第13話 帰還

 魔王が持たせてくれた携帯食を食べている間も、魔王に擬態したカイザーはどうでもいい話を続けていた。

 私からスキルを得ようと思っていることは見え見えだった。

 いろいろと試した結果、私の<言霊ことだま>スキルには法則があることに気付いた。

 いくらカイザー自身が望んでも、適性のないスキルは獲得できないのだ。

 元がドラゴンのせいか、例えば料理とか、縫製とか手先が器用じゃないとできないような生活スキルを得るのは無理だし、人に擬態したまま武器を持って戦うスキルも持てなかった。<言霊ことだま>スキルも万能ではないのだ。それがわかってカイザーもいくらかおとなしくなってくれた。


 やがて国境が視認できる距離までやってきた。

 イケメン魔王に擬態したまま国境に近づくわけにはいかないので、カイザーにネックレスに戻るよう促すと、彼はなぜかあたりをうろうろとし始め、何かを足で蹴飛ばした。


「ふむ、こいつでいいか」

「何してるの?」

「まあ、見ていろ」


 そういうとカイザーは、魔王の姿から防粉マスクをした鎧の兵士に変身した。


「え?だ、誰?」

『そこで死んでいる兵士の姿に擬態した』

「…は?」


 擬態したカイザーが指さす足元へと視線を移した。


「わっ!」


 私は思わず飛び退った。

 そこには防粉マスクを装着したままの兵士が、仰向けで倒れていた。

 既に死んでいるようだった。

 カイザーはその兵士の姿に擬態したのだ。


「あ、あんた、死んだ人にも変身できるの?」

『死んでいようがいまいが、視認できれば擬態はできる』

「そ、そうなんだ…」

『ただし、声は真似できぬので話すことはできぬがな』


 そうか、目で見た者にそのまま擬態するから、死体にもなれる。けど、死者は声が出せないからその声までは擬態できない。

 だから今、カイザーが話しかけているのは、声ではなくテレパシーだったんだ。生きている人物に擬態した時だけ、その口から擬態した人の声で言葉を発することが可能なのだ。


『人間の兵士ならば一緒にいても怪しまれないだろう。この死体が見つからなければ、の話だが』

「それは大丈夫じゃない?これだけの数の死体を全部確認するには相当時間かかりそうだし。正体がバレる前に擬態を解けばいいのよ」

『ふむ。案外、賢いのだな』

「案外は余計よ」

『では、その策で行こう』


 兵士に化けたカイザーは、いきなり私の腰を持ち上げて、片腕の上に乗せるように抱き上げた。


「ひゃっ!」

『走るぞ。しっかり掴まっていろ。このペースでは砦にたどり着く前に夜になってしまうからな』

「ああ…そういうことね。わかった」


 私を腕に抱えた兵士は鎧を着ているとは思えないほどの速度で荒野を駆け抜けた。

 外見は兵士でも中身はさすがドラゴンだ。疲れというものを知らない。

 彼は累々と横たわる死体をまたいで軽やかに走る。

 遺体の腐敗が始まっているらしく、徐々に死臭が立ち込めてくる。

 こんなところを1人で歩いて戻っていたら、きっと体力よりもメンタルが持たなかった。

 カイザーがいてくれて良かった。

 私は無意識のうちに、カイザーの首に抱きついていた。


 そうして1時間後にはもう国境の壁沿いにある砦の門が見えてきた。

 その門の入口あたりに人影が見えた。


「あ…!あれは…」


 それがエリアナたち勇者候補であることに気が付いたのは、彼らが防粉マスクをしていなかったからだ。


 最初にこっちに気付いたのは、エリアナだった。

 彼女が駆け出すと、将と優星もそれに続いた。


「トワ!」


 3人が私の元へやって来ると、兵士に化けたカイザーは私を地面に降ろしてくれた。

 すると、エリアナが私に向かっていきなり大声で怒鳴った。


「このバカ!今までどこ行ってたのよ!もう死んだって思ったじゃない!」

「今までどうしてたんだ?その兵士に助けてもらったのか?」


 将が私の後ろにいる兵士を見て云った。

 それはカイザーが化けた兵士だったから、言葉を発することができず、無言のまま頭を下げた。

 このままエリアナたちに質問されると怪しまれるかもしれない。

 適当に説明をしてカイザーが化けた兵士にはとっとと門の中へ去ってもらった。

 皆で彼の背を見送ると、将が憮然として云った。


「なんだあいつ。不愛想な奴だな」

「あ…うん、なんか口をケガしててしゃべれないみたいだよ。私じゃ治せないからさ」

「そうなのか…」

「だけどラッキーだったね。偶然通りかかって助けてもらったなんて」

「う、うん、ホント、ラッキーだったよ」


 なんとか誤魔化せたようだ。


「それにしてもどこにいたのさ?今朝の戦いによく巻き込まれなかったね。ドラゴンが火を吐いて、大変だったんだよ」


(…ごめん、優星。そのドラゴン、たった今まで目の前にいたよ…)


