転生者たちの後遺症
夏樹
第1話 プロローグ
後悔していることがあると、人はどうするのだろうか。
同じことを繰り返さないよう自分を戒めるのか、後悔しながらも同じことを繰り返してしまうのか。友人に問いかけると、彼はその人次第だろうと言った。
私は、どちらなのだろう。
しかし、それはどちらにしろ、後悔の内容を覚えていないことにはどうしようもないのだ。
◇◇◇
「乙女ゲーム?」
耳に届いた言葉を繰り返した由梨に、友人の咲也はヘイゼルの瞳を輝かせながら意気込んで頷いた。
「そう! 花咲く初恋~ファーストラブ~ 通称、花恋。最近凄い流行ってる乙女ゲームなんだ」
「……凄いタイトルだね。私はやらないジャンルだ」
「何言ってるのさ! これ、年明けに始まってから今まで人気上昇中のスマホゲームなんだから!」
ファンタジーな世界が大好きで、アニメと乙女ゲームををこよなく愛する友人は、由梨の言葉に心外だとでも言うようにずずいと自分のスマートホンを前に出した。
男性にしてはくりっとした大きな瞳に、思わず可愛がりたくなるお人形さんのような小さなお顔。今日も太陽のような笑顔が眩しいと、由梨は咲也に被るお姫様の幻影に瞳を細めた。
「タイトルは置いといて、出てくる攻略キャラは全員、本当の恋を知らない男たちで、キャラクターとの親密度を上げてその閉ざされた心を解放して想いを解き明かしていくっていう乙女ゲームなんだ」
「へぇ……」
興味なさげに返事をする由梨に、咲也は不満な表情になった。
「なにさ、さっきから随分気のない返事」
「だって、結構ありふれた内容じゃない?」
「僕の話だけじゃそう感じるかもしれないけど、それぞれのキャラがたってて本当に良いんだよ。キャラクターって感じじゃなく、本当にそこに生きてる人って感じが伝わってくるんだ!」
熱弁する咲也に圧され、由梨は彼のスマホを受け取る。可愛らしいモコモコのスマホケースは男子らしくないものだが、愛らしい顔立ちの咲也にはとてもよく似合っていた。
ゲームの開始画面が開かれているスマホは、液晶いっぱいに美形の男性が微笑んでいた。
「無料ダウンロード出来るから、由梨ちゃんも一回やってみて。僕はもう配信されてる分はコンプしちゃった」
「でも私、ゲームはRPGの方が好きなんだけど」
「たまには毛色の違うのをやってみたら、新しい世界を開拓するかもしれないじゃん」
乗り気ではない由梨に対して、話の通じる仲間を増やしたいのか咲也はいつにも増してぐいぐいと推してくる。ちらりと見えたゲーム背景の絵柄は中世ヨーロッパに近いようで、ファンタジー好きの由梨は確かにちょっと気にはなった。
「うーん……じゃあ、ちょっとだけ」
「ありがとう!」
根負けし、苦笑しながら自分のスマホを取り出した由梨に、咲也は嬉しそうに表情を輝かせた。笑顔の威力か、由梨は咲也の背景に花が咲いたようにさえ感じた。
「善は急げ。早速アプリストア開いて」
「はいはい」
早く早くと咲也に急かされ、由梨は言われるままに目的のゲームをダウンロードした。
ゲームアプリのアイコンが画面上に表示されると、横から見ていた咲也が待ちきれないとばかりに由梨からスマホを奪った。
「あ、ちょっと」
「主人公の名前はユリでいいよね」
画面に指を滑らせる咲也に、由梨は慌てて待ったをかけた。
「待って。私こういうゲームに自分の名前は入れない主義なの」
「え、もったいない。キャラが良い声で自分の名前呼んでくれるんだよ?」
「それがなんかくすぐったくって駄目。乙女ゲームって言っても主人公にもデフォルト名があるでしょ? それでいいよ」
由梨の主張に、咲也はもったいないと言いながらも主人公名をフローリアと打ち直した。
「サクは自分の名前入れてるの?」
「いや、僕もデフォルト名だよ。僕が見たいのはあくまでキャラクター同士の人間模様だからね、自分を主人公に置き換えたいわけじゃないし」
「じゃあ、なんで私に勧めたのよ……」
呆れ顔の由梨に、咲也はイヤホンを渡す。
「これでスタート! ほら、オープニング始まるよ」
由梨はスマホにイヤホンを取り付け、咲也と二人で左右のイヤホンを片方ずつ耳につけた。
クラシック調の音楽と共に、森の奥深くにある学園の門が開くムービーが始まった。校門の左右の柱には藤の花を中心とした紋章が大きく刻まれており、その先にある校舎の上部には同じ紋章の描かれた旗が掲げられていた。
(あれ、この形どっかでみたような……)
由梨はその紋章に既視感を持ったが、ファンタジーゲームであればよくあるものだ。気のせいだろうと、意識はすぐにムービーの内容へ逸れた。
映像が校舎内へ進むと、次々と端正な顔立ちの男性が一言二言のセリフと共に紹介されていく。
しかし、由梨はそれらにも強い既視感を抱いた。
(この名前、どっかで聞いたような……顔も……でも、乙女ゲームじゃイケメンキャラなんて腐るほどいるし、キャラが被ってるなんてよく聞くし)
女性向けの恋愛ゲームとあって、出てくるキャラクターは全員美形だった。男性キャラクターを紹介し終えると、続いて物語にかかわってくる脇役たちの紹介に移った。主要キャラクターではないため、名前とポジションくらいの簡素な紹介だ。
(……え?)
まず登場したのは主人公の一番のライバルとなる女性キャラクターだった。
その姿を目にした途端、由梨は既視感の正体に気づき、零れんばかりに瞳を見開いた。
「この子……」
「ああ、この子はヒロインに敵対する悪役だよ。ハーレムになるヒロインに嫉妬して、嫌がらせしてくる典型的なやつ。名前はリリィっていうの」
画面に表示された茶色の瞳に茶髪のロングを靡かせた平凡な少女を見て、由梨は絶句した。
「……うそぉ」
「びっくりでしょ? 正直地味顔だから、僕も主人公のライバルとしては、完全にキャラ負けしてると思うんだけどね」
驚く由梨に、何かを勝手に勘違いしたのか咲也は苦笑で頷いた。
しかし、由梨が驚いたのは咲也の言葉とは全く別の点だった。
(私、取り巻きのモブだったはずなんだけど)
由梨は身に覚えのないキャラの立ち位置に、呆然と口を開けた。
「濡れ衣着せられた……」
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