C light アトリエの取材日記

久野佑

第1話

第1章 起

豪華なホテルの会見スペースで幼い顔をした青年は新作小説の発表をしている。気怠るそうな態度を取る青年に目掛けてインタビュアーは一つの質問をした。

「燈先生!先生にとって小説とはなんでしょうか?」

青年はマイクに口を近づけて答える。

「それは…」











 桜が散り始め、緑色に衣替えをはじめた頃。大学2回生になった沖田海色(おきたみいろ)は学校の食堂で1人悩んでいた。

「どうしよう、お金がない」

彼女は大学入学と共に上京してきたが、決して実家が裕福なわけではなく、学費以外は自分で稼げと言われたので仕送りもなかった。何をやっても不器用な彼女はアルバイトをはじめてもすぐにクビになり、常に財布の底の布の色が見えていた。

「どうしよう、このままじゃ私はパパ活女子になるか風俗で身体を売るしかないのかな」

彼女が都会の道路を爆音を鳴らしながら走っている車のサイトを開こうとした時に後ろから背筋が凍らされる気配を感じた。

「何見てるんだお前」

「はいっ!すいません」

 後ろに立っていた背の高い女狐のような目つきをした女性からスマホを取り上げられた。

「なんだお前、お前みたいな奴が水商売なんてしたら誰かに騙されて結局その道で人生終わらせるハメになるぞ」

女狐は冷たい目で氷のような言葉を投げつける。平井奈緒(ひらいなお)はこの大学で教授をしており、一見美人にも見えるがあまりにも人を寄せ付けない態度で過ごしているため誰も近寄らなかった。海色以外は。

「お姉ちゃん!私の人生なんだからほっといてよ!そもそもこの大学に来たのもお姉ちゃんが無理矢理裏口入学させたくせに!」

「はぁ?お前みたいな馬鹿がそこそこマシなこの大学に入れた事だけでも私は感謝されてもいいと思うんだけどなんだ?」

 奈緒は海色と歳の離れた従姉妹であり、心理学を学んだ教授である。24歳で心理カウンセラーとして一躍を馳せ、多くのメディア露出をした後に28歳でこの有名私大である立花大学の教授となった。そして、決して学力の高い訳ではない海色を自らが教授を務めている大学へと裏口入学をさせた張本人だ。

「あと学校の中でお姉ちゃんと呼ぶな、先生と呼べ」

「せ、先生にお願いがあるんですけど」

奈緒は質問の内容がわかった顔をして先に答えた。

「金を貸せというなら断る、お前の両親から甘やかすなと言われているからな」

海色は諦めた顔を見せ、先ほどのページにアクセスしようとした時に奈緒はニヤリと笑った。

「ただ、割りのいいバイトなら紹介してやるぞ?」

「なにそれ、どーせ私をこき使いたいだけでしょ?」

奈緒は住所の書いた一枚の紙ととお釣りの出ない交通費を海色に渡した。

「ここに行け、午後の授業は出席にしておいてやる」

「どこ?これ」

「話は私からしておくから、何も言わずに行ってこい」

海色は少し悩んだが、この大学で奈緒に逆らう事がどうなるかくらいはわかっていたのですぐに向かった。






 大学から電車で3駅進み、そこからバスに揺られて住所の場所へ海色は向かう。

「ここどこなの?スマホで調べても何も出てこないし」

バス停から少し歩くと都内なのに閑静な住宅街にたどり着いた。住所の場所へ向かうと5階建ての賃貸マンションが聳え立っている。

「えっと、507号室か」

海色はインターホンの番号を押すと気怠るそうな声が聞こえてきた。

「どちらさん?」

「あの!おね…平井奈緒さんからの紹介できました!沖田海色です!」


これが、海色の人生で最も大きな出会いである。


第1章 承

「帰れ…ガチャ」

海色からの言葉の続きを聞くまでもなく切られた。

「はぁ?なんなのこの人!」

海色は奈緒に電話をかけるが出てはくれなかった。おそらくわざとである。海色はもう一度インターホンを鳴らすが、もう出てくれることはなかった。

「なんかもう疲れたな、帰ろ」

海色は帰ろうとしたが、奈緒からは片道分の交通費しか渡されていなかった。所持金はほとんどなく、定期券外のここから自宅に帰るには歩いても2時間以上はかかる。

「え?うそ、帰れないじゃん!」

海色はインターホンを何度も何度も鳴らし続けた。

「お願いします!せめて、せめて帰りの交通費だけでも貸してください!」

繋がってもいないインターホンに目掛けて話し続ける姿は側から見ると追い出された恋人のようにしか見えない。10分もその無様な姿を続けるとドアの向こうからパーカーのフードを被った金髪の青年が歩いてきた。

