第6話 闇の中の出会い
「う、う…」
気が付くとうつ伏せで横たわっていた。
頭を動かすと、砂がサラサラと後頭部から流れ落ちた。
どうやら砂に埋もれていたようだ。
体を起こすと、ローブ越しに砂がザーッと体から落ちた。
地面に自分の人型ができるほどに深く砂に埋まっていた。
フードを被っていたおかげで顔周りにわずかに空間ができて、砂に埋まっていても窒息せずにすんだみたいだ。
これだけ埋まっていたら、誰も気づかなかったかもしれない。
(―確か、魔族の魔法攻撃を食らって爆風に飛ばされたんだっけ。
直撃だったと思うけど、よく無事だったな…)
「うっは、ペッペッ。やだ、口の中砂利だらけ…」
おまけに体のあちこちが痛い。肋骨とか折れてるのかもしれない。
私は自分に回復魔法をかけた。
私の回復魔法は、他人には効かないけど、自分にだけはバツグンに効くのだ。
どのくらい意識を失っていたのだろう。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
空には満天の星が輝いていた。
だけど月は見えなかった。
そのせいで真っ暗だ。
砂を払い落して立ち上がり、周囲を見渡してみたけど、人の気配はまったくない。
ただ、静寂に満ちていた。
とにかく、砦に戻らなくちゃ。
だけど、星あかりだけでこの夜の闇の中を歩くには心もとない。暗すぎる。
手探りで歩いて行くと、何かに躓いた。
「きゃっ!」
私が躓いたのは、人だった。
「え…」
足元には防粉マスクをつけた騎士や魔族たちが重なり合って横たわっていた。
皆、死んでいた。
私が蹴とばしたのは、遺体だったのだ。
そうだ、ここは戦場だったんだ。
…たぶん戦争は終わって、皆引き揚げたんだ。
私は、きっと死体と思われて放置されたのだろう。
(…どうしよう。
どっちに歩けば砦につくのかわからない)
暗くて方向感覚が失われる。
少し歩いただけでまた遺体を踏みそうになる状況だ。
明るくなるのを待って、行動した方がいいのかな…。
その時、一陣の風が吹いた。
「寒っ!」
あまりの寒さに、ローブの前をぎゅっと掴んで閉じた。
こんなところで一晩過ごすなんて無理だ。
それに死体に囲まれている状況で、眠ることなんてできない。
(とにかく動こう。
歩いていれば誰かに会えるかもしれない)
寒さと空腹に耐えながら暗闇の中をふらふらと歩いていた。
どのくらい歩いただろうか。
ふと、人の話声が聞こえてきた。
誰かいる…!
良かった、事情を話して砦に一緒に連れて帰ってもらおう。
声の方へ近づくにつれて、会話の内容がわかるようになった。
「…兄さん」
「私はもう、ダメだ。行け」
「嫌だよ!兄さんを置いていけない」
「残念だが、この傷ではもう長くは持たぬ。ここまで運んできてくれたことには感謝するが、もう良い。おまえ1人で戻れ」
「そんなこと、言わないでよ!」
話し声からすると、そこにいるのは兄弟のようだ。
そして多分、兄が死に瀕している。
戦いで怪我をしたんだろうか。
声のする方を見ると、小さな明かりがチカチカと灯っている。
それを目印に、私は近づいて行った。
その途中、近くの遺体につまづいて「きゃっ!」と声を上げてしまった。
「誰だ!」
声の主が私に気付いた。
見えていた明かりが消されてしまい、真っ暗になってしまった。
すぐ近くに、人の気配がした。
「ああ、ごめんなさい。つまづいちゃって…。私、敵じゃないです!生き残りです」
「…生き残り?」
「あの、怪我してるんですか?」
「ああ。…傷が大きく、出血が止まらなくて、どんどん衰弱している」
暗闇の中、必死に目を凝らしてみると、地面に横たわっている人影がうっすらと見えた。
「あの、すいませんけど明かりがあるなら、照らしてもらえます?」
「あ、ああ」
再び小さな明かりが灯された。
地面に横たわっている人物の胴体部分がうっすらと見えた。
鎧を外したのか、鍛えられた腹は剥き出しになっていて、深くて大きな穴が開いていた。そこから血が流れ続けている。
あまりの酷い傷に、私は思わず声をあげた。
「酷い傷…!」
出血の量から見ても、生きてる方が不思議なくらいだ。
この大きさの傷を治すのは私には無理だ。
ポーションはさっき使っちゃったしなあ…。
止血くらいはできるかもしれないけど、焼け石に水って感じだ。
それでもこのまま見過ごすことはできない。
「今、血を止めますね」
私は横たわる男の側に膝をついた。
すると明かりを持って立つ男が、私の肩に手を掛けた。
「待て、何をする!?」
「何って治療ですよ」
「治療…だと?」
それに構わず、私は横たわる人の腹の傷に手をかざし、回復魔法をかけた。
すると、彼の腹部が一瞬パッと光ったかと思うと、大きな穴がスーッと消えていった。
「えっ?」
「何っ?」
男の声が私の声に被った。
私は単に自分の回復魔法で、ここまで成功したことが今まで一度もなかったからビックリして声を上げただけだ。
「今、ポーションを使ったのか?」
「ううん、回復魔法をかけただけよ。だけど、こんなに綺麗に治せたのは初めて」
「回復魔法?まさか、嘘だろう?」
声の主はなんだか興奮していた。
「いや、本当だ。確かに回復魔法をかけてもらって治った」
そう云ったのは、私が回復魔法をかけた相手だった。
彼はむくりと上半身を起こし、傷の消えた自分の腹を手で撫でた。
「兄上!だ、大丈夫なんですか?」
「ああ。このとおり、すっかり元通りだ。どうやら魔力も回復してもらったようで力が漲っている」
「信じられない…」
「私もだ。回復魔法などというものを受けたのは初めてだが…、こんなに完璧に治癒するものなのか。信じられん。あなたは何者だ?」
「回復士だけど…」
その時、気が付いた。
この人たち、鎧どころか防粉マスクもしていない。
夜は花粉が飛ばないとは聞いていない。
まさか…。
起き上がった男が、掌の上に大きな火の玉を灯した。
その明かりが周囲を大きく照らす。
私はそこにいた2人の人物を見た。
尖った耳。
口の端からのぞく鋭い牙。
額から突き出した角。
見かけは人間そっくりだけど、明らかに様子が違う。
この人たち…もしかして魔族?!
