第3話 魔導学院

 話はトントン拍子に進んだ。さすがはラノベみたいな世界。

 まずキーラがクラス委員長に俺のことを紹介し、クラス委員長が職員室へ俺の入学許可を申請した。

 職員室には男性と女性の教員がスーツ姿で混在しているが、明らかに女性教員が多い。

 クラス委員長が相談を持ちかけた相手も女性教員だった。顔立ちは整っていて髪も綺麗な黒のセミロング。

 年齢ははっきりとは分からないが、おそらく二十代後半から三十台前半だ。

 ティーチェ・エルという名前らしいが、この先生がまた軽い奴で、二つ返事で俺の編入にオーケーを出した。

 ここまでご都合主義だとリアリティーのかけらもない。


 キーラとクラス委員長は先に教室へ戻り、俺は先生に連れられて教室へおもむいた。

 この学校の校舎は西洋風だったが、内装は日本でも普通に見かけそうなものだった。

 机も日本が古くから使ってきた木と鉄パイプを組み合わせたタイプのものだ。


 俺が教室内へと足を踏み入れると、視線がいっせいに俺へと注がれ、生徒たちのざわめきが増した。

 先生が手を二回叩くと生徒は消音スイッチを押されたかのように押し黙った。


「皆さん、突然ですが、転入生を紹介します。はい、自己紹介してちょうだい」


「貴様らに名乗る名などない」


 教室がどよめいた。

 よく見ると、クラスには女子生徒しかいなかった。

 ここが女子高だとは聞いていない。女子高だったら先生が簡単にオーケーするはずがないから女子高ではないと思うが。


「先生! その人、男ですわよね? そんな野蛮人に、高潔なるこの学院への入学を許すのですか?」


 出た出た。ラノベではたいていいるんだよな、転入初日の挨拶でいきなりいちゃもんをつけてくる奴。そういう奴はたいていツン九デレ一の攻略難易度が高いツンデレで、そしてお嬢様だったりする。

 いま俺に喧嘩を売ったお嬢さんはブロンドヘアーで後頭部にでっかい尖ったお団子を作っていた。


 ガタッと椅子の滑る音が響き、見覚えのある顔が立ち上がる。キーラと仲良しのクラス委員長さんだ。

 肩ほどまで垂れている黒髪ポニーテールに小さな卵型の顔、上品な目に口に小鼻。高すぎず低すぎずでスラリと引き締まったシルエットがその清楚さに拍車をかけている。

 クラス内では間違いなくいちばんの美人だ。


 そしてその視線は大団子お嬢様を刺しているから、どうやら俺をかばうつもりらしい。


「リーズさん、この学校は男子禁制の学校ではありません。魔導師なら誰にでも入学の資格があります。現に、卒業生の中にも男性はいます」


「でもさっきの発言を聞いたでしょう? こんな輩がいると、学院の風紀が乱れますわ」


「それは実際に乱れたときにあなたが対処すべき問題です、風紀委員のリーズさん」


 ふーん、風紀委員なのか、リーズとかいう大団子お嬢様は。

 さっそく俺のブラックリストに肩書きと名前を追加してやろう。


「おい、そこのリーズとかいう奴。もし俺がおまえの発言に怒ってこの学院を滅茶苦茶に破壊したとしたら、すべての責任はおまえにあるということになるよな。風紀どころの話じゃないぜ。相手の力量も計れずに野暮なこと言うなよ、風紀委員さんよ」


 俺の暴言に、リーズは息を詰まらせた。

 般若はんにゃのごとき怒りの形相で周囲を見渡すが、誰も助け舟を出さないし、自分も言い返す言葉が見つからない。

 その結果、いちばん格好の悪い対処法に頼る形となった。


「先生! こんな人、学校に置いていいのですか? 危険すぎます!」


「まあまあ、彼も本気では言ってないわよ。そうよね、エスト君?」


 こいつ、俺の名前を勝手に暴露したな。ならば俺も容赦はしない。

 相手が先生であってもだ。


「言っておくが、俺は虚勢を張るような男じゃない。やると言ったらやる。それともう一つ。何を企んでいるかは知らんが、先に言っておく。あんたが犯人だ、先生」


 クラス担任が何かを企んでいるというのは、ラノベではよくあるパターンだ。親切そうに見えて実は生徒を裏切っていたというのは、読者を驚かせるのが容易で人気のパターンなのだ。