海色は藁にも縋る思いでその青年に話しかける。

「あの!507号室の方は知り合いじゃありませんか!?」

青年は無言でスマホを取り出して110を押そうとしているのが海色にも伝わった。

「私、怪しい者じゃありませんから!従姉妹に騙されてここに置いてきぼりにされてるだけですから!助けてください」

涙目を浮かべる海色に青年はひとまずスマホをポケットにしまった。

「あのババアに言っとけ、俺と関わるな」

青年は財布から5000円札を取り、彼女に渡した。

「ほら、とっとと帰れ」

海色は確信した、彼が507号室の住人で姉と確執があるんだと。

「あの、お姉ちゃんと何かあったんですか?」

青年は目を丸くしている。

「お前、アイツの妹かよ」

すると青年は途端に笑い出した。

海色の感情はもう自分ではわからないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。

「従姉妹ですよ!無理やりここに行けって言われてお金もないしなんなんですか!」

「金渡したのに八つ当たりすんなよ、文句はあのババアに言え」

青年は彼女を置いてマンションから出ようとすると目の前に黒いセダンが停車した。降りてきた女狐は青年を睨みつけている。

「よぉ、来人。久しぶりだな、お前人様の親族に何をした?」

「はぁ?何もしてねぇよ!むしろコイツに交通費恵んでやったんだぞ俺は!」

海色の目の前では自分の従姉妹とはじめて会った青年が喧嘩している。

「お姉ちゃん!どーゆう事!」

海色は既に我慢の限界を超えていた。

奈緒はポケットからタバコを出して火をつけた後に青年と海色に告げた。

「お前ら、今日から私を手伝え」

海色はキョトンとして青年は怒りの表情を浮かべている。

「ふざけんな!なんで俺がお前の手伝いなんて」

全てを言い切る前に奈緒は青年に火のついたタバコを投げた。

「熱っ!お前…」

奈緒が青年の胸ぐらを掴み顔を近づける。

「あ?さっきからお前お前て誰に言ってんの?単位が足りなかったお前を卒業させてやったのは誰だ?今バラしてやろうか?燈来人(あかりらいと)は学生時代に単位を誤魔化して卒業しましたってな」

青年の名前を聞いて海色は驚いた。

「えっ、燈来人ってあの燈来人先生ですか?」

燈来人、彼の名前はインターネットで検索すれば出てくるくらいには有名であった。年齢不詳の小説家、公開されているのは名前と作品だけ。彼の一作目に書いた作品はベストセラーとなり、一躍時の人となった。その後の作品は出版されていた事すらあまり知られていない。

来人は奈緒の顔を見て引き攣っていた。

「す、すいません」

奈緒は顔を離して笑顔を浮かべる。

「うん、素直でよろしい」

奈緒は海色を連れてマンションの中に入っていった、

来人のポケットから抜いた部屋の鍵を持って。

海色はたくさん聞きたいことはあったが、とりあえず一つ目の疑問を聞くことにした。

「お姉ちゃん、燈来人先生と知り合いなの?」

「私が大学で教授をはじめた時に受け持った最初の生徒、当時から可愛がってやってんのよ」

つい寸前まで可愛がられていた小説家は自宅に戻ってきた。

「どーゆう事だよ!俺に今更何の手伝いをしろって!?」

来人は海色の代わりに二つ目の疑問を問いかけてくれた。

「あー、私って元は心理カウンセラーじゃん。でも教授の仕事が忙しいから疎かになってきたのよ」

奈緒はキメ顔でこう言った。

「だからパシリが欲しかったのよ」

海色と来人が何かを言う前に奈緒は語り続ける。

「私のところに来るお悩み相談を代わりにお前たちが引き受けてほしい。悩める人を幸せにする事だ。勿論、出来高によって報酬は出すよ。ポンコツな従姉妹とたいして仕事もない物書きには丁度いいでしょ?」