 とは云えず、私は愛想笑いするしかなかった。


「へ、へえ…?ドラゴンが?え~、見たかったな」

「おい、嘘だろ?あんなに派手に火吐いて暴れ回ってたのに、気づかなかったっていうのか?おまえ、マジでどこにいたんだよ?」


 将が疑いの目を私に向ける。

 こうなったらしらばっくれるしかない。


「う、うん。ずっと気絶してたみたいなんだよね。気が付いたらあの兵士に起こされてさ」

「いい気なもんだな。こっちは命懸けだったってのに」

「でも皆無事で良かったじゃない?」

「ああ…。奴ら、俺たちをわざと逃がしたんだ。舐めやがって」


 将は悔しそうに云った。

 彼は助かって良かったと考える人ではなかった。


「あんたがそうやって暢気に寝てる間、大変だったのよ?見てよ、あの連中」


 エリアナは門近くに座り込んでいる兵士たちを指差した。

 彼らは徒歩でここまでたどり着いたようで、皆疲れ切って項垂れている。


「指揮官の連隊長がついさっき運ばれて帰って来たのよ。瀕死で倒れているところを捜索隊が見つけたんだって。指揮官がいなくなって、部隊はバラバラよ。死人は多くなかったみたいだけど、精神的ダメージが大きくてもう再戦は無理だって」

「回復士は?」

「怪我人が多すぎて人手が足りてないみたい」

「あ、じゃあ私も回復手伝わないと…」

「止めといた方がいいわ。もうポーションも底ついてるらしいし、あんたの手に負えるような怪我人なんかいないわよ」

「あ…そ、そう…」


 エリアナは、相変わらずキツイ。


「あたしさ、ドラゴンの背中に、黒いマントの人影が乗ってたのを見たのよね」


 私はドキッとした。


(まさかバレてないよね…?)


「ホリーは魔王が復活したって大騒ぎして、あたしを置いて逃げたのよ!信じられる?!」


 エリアナは足を踏み鳴らして怒っていた。


「そのドラゴンが通った後、倒したはずの魔族たちが起き上がってきたんだ。まるでゾンビみたいに」

「ゾンビって…」


(将、それはないよ。ゾンビは酷くない?)


「そうだね、あれは怖かったよ。倒しても倒しても起きてくるんだもの。ホラー映画みたいだった」

「あたしが思うに、あれは魔王のスキルなんじゃない?倒れた者をゾンビ化して支配下に置くとかさ」

「それ超怖いんだけど!ゾンビと戦うなんて聞いてないよ!噛まれたらゾンビになっちゃうんだろ?僕は嫌だよ」


 エリアナの説に、優星は身震いして拒絶した。


「それはないだろ。ゾンビになった奴なんかいなかったし。実際はドラゴンからポーションを振りまいたって方が真実なんじゃないか?」


 それぞれが説を唱えたけど、さすがに回復魔法を使ったっていう説は出なかった。

 ドラゴンの背に少年魔王が一緒に乗っていたことには気付かれていなかったみたいでホッとした。

 

「ともかく、戻って来れてよかったよ。僕たちは明朝にはここを発つことになったからね」

「ええっ?明朝?ず、ずいぶん急だね…」

「ああ。大司教から急遽帰還命令が出たんだってさ。あのホリーって女祭司長が言ってることだから本当かどうかは怪しいけどな」

「だからあたしたち、時間のある今のうちにあんたを探しに行こうかって話し合っていたのよ」

「そ、そう…なんだ」


 時間があるうちに、か。

 この人たちにとって、私を探しに行くのは、時間つぶしだったのか。

 勇者候補っていうだけで、そんなに仲いいわけでもないし、危険を冒してまで探す価値なんかないということか。

 やっぱり私は戦力として扱われていないのだと改めて思い知らされた。


 砦の中に入るふりをして隠れていたカイザーは、隙を見てネックレスの中に戻ってきた。

 こうして私たち勇者候補は、大司教公国への帰路につくことになった。

 