 だからこの先生もそうかもしれないから、とりあえずそう言ってみた。もちろん、無実の可能性もあるが、カマかけの意味が大きい。

 先生の顔色が変わり、般若モードへ突入しようかというところでもう一つ、もっとありがちなパターンの地雷を踏みつけてやる。


「そう怒るなよ。短気だといつまで経っても単騎のままだぜ。もう三十路なんだろ? 結婚したきゃ自分を見つめなおせ」


 先生が絶句した。

 怒ったボスザルのように顔を真っ赤にして、怒りに打ち震えていた。

 ただ、絶句したのは先生だけではない。クラス中の全員が口をポカンと開けたままいつまでも閉じない。


 ここでエアが俺に耳打ちをする。


「エスト、魔術師を敵に回すべきではない」


「魔術師? たしか、精霊が感情を完全に習得したら人と同じ姿になって、魔術師と呼ばれるようになるんだっけ?」


 エアから受けた説明をどうにか思い出した。


「そう。精霊が感情を習得して人成したのが魔術師。学院の教師は全員が魔術師。魔術師は人間の感覚や心理に影響を及ぼす能力 《魔術》を使う。魔術師はイーターには弱いけれど、魔導師には強い。相性の悪い相手をむやみに敵に回すのは得策じゃない」


 なるほど、じゃんけんみたいな関係になっているらしい。

 例えばイーターがグーだとしたら、魔術師はチョキで、魔導師はパーということだ。

 もっとも、強さには個体差があって、必ずしもその関係には当てはまらない。

 今日だってキーラは魔導師なのにイーターに追い詰められていた。


「いいわ。覚えていなさいよ」


「ふん。嫌だね。あんたが覚えておけよ」


「こいつ……」


 その後、この女教師による精霊学の授業を受けたが、授業中は一度も視線を合わせてこなかった。

 こいつはやはり、プライベートでの報復をたくらむ悪質なタイプだろう。

 授業後、先生は即座に教室を出ていった。

 一方の俺は、クラス中の生徒たちが俺の元へ寄ってくるだろうと思っていたが、先生と同じく俺から逃げるように教室を出ていく者が多かった。

 まあ、いくらラノベのような世界だからといって、編入生があんな暴言を吐いたら周囲も相応の態度を取るだろう。

 思ったよりまともな世界だ。あくまで、俺が思ったよりは、という話だが。


「エスト君、あれはまずいよ。先生に謝りに行きましょうよ」


 これは奇跡とも思える事態だ。俺に話しかけてくる物好きがいるとは。

 その物好きというのは、俺の編入を申請してくれたクラス委員長だった。


「軽々しく俺の名前を呼ぶな。で、おまえの名前は何だっけ?」


「シャイルよ。シャイル・マーン」


「ああ、そうだった。シャイルヨ・シャイル・マーンさんだったな」


「え、違う……。私の名前はシャイル・マーン」


「なんだ、そうなのか。じゃあなぜシャイルを二回言ったんだ」


「シャイルって呼んでほしいからよ」


「あっそう」


 で、この娘が俺に話しかけてきたのは何の用件だったかな?