海色は不思議と嫌な気はしなかった。性格に問題があるとはいえ、従姉妹の手伝いをしてお金がもらえるならそれでよかった。来人は不服そうだった。

「それって奈緒さんと俺が昔にっ…」

奈緒は来人の口にタバコのフィルターを押し込んだ。

「お前は余計な事を言うな、煙だけ吸って吐いてろ」

奈緒は立ち上がり、一台のPCを置いた。

「ここに仕事内容はまとめてあるから、仕事場はここでやれ」

来人は帰ろうとする奈緒を呼び止めた。

「こいつ送って帰ってやれよ」

奈緒は振り返って三度ニヤリとした。

「海色、お前コイツの部屋に住め、家賃も浮くしコイツ原付持ってるから交通費も浮くぞ」

海色の気持ちは嫌な方へ向いた。

「はぁ?何で今日会った男の人と住まなきゃならないの!」

「大丈夫だ、コイツが私の従姉妹にいやらしいことなんてできるわけないから」

「そーゆう問題じゃない!」

「おい来人、そこの無駄にある空き部屋まだ使ってないんだろ?」

来人は何か言いたげな顔をしたが堪えた。

「あれから使ってねぇよ」

「ならそこに海色を住ませるから」

そう言い残すと奈緒は嵐のように去って行った。引越しの手配はしてくれるらしい。


 来人は呆然としている海色に対して話しかける。

「とりあえず、なんか飲む?」

「じゃあ、コーヒーで…」

ロクに自己紹介もできていない2人が話し始めた。

「海色さんだっけ?歳いくつ?」

「20歳です」

「歳下かよ、俺24だから」

「あ、そうなんですか。燈来人先生てお若いんですね」

「奈緒さんの言う通り一発当てた貯金切り崩しながら生きてる作家もどきだよ」

「私!燈先生の作品読みました!『直希の光』!心理描写が素敵でなんていうか話に溶け込まさせられる感じが!」

「その話はすんな、俺が1番嫌いな作品だ。なのに『直希の光』で入ってくる金で生き延びてる自分が嫌になる」

海色は何かあったんだろうと思ったが、小説家の悩みなどわかるわけもないので深くは聞かなかった。

机に置いてあるPCが光りだす。

「奈緒さんの置いてったPC…」

来人が画面を見ると美少女を模したキャラクターが話しかけてきた。

「私は望(のぞみ)!奈緒ちゃんによって生み出されたバーチャルサポーターです!」

海色は画面を見て姉のセンスを疑ったが素直な感情を述べた。

「可愛い…」

隣の来人はなぜか苛立ったような顔でキッチンへと向かい、タバコに火をつけた。

「あとはお前が見てあとから伝えてくれ」

なぜ来人が不機嫌なのかは海色にはわからなかったが、おそらく原因は女狐のせいなんだろう。

画面からは作り上げられた声が流れてくる。

「あなた達に依頼だよ!これを読んであとは頑張ってね!報告待ってまーす!」

海色は送られてきたファイルを読み上げて来人に伝える。

「私は梶井祐希(かじいゆうき)という者です。平井奈緒先生に相談があります。それは私の恋人が浮気をしているようなのです。私は彼女のために必死に仕事をし、家を買って結婚する予定でした。しかし、彼女が他の男と歩いている姿を見てしまいました。私はあの男を許せません。お願いします。先生しか頼れません」

