第54話 決着

「はぁぁぁぁ!!」


「ぐぅっ!? 先ほどよりも動きが洗練されているだと……!?」


 アリサは全力の一撃をディアウスに叩き込む。

 アリサの身体能力はエレナより高いが、それでも神へと近づいたディアウスには届かない。同じように我も神も天界四天王もそれは同じだった。

 だから我らは残る力をアリサへと結集したのだ。それぞれがバラバラに攻撃をするよりも神殺しの剣を扱える勇者であるアリサに力を集める。それが今一番勝率が高い方法なのだ。


「其方……先ほどよりも保有魔力が上昇しておるな。それに攻撃も重い。ふふっそれでこそ勇者と言うものだ。戦いというのはこうでなくてはな!!」


「どりゃぁっ!!」


「ぐふっ……」


 余裕そうに戦いを楽しむディアウスだったが、ダメージは確かに蓄積されている。纏っている魔力も徐々に減っている。このまま行けば勝てる……そう確信した。


「ふぅ……ふぅ……」


 あのディアウスもとうとう息が切れ始めた。このまま押し切れる。そう思ったときだった。

 彼女はアリサの前から姿を消し、気付いた時には我の後ろにいた。


「……なっ!?」


「流石の私もこのままでは負けてしまいそうだからな。其方を人質とさせてもらおう」


「ディアベルッッ!!」


「動かない方が良いぞ。妙なことをすればこの女に風穴が開くことになるやもしれん」


 迂闊だった。全ての力をアリサに移動させている今、我は対抗する手立てが無い。そしてそれはこの場にいる他の者も同じだ。


「くっ……」


「さて、其方らはどうやら妙な鎧を着ているようだな? まあ貫通してしまえば問題は無かろう」


 ディアウスはパワードスーツの存在に気付いていた。しかし気付かれようとそうで無かろうと、恐らくこの堅牢なパワードスーツと言えどディアウスの前では無力だろう。何しろ国王の張った壁をいとも容易く破壊する程の威力なのだから。故に今この状況、我の命はディアウスの手に握られていると言って良い。

 ……だからと言って惨めったらしく命乞いをする気はない。ここまで来たのはディアウスを倒すため。例えどれだけの犠牲を払おうとも彼女を倒さなければならないのだ。


「アリサよ……我ごと斬れ」


「なんだって……?」


「我ごとディアウスを斬るのだ!!」


「そ、そんなこと出来るわけねえだろ!?」


 アリサの動きが止まる。わかっている。アリサは我を斬れない。しかし今はそのような事を言っている場合では無い。このままでは世界が滅ぶ。そうなるくらいなら、我は自身を犠牲にしてでもディアウスを倒す道を選ぶ。我には魔王として魔族領の者たちを救う義務があるのだ。そして何より、アリサには生きていて欲しい。

 だから許してくれアリサ……。


「おいっどうなってる!? 体が勝手に……!!」


「許してくれアリサ。こうするしか無いんだ」


 我らの着ているパワードスーツには自動操縦機能が仕込まれている。神と初めて会ったときに、魔王か勇者が洗脳され本来想定されていない動きをする場合のシステムがあると聞いた。そのため洗脳状態に陥った場合にその対処をするために、自動で動かせる機能を付けておいたのだ。そしてその機能は一度命令したことを完遂するまでは絶対に止まらない。


「やめろ……ディアベル……やめてくれ」


「ど、どうしたのだ!? それ以上近づくとこの者が本当にどうなるかわからんぞ!?」


「うるせえ! 私だって近づきたくねえ!」


「何だと?」


 抵抗するアリサだがパワードスーツの命令には背くことが出来ない。ディアウスへと歩みを進めるたびにアリサの表情には絶望が浮かんでいく。それもそうだろう。これから愛する者を自分自身の手で斬り裂かねばならないのだから。


「おい、それ以上近づくな!!」


 ディアウスは我の首元に爪を突き刺す。パワードスーツなど簡単に貫通し皮膚に突き刺さった。この程度の痛みなら慣れている。むしろこの程度で恐怖しているようではこれから訪れる痛みになど到底耐えられないだろう。……耐えたところで我が生きていられる保証も無いのだが。

 ついにアリサの攻撃がディアウスにまで届く位置にたどり着いた。これで全てが終わることを願う。


「嫌だ……やめろ……やめろぉぉぉッッ!!」


「ぐふっ……」


「ごはっ」


 アリサの体は我もろともディアウスの胸部を貫いた。体の奥から焼けるような痛みが洪水のように襲い来る。腕を斬り落とされた時とは比にならない程の苦痛。


「其方……本当にやりおった……な」


 我とディアウスは共にその場に崩れ落ちる。ディアウスも神殺しの剣で心臓を貫かれてはそう長くはもたないだろう。

 しかしそれは我も同じだ。心臓を貫かれたのはこれが初めての事。このまま回復できずに死んでしまう可能性だってある。ここから先は何もかもが未知数だ。あとは運命に任せるしか無い。


「ディアベル……おいしっかりしろ!」


「アリサ……我の事は良い。まずはディアウスにとどめを……」


「……わかった」


 視界からアリサが消える。足音からして後ろに倒れているディアウスの元へ向かったのだろう。


「……私もここまでか。しかし其方らとの戦い、実に楽しかったぞ」


「そうか」


「さあ、とどめを刺すならさっさとやるのだ」


 アリサはその後何も言わず、ディアウスの首を斬り落とした。

 ディアウスが死亡したためか、窓から見える景色に変化が見えた。塔の上空を覆っていた黒い雲は消滅し美しい空が広がる。その光景はまさに神たちの住まう天の世界と言ったところか。


「ディアベル!」


「んぐっ」


 とどめを刺し終えたアリサは我の元に駆け寄り回復ポーションを我の口に流し込んできた。だが口の中で血液が固まってしまっているためか上手く呑み込めない。


「……しょうがねえ」


「んむっ!?」


 口移しでポーションを無理やり流し込まれる。思えばディアウスと初めて相対した時も似たような状況であったか。当然下心が無いのもわかってはいる。しかしそれでも柔らかい唇が触れているこの感覚にはまだ慣れないものだ。


「ふぅ……どうだ?」


「う、うむ。一応回復はしたぞ」


「そうか。……間に合って良かった。生きていてくれて良かった……!」


 涙を流しながらそう言葉を漏らすアリサ。彼女の泣き顔を見たのは初めてだ。強くてかっこよくて頼れる存在だったアリサ。そんな彼女の乙女らしい一面。それが見られただけでも内側から元気が湧いてくると言うものだ。


「なあ、これで全て終わったんだよな」


「……あぁ。これで世界が滅びることは無くなったはずだ」


「いやぁ一時はどうなることかと思ったよ。でもなんとかなって良かった」


「そうじゃな。……しかし失ったものもある。わらわは勇敢な勇者だったエレナを忘れはせんよ」


 そうだ。この戦いで失ったものもある。

 勇者エレナが命をかけて戦ったおかげでディアウスを倒すことが出来た。斬りこみ隊長のミアが謀反をおこしたことで結果的に神殺しの剣が手に入った。天界の幹部アズが自らを盾に神を庇ったことで天界四天王が間に合った。

 今ここに至るためにいくつもの犠牲があり、そのおかげで全てが繋がった。

 我は彼らの事を決して忘れることは無いだろう。


「さて、すべてが終わったと思っているみたいだけどね。……勇者と魔王、君たちをこのまま地上に返すことは出来ない」


「……何だと?」


 神はそれだけ言い、こちらへと向かってきた。まだ、戦いは終わっていないと言うのか……?

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