第52話 決着

 青年魔王の姿のカイザーとダンタリアンが熱戦を繰り広げている場所から少し離れた広場の奥では、ジュスターがホルスと戦っていた。

 ホルスは槍を使うため、リーチでは長刀のジュスターが不利だ。

 そう思って、彼女も少し彼を舐めていたのかもしれない。


夢幻槍イリュージョンランス!」


 ホルスが槍スキルを使った。

 それは槍を振ると、残像のように空中に無数の槍が現れるというものだ。

 正面から彼女の槍を受けた者は、宙に浮く無数の槍の切っ先が迫ってくるように見え、避けることができず本物の槍に串刺しにされるという必殺技だ。

 ホルスの固有ユニークスキルは幻影使い《イリュージョニスト》だった。


 だがジュスターには幻影は通じなかった。

 彼は幻影に惑わされることなく、ホルスの繰り出す槍を確実に長刀で受け流していた。

 ジュスターは、ホルスの槍を刀で受け流した瞬間に彼女の懐に飛び込んだ。

 懐に入った彼は一瞬の隙に、武器をホルスに向かって振った。

 彼の使ったスキルは、長刀の描く軌道が氷結していく<氷結剣アイスソード>だった。

 剣先を避けたものの、軌道上にあったホルスの目は凍ってしまい、視力を奪われてしまった。


「くっ…目が…!」


 だがそれで決着がつかなかったのは、さすが守護将だった。

 視力を失ってもホルスは音を頼りにジュスターの攻撃をかわしていた。


「<風塵渦ダスタネイド>、展開!」


 彼女は自分の周りに風の渦を発生させ、風の音の変化で、ジュスターの動きを知り、その攻撃に対応した。

 その間に氷を溶かして視力を回復しようという作戦だ。

 風の渦は入る隙がなく、中にいるホルスに攻撃をしようとしても渦に跳ね返されてしまう。

 逆に風の渦の隙間からホルスの槍が突き出され、ジュスターに攻撃を仕掛けてくる。傍から見れば、ジュスターは攻撃を躱すのが精いっぱいで、打つ手がないように見えた。


 ジュスターはホルスの頭上にジャンプし、背中から翼を出して空中に浮遊した。

 彼はホルスの頭上だけ風の渦の層が薄いことに気付いていた。

 目の見えないホルスはジュスターの気配が消えたことで焦りを見せた。

 兵の1人が「ホルス様、上です!」と叫んだが、時すでに遅く、ジュスターはホルスの頭上から、氷の魔法を撃ちこんだ。


氷柱塊マスアイシクル!」


 ジュスターの氷の魔法はホルスの頭部から足先までを一瞬で巨大な氷の柱の中に閉じ込めてしまった。

 ホルスの体は槍を持ったまま、完全に氷漬けにされてしまったのだ。


 地上に着地したジュスターは、息一つ乱すことなく冷静に、平然と勝利した。

 周囲で見ていた者たちは、あっけなく決まった勝敗に拍子抜けしたくらいだ。

 ホルスは十分強かったが、ジュスターの強さはそれを軽く凌駕していた。


 ジュスターが勝利を決めた頃、カイザーの方も決着をつけようとしていた。


 私から魔力を供給されているカイザーは、無尽蔵に火炎弾を連発し、ダンタリアンは盾でそれを受けて撃ち返すということを繰り返していた。

 実はそれこそがカイザーの狙いであった。

 ダンタリアンが腕に装着している盾は、魔法を撃ち返すたびに魔力を消費する。それはじりじりとダンタリアンから魔力を削っていった。

 彼は肩で息をするほど、疲弊していた。

 カイザーの狙いは、ダンタリアンの魔力を消費させて盾を無効化させることだった。

 それはかつて聖魔騎士団が『黒の爪』との戦いで使った戦法だった。


「カイザードラゴン、そろそろ決めよ」


 魔王の言葉に反応したカイザーは動きを止めた。

 すかさずダンタリアンは拳を撃ち込む。だが疲れのためかその威力は鈍い。

 カイザーは片手で、ダンタリアンの大きな拳を軽々と受け止めた。


灼熱火炎バーニングフレイム


 カイザーのその声は、冷酷な響きを含んでいた。

 ダンタリアンの手を掴んだ青年魔王の手からは、猛烈な炎が噴き出した。

 その業火の炎はダンタリアンの拳からその硬質化した体全体をあっという間に呑み込んでいった。その炎の勢いは、火炎放射器の何百倍、何千倍も強く、離れた場所にいる私でもその熱を感じる程だった。