この文面と共に連絡先が添付されていた。

来人は気怠るそうに海色のいるテーブルの元にやってくる。

2人は口を揃えて言った。

「一体どーしろと!?」


第1章 転

 沈黙の壁を砕いたのは海色だった。

「と、とりあえずこの連絡先に連絡してみましょうよ!」

来人は納得しない様子だった。

「あのババア人の弱み握って何考えてんだ」

海色に向かっても言葉を発する。

「人の気も知らないで何が手伝えだ?突然知らない女を家に住ませろだふざけんなよ!俺は暇じゃねぇ、お前がやれ後輩」

海色にそう言って来人は部屋に篭ってしまった。

「私だってわけわかんないから!」

とりあえずお金がないという直近の問題をかかえている海色は添付されている連絡先に電話をかけた。

「あの、すいません。私、平井奈緒の従姉妹の沖田海色と申します!」

「従姉妹の方ですか?平井先生ではなくて?」

当然の疑問を投げかけられたが、海色は続ける。

「従姉妹からあなたの相談を聞くように頼まれましたので電話させてもらいました」

すると電話先の男は機嫌を取り直したように語りはじめる。

「そうだったんですか!これは失礼しました、私は梶井祐希と申します!とりあえず電話ではアレなので会って話しませんか?」

海色が現在地を言おうとした時に電話を来人に奪われた。

「お電話代わりました!私、平井先生の助手をしてますアカイと申します!それでは今からお伝えする喫茶店でお話し伺いますのでよろしい時間をお伝え願います!」

手慣れた感じで偽名まで使い受け答えする来人に対して感服していると来人に睨まれた。

「はい!それではその時間に喫茶Lemonで!よろしくお願いします」

電話を切ると来人は海色に対して怒鳴った。

「お前は馬鹿か?俺の家を言ったら燈来人の素性も全てバレるだろうが!何考えてんだ!」

「すいません…燈先生、すごく手慣れた感じでしたね」

「喧嘩売ってんのかお前は、この歳なら誰でもできるし昔に俺は…とにかくアポ取ったからこの時間に行くぞ!」

「じゃあ!燈先生も一緒に来てくれるんですか!」

「お前1人じゃ何言われるかわからないからな」

海色は少しだけ安心した。


 当日、マンションからタクシーで15分ほどの喫茶店で梶井を待っていた。

あの日から不機嫌な来人が重い口を開いた。

「先に言っておくが、これからくる奴を信用するな。あと俺は赤井でお前は…本名で名乗りやがったからいいや」

「何で信用しちゃだめなんですか?」

「奈緒さんのとこに相談にくる奴なんてロクな奴がいないから、とりあえずお前は名前だけは気をつけろよ」

確かに燈来人という名前は有名ではあるので隠す意味はわかる。ならなぜ本名で作家活動をしているのかは疑問だったが触れない事にした。

数分後、待ち合わせ相手であろう男は現れた。

「すいません、赤井さんと沖田さんでしょうか?」

見た目は20代後半くらいのスーツを着た優秀なサラリーマンという感じの来人とは大違いの好青年が来た。

「梶井さんお待ちしてました、それではご用件を承ります」

梶井からの名刺を受け取ると来人が手慣れた対応で聞いた、そして海色にお前は余計な事を話すなという顔を向けた。

「はい、私にはプロポーズしようと思っていた彼女がいるんです」

「彼女さんはどこで知り合いましたか?」

「会社の後輩です、私は彼女と去年知り合って同じ安養大学出身だということもあって意気投合して、同じプロジェクトを成功させて深い絆で結ばれたんです。そして彼女を食事に誘って私達は恋に落ちたのです。そして次に食事に行く時にプロポーズをしようと思っていたんですが」

