第119話 花束の人

 私たちは宿舎の部屋で作戦会議をしていた。

 その時、コンチェイがやって来て告げた。


「トワさんのファンだっていう人が来てるんだがね」

「えっ!?わ、私に?」

「へえ、珍しいこともあるもんだ。バッシングばっかじゃねーんだな」


 マルティスが茶化すように云った。

 だいたい、うちのチームのファンはゼフォンかイヴリス目当てが多い。たま~にマルティスにもいる。

 水鉄砲士の私なんかはお笑い担当的立場で、要するにオチ要員なのだ。

 それどころか、最近は私に変わってこのパーティに入れて欲しいっていう人も出てきて、水鉄砲士不要論は今や主流になりつつある。

 最初は物珍しさもあって、それなりに評価されたものだけど、相手が強くなってくると、私の出番はめっきり減って行き、終始ほぼ立っているだけということもあった。

 そもそも、私が彼らを回復させているなんてわからないもんだから、水鉄砲を持ってうろうろしてるだけの私がどうしてこのパーティにいるのかと不思議に思っても仕方がない話だ。

 その私にファンがいたなんて、嬉しいったらありゃしない!


「本当は防犯上ダメなんだけど、その人がどうも熱心なファンらしくてね。会わせてもらえるまで何日でも待つって言うもんだからさ」

「へえ。殊勝なこった。せっかくだし会ってやれば?」

「会います!貴重なファンだもん。大事にしないと」


 コンチェイに付いて宿舎の入口まで行くと、その人が立っていた。

 顔が見えない程、両手いっぱいに真っ赤な大輪の花束を抱えていた。

 こんなの少女漫画でしか見たことない光景だ。

 何より驚いたのは、花束の影から現れたその人が、目の覚めるような美形だったことだ。

 こ、こんな美形が私のファン!?ありえな~い!

 ワインレッド色の長髪に、美しいすみれ色の瞳、端正な口元。

 まるで絵の中から抜け出て来たような、2.5次元系の美形だ。

 だけど、不思議なことに優し気な微笑を浮かべたその人に、私はどこかで会ったことがあるような気がした。

 その人は、私を見るなり大きく目を見開いて、私の名を呼んだ。


「トワ様…!」


 様?!

 この反応って、もしかして、マジなファンなのかしら。

 うわー、どうしよう。なんて声かけたらいいのかな?

 ファンだなんて、こっちがドキドキしちゃう。


「あ、あの…どうも、初めましてこんにちは。応援してくださってありがとう」


 ヤバっ!緊張してめっちゃ早口になった…。

 彼は花束を抱えたまま、顔をこわばらせている。

 ちゃんと伝わってるかな…?


 彼は私の傍に一歩近寄って、私の顔をそれこそ穴が開くんじゃないかというほど見つめた。

 近くで見れば見るほどイケメンだわ…!

 人間かと思ったけど、耳の形からするとやっぱり魔族なんだわ。

 マルティスによれば、力の強い上級魔族ほど人間に近い姿になるらしい。

 ってことはこの人は上級魔族で、それもかなりの力の持ち主なんだ。

 そんな人が私なんかのファンって、マジか…。


「お探ししましたよ、トワ様。よくぞご無事で…!」

「あ、あの…?どこかでお会いしたことありましたっけ…?」


 すると彼は悲しそうな表情になった。


「もしかして、覚えていらっしゃらないのですか?」


 あれ?

 やっぱりどこかで会ってるのかな…?