「うおぉぉぉ!」


 断末魔の声を上げながら、ダンタリアンの体は激しく燃え上がった。

 それはやがて燃え尽き、黒焦げになってそのまま地面にドサリと倒れた。

 ぶすぶすと煙を上げているその体は、すでにこと切れていた。


 カイザーは黒焦げの遺体の前に立って片手を上げたまま、ドヤ顔ぎみにこちらを振り向いた。


 魔王が私に扇子を持っていろと云ったのは、カイザーにこの強力な魔法を使わせるためだったのだ。

 カイザーは擬態した状態では十分な魔力を解放できないはずだったが、私から供給される魔力が十分だったため、強力な魔法を使用することができたのだ。それも私自身の魔力を増幅してくれるこの扇子のおかげだった。


「勝負あった。2人とも、100年の間に腕が鈍ったようだな」


 魔王の声は、戦闘の終了を告げた。

 周囲の兵たちからどよめきの声が響いた。

 魔族最強と謳われる魔王守護将が2人共敗れたのだ。


 ジュスターがホルスの氷柱を粉砕すると、ホルスは膝から崩れ落ちた。

 仮死状態になっていたようで、地面に倒れたホルスは、咳込んで息を吹き返した。


 彼女は自分が負けたことよりもダンタリアンのことを気にかけていて、彼が戦っていた方を確認した。だがそこには彼女の愛する男の姿はなく、黒く焼け焦げたものが転がっているだけだった。

 その黒い塊がダンタリアンだと気づくと、ホルスは悲鳴を上げた。


「わあああ!!ダンタリアン!」


 ホルスは這うようにして、ダンタリアンであったものに近づき、名前を呼びながらその体を揺さぶった。


「嫌だ、ダンタリアン、私を置いて逝くな!」


 彼女は黒焦げになった男の体に縋り付いて激しく泣いていた。

 そこには守護将としてではなく、1人の女性としてのホルスがいた。


 ダンタリアンは立派に戦った結果、こうなった。

 号泣する姿にもらい泣きしそうになって、ホルスから視線を逸らすと、カイザーと目が合った。 

 魔王の姿のカイザーは無言で頷いた。

 彼は私がこれからすることをちゃんと理解しているようだった。


「トワ、頼む」

「うん、任せて」


 私は少年魔王の傍を離れ、黒焦げになったダンタリアンの元へ歩いて行った。

 私がジュスターの前を横切ると、彼は腰をかがめて敬礼した。

 彼もわかっていた。

 わかっていてホルスを仮死状態から解放したのだ。

 私はカイザーに声をかけた。


「カイザー、どう?」

「捕まえてあるぞ」

「さすがね」


 カイザーが先程からずっと片手を挙げているのは、ダンタリアンの魂を掴んでいたからだ。

 私が傍にやって来たことに気付いたホルスは、不安気に見上げた。


「な、何をする気だ…!」

「ホルス、悪いんだけど少しの間離れていてもらえる?悪いようにはしないから」

「ダンタリアンはもう死んでいる。この上まだ何をするというのだ?死者を冒涜するのなら許さぬぞ!」

「ホルス将軍、ダンタリアン将軍のことを思うのなら、トワ様の言うとおりにすることだ」


 ホルスにそう云ったのは、彼女を倒したジュスターだった。


「…わかった」


 彼女はジュスターに促され、何が何だかわからないまま黒焦げのダンタリアンから離れた。

 ホルスと入れ替わるように、私はダンタリアンの傍に膝をついた。

 魔王に擬態したカイザーも私の傍に歩み寄って来た。

 まず、黒焦げになった体を元通りに癒した。


「な…に…?」


 ホルスが目を丸くしてその様子を凝視していた。

 ダンタリアンは着衣もすべて燃えてしまっていて、全裸状態だったので、ホルスがすかさず自分のマントを彼の下腹部に掛けてやった。

 

 次に、彼の魂を戻す作業に入る。

 カマソ村での経験が私に自信を与えていた。 


「ダンタリアン、戻って来て」


 魔王からもらった扇子が私の魔力を底上げしてくれている。

 カマソ村で蘇生を行った時よりもずっとスムーズに行く気がする。

 だけど、ダンタリアンは一向に目を覚まさない。


「ダメか…。成功してるはずなのに、どうしてかな?」

「ダンタリアンは自分のしたことを後悔していて、このまま死を受け入れようとしている。彼の魂は、体に戻ることを拒否しているのだ」


 カイザーがダンタリアンの魂の様子を教えてくれた。

 その気持ちもわからんでもない。


「困ったわね…。このままホルスを泣かせておくわけにはいかないし」


 ダンタリアンの魂は生きることを拒絶しているようだった。

 私はただただ驚いているホルスに話しかけた。


「ねえ、ホルス。ダンタリアンに生き返ってとお願いしてくれない?」

「え…?生き返る?生き返るのですか?」

「うん。私ね、蘇生魔法が使えるのよ。だけどダンタリアンは罪を悔いて生き返ることを拒否しているみたいなの。もう禊は済んだから、戻って来て良いって説得してくれないかしら?」