 長旅でヘトヘトになりながらも、私たちは軋む馬車に乗って大司教公国へ戻ってきた。

 疲れ切っていた私は、食事を拒否して自分の部屋に籠った。

 あのマズい食事を食べる気にはなれなかったのだ。


「あー、疲れた。あの馬車の乗り心地、サイッテーだったわ。お尻痛い~!」

『私ならば、あの程度の距離などひとっ飛びなのだがな』

「そうだけど、魔王が魔法を使ってくれなきゃ乗れないでしょ?」

『まあ、そうだな。普通に乗れば振り落とされてしまうか』


 カイザーはミニドラゴンの姿で、私の頭の付近をふわふわと浮きながら云った。


『結局、彼らとの契約はできなかったな』

「ん?ああ、そうね」


 馬車の中で、私は人間にも<言霊ことだま>スキルが使えるのかどうか試してみたのだ。

 どうやって切り出そうか迷ったけど、シンプルに勇者候補たちに


「私と契約しない?」


 と云ってみた。

 するとエリアナは、


「やだよ。あんたと契約って専属回復士ってことでしょ?あんたの能力じゃ役に立たないじゃん」


 と速攻で拒否した。

 将は、


「やめろよそれ。フーゾク系の女みたいじゃねーか」


 とキレられた。

 最後に優星に云ってみると、


「アハハ、何それ。新手のナンパ?僕でいいならするけど、それなりに覚悟してる?」


 と、意味深な受け答えで承諾してくれた。

 けれど、彼の体が光ることもなく、何も起こらなかった。


「やっぱりこの能力ってカイザーだけに有効なのかなあ?」

『あるいは、おまえの回復能力と同じで、魔族にのみ有効なのかもしれん』

「ああ、なるほど…」


 私はベッドに横たわりながら、カイザーをじっと見つめた。


「やっぱり話し相手がいるっていいものね。できれば女の子が良かったけど」

『あの娘とは仲良くなれそうにないのか?』

「エリアナのこと?」

『そうだ』

「それは無理だと思う」


 するとカイザーは、目の前でエリアナの姿に擬態した。


「わお!エリアナじゃん…!!」


 ベッドの上にエリアナそっくりの少女が座っている。

 さっきまで一緒だった時の濃紺の魔法士のローブ姿だ。


「擬態するのはいいけど、ベッドの上では靴を脱いでよ」

「これは擬態だと言ったであろう。見たままの姿だから無理だ」

「あー、そうなんだ?服も靴も脱げないわけ?」

「服や靴を脱ぐところを見ていたわけではないからな」

「なるほど…、あんたの擬態って本当に見たままってことなのね」


 エリアナの姿のカイザーはベッドの上でスカートのまま胡坐をかいた。


「私が見たところ、心根は悪い娘ではない。ただ、思ったことをそのまま口に出してしまう癖がある。おまえが思うような友人になれるかどうかはわからんがな」

「よく見てるのねえ…。うん、悪い娘じゃないってのは同感。けど彼女、プライド高いから、落ちこぼれの私に辛辣なんだよね」

「だが、おまえが生きていたことを一番喜んでいたぞ?」

「えー、そう?あんなに怒鳴ってたじゃない」

「私にはそう見えた」

「そうかなあ…」


 カイザーはよく人を観察している。

 きっと人間のことを知ろうとしているのだろう。


「馬車に同乗していたあの気の強そうな女の方は好かんがな」

「ホリーのこと?」

「そうだ」

「そうだねえ。エリアナを置いて逃げたこと、ずっと言い訳してたもんね」

「己の保身ばかりを気にして、心にもない言葉を重ねていた。あの女の言葉には何一つ真実がないように思えた」

「確かに、冷たい印象はあるわね。それに人を見下したようなものの言い方するし」

「それはあの女のこれまでの生き方が影響しているのだろう」

「あ…うん、そうだね。あの人のこと、良く知らないのに悪口言っちゃった。こういうの、よくないよね」

「ふむ。人間は他人を貶めて自分を正当化する者が多いと魔王が言っておった。おまえのそういう素直なところは好感が持てるぞ」

「…カイザーってなんかコメンテーターみたいな言い方するよね」

「コメンテータ…?おまえのいうことは時々わからん」


 エリアナに擬態したカイザーは、ベッドに寝っ転がって大の字になった。

 本当に彼女と一緒にいるような気がしてきた。


「すごいなあ。どこから見てもエリアナだわ。…我ながらすごい能力を与えたなあ」

「本来、私は戦闘用に召喚されたため、戦闘スキルばかり所持しているのだがな。面白いものだ」

「戦闘スキルって、どんなの?」

「大雑把に云えば体術、炎と風属性魔法がメインだ。おまえからもらった<絶対防御>は、一定レベル以下の物理攻撃、属性魔法攻撃を無効にする効果がある」

「へえ~。今、目を閉じたように見えなかったけどスキルの確認方法って人間とは違うの?」

「違う、とは?」

「人間の場合、目を閉じてステータスを呼び出すと、属性やスキルの情報が文字で浮かび上がってくるのよ」

「文字情報?ふむ、魔族は文字など使わず魔法紋クレストを使う」

魔法紋クレスト?そういやこの前もそんなこと言ってたけど、それって何?」

「魔族なら誰しもが持つ個人の記録のことだ。スキルなどすべての情報は魔法紋に記録される。直接頭の中に映像としてイメージが浮かんで知ることができるのだ。スキルの使い方も瞬時に理解できる。人間にはないのか?」


 カイザーはエリアナの白い腕をローブから出して見せた。

 そこにはブレスレットのように腕にぐるりと独特の印が浮かび上がっていた。


「へえ…。よくわかんないけど、少なくとも私や勇者候補にはなかったな。でもそっちのほうがわかりやすそう。私も久々に見てみようっと」


 目を閉じて、スキルを確認してみる。

 相変わらずVR画面のように文字が浮かび上がってくる。


「あ!<言霊ことだま>スキルっていうのが増えてる。あんたが言ってたのってこれね?えっと…あれ…?」

「どうした?」

「私、聖属性しか持ってなかったはずなんだけど…」

「おまえは回復士だと言っていたからな」

「うん、だけど…。属性がもう一つ増えてるの」

「ほう?それは良い事ではないか。何が問題だ?」

「ううん、それがね…」

「何だ?」


 エリアナの青い目が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「私、魔属性を持ってることになってるの…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る