 あ、そうだ。俺が先生に謝るべきだ、などとぬかしやがったんだ。


「先生は魔術師よ。魔術師に喧嘩を売るなんて、自分を粗末にしすぎだわ」


「へぇ。でも先生なんだろ? 生徒に手を出すのか?」


「出すのよ、それが。元は人間じゃないもの。表面的には人間っぽさを出しているけれど、正直なところ、何を考えているか分からないわ。魔術師だからどんな手で報復してくるか分からないし。報復されていることに気づかないことだってあり得る。気づいたときには人生が破滅していたり、死に瀕していることだってあるわ。学院の四天魔ですら先生方にはへりくだっているのに」


 この世界の先生という立場は元の世界のそれとは大きく異なるようだ。

 教育委員会なんかもないのだろう。

 学費がかかるなんて話もなかったし、そうなると金銭以外の利害関係によるつながりだけで先生と生徒の関係がなりたっていそうだ。

 例えば、魔術師の先生が魔導師の生徒を教育するのは、魔導師を育ててイーターを狩らせるため、のような。


 そんなことより、忘れてはいけないことがもう一つ。

 先ほど俺の興味を引く言葉が新たに登場した。


「四天魔? 四天王みたいなものか?」


「四天王ってのが何かはよく分からないけれど、四天魔っていうのは、この学院に在籍している中で最強の四人の魔導師のことよ。帝国でいえば五護臣、共和国でいえば守護四師、そういう魔導師の中でも別格の人たち。私たちみたいな平凡な魔導師はこの四天魔にも決して逆らわないようにしているの。エスト君も気をつけてね」


 ほう。それは興味深い。

 俄然やる気が出てきたぞ。

 さっそく喧嘩を吹っかけてやりたいが、相手が誰なのかが分からない。

 このクラス委員長さんからは情報を聞けないだろう。俺が喧嘩を売りに行くことは見え透いているからな。


「おまえ、変わった奴だな。今日会ったばかりなのに、俺のことを心配しているのか?」


「それは、まあ、そうよ。私の親友を助けてくれたんだから、感謝しているもの。クラスメイトにもなれたことだし、私はもうあなたのことを友達だと思っているわ。あなたはそう思っていないかもしれないけれど」


 こいつは正統派ヒロインか。

 気立てがよく、容姿も端麗だ。

 黒髪のポニーテールは俺好みでもある。


「いいだろう。おまえは俺の友達として認めてやる。第一号だ」


「え、あたしは?」


 サイドテールを揺らしながらキーラが割って入ってきた。

 スカートの長さはシャイルの半分程度しかない。この世界では類は友を呼ばないのか。

 いや、ラノベ世界ではむしろよくあることだったな。ぜんぜん関わりを持ちそうにない種類の人間同士が仲良くつるむことは。


「キーラか。おまえは認めていない」


「そんなぁ……」


 キーラが頭を垂れ、サイドテールも一緒に沈む。


「冗談だ。おまえは第二号だ」


「えぇーっ、あたしのほうが先に出会ったのに! 学院に招待したのも実質あたしなんだよ?」


「じゃあおまえは疫病神だな。俺みたいな悪たれ者を学院に引き入れてしまったんだから」


「そんなぁ……」


 と、ここで意外な人物が俺に声をかけてきた。

 このクラスの風紀委員を務めるリーズである。俺に突っかかってきた奴だ。


「ちょっと、あなた、なぜ男なのに魔導師ですの?」


 ヒステリック気味な抑揚。

 いまにも掴みかかってきそうな勢いで、リーズは俺に迫ってきた。


「むしろ俺が聞きたい。なぜこのクラスは女ばっかりなんだ?」


 その問いに対しては、シャイルが答えを教えてくれた。


「精霊っていうのは、契約者から感情を学ばなければならないことは知っているよね? だから、感情の変化が激しい女性を契約者として好む傾向があるの。好むっていうか、習性みたいなものだけれど。もちろん、何らかの理由で男性と契約する精霊がいることも確かよ」


 なるほど。

 ところで、なぜエアは俺を選んだのか。

 まさか俺を女と見間違えたわけではあるまいな。

 あとで問い詰めるとしよう。


「とにかく、わたくしは認めませんから!」


「うるさい奴だな。俺がいちいちおまえなんかに認めてもらいたいとでも思ってんのか? どうせおまえ、クラスでも浮いているんだろう? そうやって文句を言うことでしか人と関われないなんて、哀れだな」