「ですが?」

「彼女が他の男と腕を組んで歩いている所を見かけてしまって、私は絶望しました」

「それで彼女さんを恨んでいると?」

「違います!私に何か問題があるなら私が直します!でも原因がわからないんです」

海色がはじめて口を開いた。

「彼女さんに原因があるとは?」

すると梶井は表情を変えた。

「彼女に問題があるわけがないだろ!君みたいな若い女に何がわかるんだ!」

来人は梶井をなだめるが、怒りがおさまる様子はなかった。

「なんなんだお前らは!平井先生からの使いか知らないがもう私は平井先生が来ないなら話さないからな!」

すると梶井は席を立ち、戻ることはなかった。

来人はため息をつき「金くらい置いて行けよ」と呟くと海色に顔を向けた。

「ご、ごめんなさい!」

怒られると思い海色が謝るが、来人は怒っている様子はなかった。

「まぁ、ある程度わかったからいいよ。お前は余計な事言わなくていいから行くぞ」

来人も立ち上がり、海色を連れてタクシーに乗った。

「どこへ行くんですか?」

「梶井の会社」

海色はキョトンとしていると来人は続ける。

「お前、アイツが言っていた事が全部正しいと思っているのか?」

「どーゆう事ですか?」

「アイツ、何か隠してる、俺の予想が正しいなら多分すぐにわかるよ」

タクシーの中で来人はずっとスマホを触り続けている。

2人は梶井の会社へ向かった。

 都内でも有数のエリート商社であり、梶井と同じような見た目のサラリーマンが出入りしている。

「待て、まだ中に入るな」

来人は海色に紙を渡してこの通りに電話をかけて話せと言ってきた。

「すいません、私、立花大学で教授をしてます平井奈緒と申します!?」

来人は続けろという顔をしている。

「そちらの梶井祐希さんという方と連絡が取りたいんですけど今いらっしゃいますか?」

すると電話口の方から「あの平井先生ですか!梶井でしたら本日は休みとなっておりますが連絡するようにお伝えしておきましょうか?」と返ってきた。

「いえ!大丈夫です!それでは失礼します」

電話を切ると海色は来人に対してムッとした顔をした。

「さすが従姉妹だな、平井奈緒の名前を使えばある程度の奴なら受け答えしてくれると思ったんだよ」

「燈来人の名前も使えると思いますけど?」

「は?何で俺がそんな事しなきゃならねーんだよ」

燈来人という人間がどういう人物かわかりはじめていた。

「それじゃ、行くぞ」

来人は梶井の会社の受付の方に奈緒の名刺を見せて質問した。

「私、平井奈緒先生の助手をしてます赤井という者です。未崎莉子(みさきりこ)さんはおられますか?」

「はい!未崎でしたら会社にいますがお呼びしましょうか?」

「是非、お願いします」

未崎莉子という女性が来るまでの間に海色は来人に一つの疑問を投げた。

「どうして彼女さんの名前を知っていたんですか?」

「あー、梶井が安養大学て言ってたから安養大学からこの会社に入社した去年の新入社員を調べたんだよ」

来人がスマホを見せる。

「さっきタクシーに乗ってる間にSNSとかで探せばすぐに見つかったよ、後は平井奈緒の名前と名刺を使えばなんとでもなる」

「いつの間にお姉ちゃんの名刺を持ってきたんですか?」

「こんなの昔からずっと持ってるよ、たまには役立つ事もあるんだな」

「燈先生はお姉ちゃんの生徒だったんですよね?お姉ちゃんの事嫌いですか?」

海色が真剣な顔をして聞くと来人はめんどくさそうな反応をした。

「嫌いとかそーゆうんじゃない、俺とあの人は関わらない方がいいんだよ」

「よくわかりませんね、ひょっとしてお姉ちゃんの事好きだったんですか?」

来人の顔が曇った。

「あんな女好きになるわけないだろ、ただの教授と生徒の関係だ。詮索するなら追い出すからな」

これ以上聞くべきではないと海色にもわかった。

「お待たせしましたー!」

向こうから1人の女性が来た。OLさんという感じの優しい顔をした普通の女性である。

「すいません、お呼びして、平井奈緒の助手の赤井と申します。コイツは平井奈緒の従姉妹でたまたま一緒にいるだけですので気にしないでください」

その後、来人の表情が変わった。

「未崎さん、今悩んでる事ありますよね?」

すると未崎は小さく頷いた。

「平井奈緒と会うと言って今から来ていただけませんか?」

「わかりました、今日は半休にしてもらいます」

「話が早くて助かります、それでは会社の前で待っていますね」

 数分後、未崎は急ぎ足で汗をかきながらやってきた。来人が呼んでいたタクシーに乗り込み、先ほどとは違う喫茶店へと向かった。


座って来人と海色は上着を脱ぎ、注文を済ませると来人は未崎に問いかけた。

「あなた、今ストーカー被害に遭ってませんか?」

未崎は「はい」と頷いた。

海色はただ驚いていた。

「相手は同じ会社の梶井祐希、同じ職場だと色々と困る事もあるでしょう」

未崎はただただ頷くだけだった。

「梶井先輩は同じ部署の先輩なんですけど、あるプロジェクトが終わった後に打ち上げと称して食事に行ったっきりしつこく私の事を誘ってきて最近は毎日毎日メールがたくさん来たり帰りに尾けられたりして怖いんです」