「あ、ごめんなさい!どこかでお会いしてましたっけ…?失礼でしたよね。覚えてなくて…すいません」

「本当に、私のことを覚えていないのですか?」

「ホンッと、ごめんなさい!あなたみたいなステキな人、1度でも会ったら絶対覚えてるはずなんだけど、どこで会ったか思い出せなくて」

「覚えていらっしゃらない?」

「は、はい…。えっと、旅の途中のどこかの村でですかね…?」

「旅?」


 花束の人は眉をひそめた。


「あ、違ったのかな…?その…とにかくごめんなさい!」


 私が頭を下げると、その美形は優しく声を掛けてくれた。


「いいんですよ。私こそいきなり不躾でしたね。申し訳ありませんでした」

「いえ…」

「これはほんの気持ちです。どうぞ」


 彼が笑顔で花束を渡してくれたので、私は両手を伸ばして受け取った。

 その時、彼の視線が私の指に向けられていたような気がした。


「ありがとう、嬉しいです」

「その髪も、似合っていますよ」

「えっ?」


 髪?

 もしかしてこの人、これがウィッグだって気付いてる?


「今度、お食事にご招待したいのですが、いかがでしょうか?」

「えっ?でも…」


 そこへコンチェイが割込んできた。


「申し訳ない、旦那。規則でね、個別の招待には応じてないんですよ」

「そうですか。ではパーティの方全員をご招待するのではいかがですか?」

「まあ、それなら…。しかしどっちみちトーナメントが終わってからにしてもらいますよ」

「ええ。きっと優勝するでしょうから、そのお祝いにご招待しますよ」


 その人はニッコリ笑って、「ではまた来ます」と帰って行った。


「あ!しまった、名前聞き忘れた…!」


 ああ、私ったら、肝心なこと聞き忘れちゃった。

 しょうがない、また来ますと云っていたから、今度会ったら聞こう。


 その後、控室に戻ると、私が両手いっぱいの花束を抱えてきたことに、皆は驚いた。


「すごい花束ですね!これをファンの方が?」

「そうなのよー!おまけにこれ持ってきた人、めっちゃイケメンだったんだよ!ね、コンチェイさん」

「ああ、滅多にお目にかかれないほどの美人さんだったなあ。あんたらが優勝したら、食事に招待したいと言ってたよ」

「ほうほう。そんな美人だったなら覗きに行きゃよかったな。つーか、そんな美人がおまえのファンとかありえねーんだよ」

「何でそう決めつけるのよ!」

「こんな大げさな花束とかさ、絶対アヤシイって」


 マルティスはどうも私にファンがいるということに疑いを持っている様子だ。


「そんなアヤシイ感じは受けなかったがね。花束もちゃんと調べたし、純粋にファンって感じだったよ」

「そうよ!全然怪しくないよ!マルティスってば酷くない?」

「怪しさ満点だろーが。どう考えたって花束渡す相手が違うって」


 マルティスはゼフォンとイヴリスを振り返った。

 彼の云いたいこともわかる。

 魔族は実力主義なので、ファンになるとしたらどう考えてもそっちの二人のはずだ。


「好みは人それぞれですよ。だいたい、マルティスさんはいつもトワ様に失礼ですよ!」


 イヴリスはマルティスを窘めた。


「俺はトワが調子に乗らねえように釘を刺してんの」

「余計なお世話よ」


 コンチェイが大きな花瓶を用意してくれて、チームの控室に花束を飾ってくれたので、殺風景な部屋が途端に華やかになった。


 宿舎の食堂で食事を終えた後、明日の試合に備えて各々部屋に戻ろうとした時、マルティスだけが居残った。


「そいじゃ、俺はちっと飲みに行ってくるから」

「ええ?!ちょっと!試合は明日なのよ?出かけちゃダメって言われてたじゃない!」

「お得意さんにどーしてもって誘われたんだ。少しだけ相手をしてくる。景気づけにな」

「ちょっと!」


 止める私を振り切って、マルティスは手を振って夜の街に出かけて行った。

 これにはゼフォンも呆れていた。


「勝手な奴だ」

「お得意さんって誰なの?」

「酒場で知り合った飲み仲間に奢ってやるとでも言われたんだろう」

「あれで案外、緊張して眠れなさそうだから呑みに行ったりして」

「だったとしても、明日の試合に二日酔いとかで来られたらぶっ飛ばしてやりますよ」


 イヴリスは拳を握って云った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る