 俺がアイスピックのような鋭く冷たい視線を送ると、リーズは目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして、何も言わずに教室を飛び出していった。


「ちょっと、エスト君! いまのは言いすぎだよ。たしかにリーズさんは一人でいることが多いけれど、風紀委員という立場上、仕方のないことなのよ。誰かと仲良くなりすぎれば、相手が風紀を乱したときに指摘しにくくなるでしょう?」


 クラス委員長のシャイルがいまにも泣きそうな表情で訴えてくる。

 この大和撫子みたいな女は、あの厭味いやみったらしい陰気なお嬢様にまで優しくするのか。八方美人だ。俺の嫌いなタイプだ。

 その訴えるような視線を遮り、キーラが反論した。


「あら、そうかしら? 性格の問題だと思うけれど。いつも人にばっかり厳しいもの。さっきのリーズなんて、いい気味だわ」


 キーラは本音を語っていくタイプのようだ。

 俺はそういうタイプの人間のほうが好きだ。分かりやすくてぎょしやすい。


「そんなことないわ。リーズさんは自分にも厳しい人よ。たしかにプライドは高いけれど、だからこそ勘違いされやすいのよ」


 なるほど。俺がリーズのことを浮いているというのはテキトーに言ったことだったが、図星だったようだ。

 俺は弱い奴は嫌いだ。いじめがいがない。天邪鬼だからこそ、叩かれて泣いている奴には逆に手を差し伸べたくなる。

 俺がリーズに手を差し伸べる?

 そんなことできるか。俺にもプライドはある。

 それに、わざわざ泥沼で溺れる馬を助けてやろうとするほど俺はお人好しではない。

 そもそもお人好しではないのだ。


「おい、シャイル。もし俺が先生かリーズのどちらか一人だけに謝ると言ったら、おまえは俺にどちらに謝ってほしい?」


「それは……」


 シャイルは目を潤ませて俺の瞳をじっと見つめた。

 迷っているようだ。どうせ両方に謝ったほうがいいと思っているのだ。


「そんなの決まってんじゃん。先生には謝っとかないと、後が怖いわよ」


 キーラは一片の迷いも見せずに即答した。

 キーラが同意を求める瞳を俺に投げかけてくる。


「おまえには訊いてねーよ」


「そんなぁ……」


 サイドテールがしおれる。

 こいつ、呑まれやすいタイプだ。最初はツンデレだったくせに、こちらが強気でいると、ただの不憫ふびんな娘に成り下がっている。


「エスト君、どちらか一人というのなら、私はあなたにはリーズさんに謝ってほしい。あなたの身を案じて先生にも謝ってほしいのだけれど、さっきのリーズさんは可哀想すぎます」


 ふーん、そうか。魔導師は魔術師が好きではないらしい。先生に謝れとは言うが、先生の心配をする者はいないようだ。

 なるほど。魔導師にとって、魔術師は目の上のタンコブなのかもしれない。


「ま、俺はどちらにも謝らないが。さっきの質問で俺が片方にでも謝るとでも思ったか?」


「え、リーズさんに謝らないの?」


「いやいや、先生に謝っときなよ」


 シャイルとキーラが互いの顔を見合わせ、視線で火花を散らしはじめた。仲がいいのか悪いのか分からない。性格は正反対の二人だ。



 ――キーンコーン。



 チャイムが鳴った。どうやら次の授業が始まるようだ。


「続きはあとでまた話しましょう」


「いや、俺はこれから校内を見てまわる。放課後までには顔を出すから、そのときに寮の紹介をしてくれ、クラス委員長さん」


「信じられない。編入初日にサボりだなんて……」


 シャイルは根っからの真面目さんだ。

 そんな彼女から驚愕の眼差しを投げかけられるのも悪くない。それだけで何かをぶち壊している気分になる。

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