来人は未崎の手を取った。

「平井先生はあなたを助けたいと思っています、だから後は我々に任せてもらえませんか?」

「あの!私は彼氏がいるんです!彼氏にはバレないようにしてもらえますか?」

「えぇ、勿論です。平井奈緒の名にかけてあなたをストーカー被害から救いますよ」

「ありがとうございます!」

未崎は顔を海色に向けた

「お嬢さん、名前はなんて言うの?」

「沖田海色です!未崎さん、私たちは味方ですから安心してください!」

海色は語気を強めて言った。

「頼りにしてるね、従姉妹さん」

再び来人が口を開く。

「これから私が言う通りにしてくださいね」

そう言って連絡先を交換すると来人は「お代は結構です」と告げ、早く帰れという仕草を取った。

帰ろうとした未崎の背中を呼び止め来人は最後に「汗かいてるのに上着を脱がなかったですけど寒がりなんですか?」と聞くと未崎は「まだ少し冷えるんで」と言いこの場を後にした。

コーヒーを飲み干すと来人の顔は先程とは違い、少し寂しそうだった。

「これから起こる結末を絶対に忘れるな」

そう海色に言い、2人は帰路に着いた。



第1章 結

 夜になり、暗い街中に飲食店の看板と照明だけが光る街中に来人と海色は繰り出していた。

海色はただただ来人についてきているだけである。

「おい、あれを見ろ」

そこには先程喫茶店で話していた未崎莉子が男と2人で歩いている。

「後をつけるぞ」

来人がそう言い、海色の腕を自らの腕の輪の中に入れた。

「な、何してるんですか!」

「こうした方がカップルだと思われて楽に尾行できる、俺の見た目は目立つからな」

海色はお前の金髪のせいだろと言いたかったが喉の奥にしまい込んだ。未崎は後ろを向いてニコりとした。

「ほら!燈さん!気づかれてますよ!」

「別に未崎に気づかれるのはいいんだよ」

未崎と男はBARへと入っていった。

「おい、俺たちも行くぞ」

来人と海色は同じBARへと入っていった。

未崎達とは離れた席に案内されたので会話は聞こえないが見る事はできている状態である。

「てか、なんで尾行なんてしてるんですか!」

「何も気づいてないのか?」

来人は呆れた様子だった。

「今日、未崎と会って別れて今尾行してる時もずっとだ」











「梶井につけられてたぞ」

海色は全身に鳥肌が立った。

「え?だって会社から出て喫茶店も別の場所に行ったじゃないですか!」

「あぁ、でも問題はない」

来人は海色にスマホを見せてきた。

「俺はあの後も梶井とやりとりを続けていた。彼女を必ずあなたの元へ戻しますから私たちは彼女さんに会いたいので名前を教えてくださいとな」

「じゃあ何で彼女の名前をSNSで調べたりしたんですか?」

「あぁ、あんなの嘘だよ」

「何でそんな嘘を?」

「梶井は未崎のストーカーで未崎が望んでいるのは梶井のストーカーをやめさせる事だ。でも、梶井のストーカー行為は度を超えていない。本来警察に頼める事じゃないから未崎も梶井に対して何もできなかったんだろう」