 私はホルスにダンタリアンの説得をお願いした。

 ホルスは驚いていたけど、黒焦げになった彼の体を元に戻した現場を見ていたので、半信半疑ながらも一縷の望みをかけて、彼に呼び掛けた。


「ダンタリアン、聞こえるか?私だ、ホルスだ。もういいんだ、ダンタリアン。おまえはよくやった。どうか私の元へ戻って来て欲しい。次の繁殖期には子供を作ろうと約束したではないか!あれは嘘なのか?パートナーとしての責務を果たせもせずに逝くのか?」


 ホルスは流れる涙を拭いもせず、ひたすら呼びかけた。


「おまえは責任感が強いはずだ。私を1人にして平気なのか?どうか私の元へ戻ってくれ!お願いだ!私を…私を置いて逝かないで…!」


 彼女の目から一筋の涙が流れ、ダンタリアンの胸にポツンと落ちた。

 その涙に反応したのか、彼の魂はようやく体に戻ってくれた。

 やがて、ダンタリアンの体がピクリ、と動いて目が開いた。

 そして傍にいたホルスを見上げた。


「何が…起こった?俺は…」

「おお…!」


 ホルスの目からは涙が溢れ出ていた。

 ダンタリアンが体を起こすと、ホルスは彼に抱き着いて喜びの涙を流した。


「ダンタリアン、ダンタリアン…!良かった、良かった…ッ!」


 広場にいた大勢の兵士らは感嘆と歓喜の声を上げた。

 そんな周囲の目も気にせず、ダンタリアンは半身を起こし、ホルスを抱きしめた。

 ダンタリアンは自分の体が元に戻っていることを確認し、傍に立つ私を眩しそうに見上げた。


「…あなたが助けてくれたのか…」

「生き返ったのだ、ダンタリアン!信じられんだろうが、この方が蘇生魔法でおまえを蘇らせてくださったのだ!」


 彼に抱き着いたまま、ホルスが叫んだ。

 なおも泣きじゃくるホルスを、ダンタリアンは優しく抱き返した。


 仲が良さそうでちょっと羨ましくもある。

 実のところ、彼を生き還らせたのは私ではなくホルスなのだ。

 そんな風に思って2人を見ていた私の側に、魔王が歩み寄ってきた。


「たいしたものだな。これほどまでに完璧に蘇生魔法を使うとは」

「うん。でも死者の魂にも意思があるってことがわかって勉強になったわ。ホルスがいなかったら成功しなかったもの」

「ふむ…魂が意思を持つ、か」


 少年魔王はしみじみと云った。

 そして魔王はダンタリアンとその場にいる全員に向かって叫んだ。


「ダンタリアンは死を持って罪をあがなった。ホルスも今の試合で罪を清算した。今後はここへ至るまでのすべての経緯を明らかにし、問題の根源を絶つ」

「寛大なるご沙汰に感謝致します」


 ダンタリアンとホルスはそう云って魔王の前に膝をついた。


「うむ。我、魔王ゼルニウスは魔王城に帰還せり。これより魔王城は我に帰属し、すべての機能を回復することとする。皆の者、良いな!」


 青年魔王と並んで少年魔王が宣言すると、ダンタリアンたちをはじめとする魔王城の兵士たちは一斉に立ち上がり、「はっ!」と、声を上げて敬礼した。


 これだけ大勢の人を前に、堂々と言葉を述べる少年は本当に魔王なのだと思った。


「…ダンタリアンは運が良い。おまえが止めねば、我が蘇生もできぬほど消し炭にしていた」

「それ、本気?」

「今まではそうしてきた。それを何とも思ったことはない。我を裏切った者に用などないからな」

「そういうとこよ?怖いって言われるのは。今後は皆に好かれる魔王になってよね」

「おまえがそう言うのなら努力しよう」


 少年魔王は、私の手をぎゅっと握った。

 魔王は、私の起こした奇跡について周囲の兵士たちには何も説明しなかった。

 その時の彼らにとってそれは、私というより『魔王が起こした奇跡』と理解されたようだった。


 こうして魔王は魔王城の支配者に返り咲くことになった。

 でも実はここからが本番なのだ。

 魔王はダンタリアンとホルスの裏切りには裏で暗躍していた人物が存在すると読んでいた。


 3日後、臣下たちを集めて、玉座の間で裁定会議が開かれることになった。

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