第36話 2つのエンゲージリング⑤

もう、ダメだ。と思った瞬間、ふと楽になった。

「この野郎、俺のもとちゃんに何しやがる!」

リュウは馬乗りになってもと子の首をしめていた和也の頭を蹴り上げた。和也は後ろ向きにひっくり返った。

「女相手に何やってんだ、このDV野郎!」

「俺を誰だと思ってんだ?」

和也は怒鳴った。だが目の前の男は見るからに腕っぷしが強く、しかもひどく殺気を醸し出している。和也は怯んだ。

「リカコ、覚えてろよ!」

和也は慌ててアトリエから飛び出した。


「もとちゃん、リカコさん、大丈夫か?」

「ゲホッ、私は大丈夫です。でもリカコさんが。」

咳き込みながらもと子はリカコの頭を膝に乗せる。リカコは殴られて顔を赤黒く腫らしている。

「リカコさん、今、救急車呼ぶからな!」


リュウが消防に電話していると、うっすらリカコが目を開けた。

「もと子さん?」

「あ!リカコさんが目を覚ました!リカコさん、もう大丈夫だからね!」

もと子は泣きながらリカコにしがみついた。


 しばらくして、救急車が到着した。リュウともと子の二人はリカコに付き添って救急車に乗り込んだ。サイレンを鳴らしながら救急車は走る。だがアトリエ近くの大きな交差点の手前で止まった。

「あれ?あそこでも事故ですね。」

外車が信号機にぶつかり、大破している。そのせいで渋滞しているのだ。

「リカコさん、もうすぐ動きますからね。」

もと子はリカコの汚れた手をギュッと握った。リカコは小さくうなずいた。



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