どうしよう。
私、殺されるの…?
「おまえ、人間…だな。なぜ防御服をつけなくても平気なのだ?」
そう言ったのは、弟と思われる人物だ。
(ヤバイ、ヤバイわ。
人間てバレてる…)
「なぜだ?おまえはなぜ魔族を癒せる?」
問い詰められても困る。
それを聞きたいのはこっちの方だ。
魔族だとわかっていたら、近づいたりしなかったし、回復魔法なんか使わなかった。
そもそも私の回復魔法は最低ランクで、魔族に効く効かない以前の話なのだ。
なのに、あんな大きな傷をあっさりと、それも完璧に癒してしまったことに驚いているのは私の方だ。
あり得ないことが起こっている。
「なぜ黙っている?答えろ!」
「まあ待て」
私が癒した魔族は、落ち着いた物腰で弟を諫めると立ち上がった。
立ち上がると身長がめちゃデカい。
たぶん2メートルは優に超えてる。
大柄で筋肉隆々の、いかにも強そうな男だった。
そして私と同じ、黒い髪をしていた。
「私はサレオス。北方面前線基地の指揮官だ」
「し、指揮官…?」
(指揮官て、敵のボスってこと?
そんな大物が、どうしてここにいるの?
私ってば、もしかして敵のボスを癒しちゃったわけ?)
「こっちは弟のアンフィスだ。瀕死の私をここまで運んできてくれたのだ」
サレオスが紹介した弟は、私と同じくらいの年恰好の少年で、額に2つの小さな角があり、タテガミのような灰色の髪は背中まで垂れていて、狼を思い出させる。
サレオスと違って、彼はまだ私を怪しんでいるようだ。
さっさとこの場を去ろう。
「そ、そうですか。それじゃあ、私はこれで…きゃあ!」
慌てて踵を返した途端、さっきの遺体にまた躓いて派手にすっ転んでしまった。
しこたま顔面を砂に打ち付けてしまった。
「ったぁ…!砂が口に入ったぁ…ペッペッ」
「プッ!あんた、おっちょこちょいだな」
私の後ろでクスクスと笑いが起こった。
アンフィスが愉快そうに私を見下ろしている。
転んだところを見られていたみたいだ。
(うわ~…カッコ悪い上に、もう逃げられないよ…)
「大丈夫か?」
サレオスが私の腕を掴んで、軽々と抱き上げた。
「ひゃっ!」
「我々は夜目が利くので平気だが、人間が暗闇の中を歩くのは危ない。この辺りは死体を狙う魔物も出没することがある」
「ええっ?魔物!?」
「助けてもらった礼をしたい。我らの基地に来てはもらえぬだろうか」
「ひっ!わ、私、殺されるんですか…?」
「あなたは恩人だ。そんなことはしない」
「で、でも、私は人間ですよ?魔族にとっては敵じゃないですか」
「恩を受けた相手に礼を尽くすのは当然のことだ。たとえそれが人間であっても」
有無を言わせぬ迫力で、サレオスは私を魔族の前線基地へ連れて行った。
彼は私を抱き上げて運びながら、その道中に話をしてくれた。
それでわかったことがある。
彼を倒したのは将とエリアナだ。
あんなに強い人間を見たのは人魔大戦以来だと彼は云った。
ということは、この人は100年前の大戦を生き抜いた魔族なのだろう。
魔族は長命だというけど、本当なんだ。
デボラから、魔族は人間に比べてかなり長命だということは聞いていた。1000年以上生きる者も珍しくないという。
魔力の強い者は総じて長命の傾向があるといい、若い肉体を保ったまま長い年月を重ね、マギが尽きてくると急速に歳をとって死ぬと云われている。
魔王に至っては寿命はなく不老不死らしい。
それは例外中の例外で、長命な魔族といえども、致命傷を受ければ死ぬし、戦闘中に魔力不足に陥れば意識を失って昏倒する。
このサレオスがまさにそうだった。
私なら、こんなに強そうな魔族と対峙するだけでもビビっちゃいそうなのに、それを倒すって、エリアナたちってやっぱりすごいと思う。
「基地が見えてきたよ」
アンフィスが指さす方向に見えたのは、篝火が焚かれた門の奥に聳え立つ、お城みたいな立派な建物だった。
…もうここまで来たら逃げられない。
ここは魔族の巣窟なんだ。
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