているので、四つ串の団子にまとめられるのは心外です」


 その返答を聞いたミスト教頭に驚いた様子はなかった。彼がまとう初老の貫禄は不動のものだった。


「言うねぇ、君。まあでも、君がこの提案を蹴ることは想定していたよ。バトルフェスティバルの試合中に宣言していたからね。だからその代わりといってはなんだが、君の願いを何でも一つ聞き入れようと考えている。君が学院に望むことを言ってみたまえ。道義に反しない限り、我々は全力で君の期待に応える所存だよ」


 ミスト教頭の隣で生徒会長のレイジーがうんうんと頷いている。


「レイジーも協力するよー。生徒会長の権限を使っちゃうよー。あはは」


 悪戯っぽくむ生徒会長にはまるで貫禄がない。だが生徒の中での最高位にいるということは、実力も相応だということだ。

 この学院では強い者ほど偉い。強さを誇示せず、あまつさえ馬鹿っぽさをかもし出すこの女は、存外したたかな女かもしれない。


「とくに望みはありませんが、せっかくなので言ってみましょうか。バトルフェスティバルを再開してほしいです。アレって中止になったんでしょう?」


 トーナメント戦であるバトルフェスティバルの俺の戦績は、一回戦でジム・アクティを下し、二回戦でイル・マリルを破り、三回戦進出を決めていた。その三回戦が準決勝であり、あと二回勝てば俺が学院最強の証明となっていたはずだ。


「あはは。エスト君、本当に自信たっぷりなんだね。またルーレに勝って、それからレイジーとも戦うつもりなんだぁ。四天魔と二連戦だよ。すごーい! あっはは」


 三回戦の相手は風紀委員長のルーレ・リッヒで、生徒会長のレイジーと当たるのは決勝戦だ。

 彼女も三回戦だろうが決勝戦だろうが決して負けることはないと高をくくっているらしい。


「一人称を自分の名前にするぶりっ子を一度、のしておかないといけませんしね」


「わお」


 こんな憎まれ口を叩かれたことがないであろう生徒会長殿は、それにしては俺のトゲを軽くあしらってくれた。

 やはりしたたかな女だ。


「バトルフェスティバルの再開か。お安い御用だ。しかし、バトルフェスティバルで優勝したからといって、何か賞品や特権が与えられるというわけではないのだが、それでもやりたいと言うのかね?」


「ええ、もちろん」


うけたまわった。日程は後日連絡しよう。今日はゆっくり休みたまえ」


「それはどうも」


 俺が去ろうと二人に背を向けたとき、後ろからしたたかな明るい声が飛んできた。


「エスト君、レイジーにとっては初戦だけど、楽しみにしてるよー」


 レイジーの初戦。

 そう、俺にとって決勝戦は四戦目だが、レイジーにとっては初戦なのだ。

 生徒会長だからシードがはられているというわけではない。

 彼女も本来ならば四戦するはずなのだ。だが、彼女の相手はことごとく棄権している。

 それは彼女が何か卑劣な罠で相手を棄権に追い込んでいるというわけではない。彼女の魔法が強すぎるから、怪我しないように自主的に棄権しているのだ。

 バトルフェスティバルは優勝したからといって何か特別な報酬があるわけでもない。参加者はただお祭として試合を愉しんでいるにすぎない。

 そう、バトフェスへの参加は「参加することに意義がある」の精神でチャレンジしているだけなのだ。それなのに生徒会長との試合は棄権するのだという。

 生徒会長がまだ一戦も試合をしていないせいで、その魔法がいかなるものか、俺はまだ知らない。いったいどれほど強力な魔法だというのだ。


 さいわい、俺にはそれを探る手段がある。

 俺はうっかり左手に力を入れそうになったが、こらえてそこにある小さな温もりをやさしく包みなおした。

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