来人は続け様にこう言った。

「なら梶井に逮捕されるような事をさせればいい、お前に嘘をついたのはお前が嘘をつくのが下手そうだったからだ」

「それって!?」

「覚えておけ、人を助ける事は同時に誰かを傷つける覚悟がいるんだよ。奈緒さんが昔俺によく言ってた」

するとBARの中に梶井が入ってきた。その時に来人はスマホで未崎にメッセージを送っていた。

「これで終わりだ」

梶井が未崎に目を向けた瞬間、未崎は男と口付けをした。

「お前、お前がぁぁ!僕の莉子さんに何をしてるんだ!」

梶井が叫び出し、未崎の隣の男に殴りかかろうとしてきた。

「抑えろ!」

来人が叫んだ。

するとバーテン服の店員達がまるで準備されていたかのように梶井へ飛びかかり抑えつけた。

海色はただ驚いているだけだった。

「どーゆう事?」

来人はタバコに火をつけてこう言う。

「ここ、奈緒さんがやってるBARだから。店員みんな知り合いよ俺」

抑えられた梶井は叫び続けている。

「お前ら!どーゆう事だ!俺を騙したのか!?赤井!お前が!」

来人は抑えられた梶井の元へ寄った。

「最初に騙してたのはお前だろ」

そう言われた梶井は力が抜けたように大人しくなった。

「梶井さん、一度も未崎さんと付き合っているて言わなかったのとプロポーズとか言ってる割にエピソードが薄かったからあなたがストーカーなのはすぐにわかったよ」

来人の元へバーテン服の店員が駆け寄る。

「大丈夫ですか?すぐに警察を呼びます!」

「あー、そうしてくれ。それと奈緒さんに伝言頼む」





「これで満足か?と」





警察が来るまでバーテン服の店員達が梶井を奥の部屋に連れて行った。未崎と男は来人に礼を伝える。

「ありがとうございます!あなたのおかげで助かりました!」

来人達と未崎は他人という事になっているのでそれに合わせた。男の方からはここのバーテンさん達との繋がりを尋ねられたが来人は「あなたが知らなくてもいい事ですよ」と告げていた。

未崎が海色の元に寄ってきて「ありがと、可愛い従姉妹さん」と耳元で言い後は警察を待つだけの状態だった。

海色は来人に話しかける。

「でも、相談者の依頼無視しちゃいましたね。お姉ちゃんに怒られますよ」

来人はため息を吐いた。

「何言ってんの、これからだよ気持ちが悪くなるのは」

すぐに警察はやってきた。まるで大きな事件があったかのように大勢で。

梶井が警察に引き渡されそうになった瞬間、来人が重い口を開く。

「待ってください、逮捕するのはもう1人います」













「そこの男もです」

海色と未崎は驚嘆していた。何を言っているんだコイツはという顔をしている。

「未崎さん、あなた彼からDVを受けてますね」

未崎は言われたくない事を言われたという表情で黙り込む。

「あなたと最初に会った時に彼氏にこの事が知られるのを怯えていた、更に汗をかいているのにその厚着は多分アザでも隠しているんでしょう。婦人警官かここのBARの女性店員に確認してもらってください」

来人は梶井に話しかける。

「あなたは未崎さんがDVを受けている事を知っていたが、未崎さんはそれを隠し通そうとした。だから私たちに相談に来たんでしょ?」

梶井は大きく頷く。

「そうだ!その男が彼女に酷い事をするから僕が守ってあげないとと思ったんだ!だから!」

「だから何ですか?」

来人の声が重くなる。

「彼女がDVを受けている事とあなたの行動は釣り合ってないと思いますけど?最初から好きな女がDVを受けているから助けたいと言えば良かったのに自分の欲望を優先したあなたが悪いでしょ」

最も、梶井をけしかけたのは来人である。

「違う、私こんなの知らない!この人達なんて知らない!お願い!信じて!」

未崎は必死に男に縋り付くが男の顔は固まったままだった。

来人は続ける。

「何言ってるんですか、昼間僕と一緒にランチに行ったじゃないですか」

スマホからいつの間にか撮っていた喫茶店での模様を男に見せた。

すると男は表情を一変させた。

「お前!俺の知らないところで他の男と!」

男が彼女に手を挙げようとした瞬間、来人がそれを制した。

「梶井さん、あなたの言う通り男をどうにかしましたよ」

警察は男にも手錠をかけて取り押さえた。未崎は壊れたおもちゃのようにごめんなさいと連呼するだけになってしまった。

「沖田海色、これが平井奈緒の相談を受けるということだ。決して誰も幸せになれない」

黙っていた海色は涙を浮かべながら来人に掴みかかる。

「こんなやり方しかなかったんですか!なんで幸せになりたかっただけの人が悲しまなきゃならないんですか!」

「幸せが全て正しい形だと思うな。少なくとも平井奈緒はこれが正解だと思っている」

「こんなの絶対間違ってます!私は絶対に嫌です!」

梶井は少し笑みを浮かべて、男は発狂しながら警察に連れていかれた。

海色は未崎に話しかける。

「未崎さん…」

未崎の優しい顔はもうなかった。

「嘘つき!あんた達のせいで彼まで!彼だけだったのに!私を幸せにしてくれるって約束してくれたのに!返して!彼を返して!」

「大人しくしてください!」

警察に連れられて未崎も連れていかれてしまった。

来人はタバコに火をつけた。

「辛いなら今すぐやめておけ、今なら間に合う。俺や奈緒さんみたいになるともう二度と普通の感性じゃ生きられなくなるぞ」

海色は号泣しながらも来人に言う。

「私は、辛い事があってお姉ちゃんに相談しに来た人は幸せになってほしい」

「それが悪人でもか?」

「悪人でも罪を償って幸せになる権利はあると思うから!」

「綺麗事だな、吐き気がするよ」

来人は吐き捨てるとどこかに消えた。海色も家に帰った。











翌日、海色は自宅で寝ていると引っ越しセンターの職員が来た。

「すいませーん、沖田海色さん!退去命令が出てます!」

「はっ!」

そういえば奈緒が引っ越せと言っていた事を思い出した。そして、思い出した時にはもうムキムキの作業員達が部屋に入ってきた。

「おー、海色。元気か?」

聞きなれた声の方を見ると奈緒が立っていた。

「お姉ちゃん!」

海色は泣きながら奈緒に抱きついた。

「あんなの間違ってるよね!燈先生は間違ってるよね!?」

奈緒は海色を車に乗せ、語り始めた。

「来人も海色も半分間違いで半分正解だ。来人から詳しくは聞いてないけどアイツはあーゆうやり方しかできない男なんだよ。だから海色に先生としてじゃなくてお姉ちゃんとしてお願いがある」





「来人を救ってやってくれ」




海色は言われている事の意味がわからなかった。

「それどーゆう事?」

「アイツは元々海色とよく似ている奴だったんだよ。それが色々あってあんな感じになっちゃったんだ。私のせいでな。だから海色にお願いだ。」

車が来人のマンションに着くと鍵を渡された。

「後は来人によろしくなー!私は嫌われてるみたいだから!」

海色が来人の部屋に着くとムキムキの作業員達が部屋に海色の荷物を置いていた。それに対して文句を言う来人がいた。

「何なんだお前ら!人の家を勝手に!」

来人と海色は目が合った。

「燈先生、私は続けます!私は私のやり方で続けたいんです!」

来人も諦めた顔で「勝手にしろ」と言った。









夜、来人が1人でリビングにいるとPCの画面から望が話し出した。

「今回の点数は70点!ギリギリ合格点!来人君は頑張ってたけど依頼者を逮捕させる意味あったのかなー?あと海色ちゃんはまだまだ全然ダメー!今後に期待かな!」


画面を見た来人は「梶井だけ野放しにしていたらアイツは確実に未崎のストーカーとなってただろ」と言う。


「そうかなー?多分なれなかったと思うけどなー!」

「ホントに趣味が悪いよ、奈緒さんは」

来人は何かを理解した顔をした。

「あと来人君は奈緒ちゃんの事使いすぎ!もっと自分の力で頑張って!君は誰よりも優しいんだから!」

「二度とそんな事言うな」

「来人君こわーい」

望が画面の奥に消えていくとPCの画面には

『C light atelier』の文字が映し出された。

「なんだこれ?」




不思議そうな顔をして来人はPCを閉じた。














後日、未崎から手紙が届いた。

「沖田さん、赤井さん、平井さん、この度はありがとうございました。前に彼が逮捕されて私も目が覚めました。遠方に私は行くことになってこれからは前向きに頑張っていこうと思います。らしくないかも知れないですけどこれはその気持ちです。望みを捨てなければ幸せになれるって沖田さんの言葉はしみました。正解なんて私にもわからないですけど。いかなる時も前向きに頑張ります。大丈夫ですから私は!」というメッセージと共にケーキが入っていた。



海色は来人にそれを見せた。

「ほら!あなたが1人幸せにしたんですよ!全部とは言えないけど正しいところもあったから!」

来人は立ち上がりケーキを取り出すと水槽へと投げ入れた。

「何をするんですか!もったいない!」

「お前、望みを捨てなければ幸せになれるなんて言ったか?」

「え?」

「これを見ろ」

海色が水槽を見ると中にいた魚が皆腹を上に浮かんでいた。

海色が震えていると来人は手紙をもう一度見せてくる。

「頭文字だけ読んでみろ」













おまえらのせいだ











その後、未崎さんが自宅で首を吊って亡くなっていたという知らせを聞いて海色は少しだけまた泣いた。




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C light アトリエの取材日記 久野佑 @hisanotasuku

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