夢探偵
翻 輪可
第1話 始まりの悪夢
真夜中の薄暗い台所で料理を作っていると、水に濡れた足音が聞こえてくる。
旦那は残業で、この家には誰も居ない。
なら、一体誰が。
緊張が走り、料理を作っている手が自然と止まる。
足音は辿々しく、だが、確実にこちらに近づいて来ている。
そして、ソレは遂に台所へと姿を現した。
『ま……ま……』
そういってこちらに近づて来たのは、血まみれで立つ生後1ヶ月程の小さな赤子だった。
「ひっ!」
状況が理解出来ずその場で後ずさりすると、血まみれの赤子はこちらに手を伸ばし、フラフラと近づいてくる。
『マ……ま……』
そういいながら、赤子は血の涙を流し始めた。
「イヤ……来ないで……ごめん……ごめんね、本当にごめん、だから来ないで!」
***
叫ぶと同時に、私はベッドから勢いよく飛び上がった。
又、あの夢。
理解すると同時に体が一気に脱力して行く。
時間を見ると、朝の6時。
旦那が起きる前に食事の用意をしないと。
疲れた体を無理やり起こし、準備を済ませると、口数の少ない旦那を起こして食事を摂らせて、仕事へと送り出す。
余計な会話など存在しない、まるで事務的な作業をこなす日々に、自然と溜息ばかりついてしまう。
なんで、こうなってしまったのだろうか。
結婚すれば、幸せな家庭が待っていると思っていたのに、それもこれも、全てがまるで夢の様に消えてしまった。
そして、当の夢はというと、相変わらずのあの悪夢だ。
正直、現実も夢もこの調子では、流石にきつい。
そう思いながらも主婦である私は、部屋の掃除を済ませ、ポストから手紙を取り出して部屋に戻った。
電気代、ガス代など様々な請求書と一緒にスーパーの広告のチラシなどが入っていて、それらを見ながら、必要なお金の計算をして行く。
「あら?」
ふと、様々なチラシの中に紛れて、真っ黒なA4サイズのチラシが目に止まる。
そこは“夢探偵事務所”と、白抜きで文字が大きく書かれていた。
他には“悪夢にお困りの方は、こちらまでお問い合わせ下さい”とあり、住所と電話番号が書かれているだけのシンプルなチラシ。
「……」
胡散臭い、何かの怪しげな宗教の勧誘や、怖い事務所ではないだろうか。
そんな事が真っ先に思い浮かんだが、チラシは何故か自分の手から離れない。
思い出すのは今朝の悪夢。
もし、コレが私の考えすぎで本当に悪夢を解決してくれる場所だったらどうしよう。
アレがなくなれば、今の生活も少しは楽になる。
そう思ってしまうと、今度はソレが救いを差し出す手にも見えてしまう。
不安になり、ネットで“夢探偵事務所”について調べるが、どうやら本当に夢を専門とする探偵事務所の様で、宗教などは一切関係ない様だった。
さらに調べると、その探偵はどんな悪夢でも、たちまち解決するという噂もあるらしい。
「電話だけなら……」
安心と分かるや否や、謎の魅力と好奇心に流され、私は家の電話からチラシに書かれていた番号を押した。
2回コールで繋がり、その瞬間に体に緊張が走る。
『はい、こちら夢探偵事務所。
初めてのお客様ですか?』
「あ……はい」
『もしかして、ご予約ですか?』
電話に出たのは若い声の男性で、元気が良く、人懐っこい印象を受けた。
「えっと、まだそうと決まった訳ではないのですが、お話だけでもと思いまして……それで……やっぱり相談料ってかかりますよね?」
相手が怖くない人と知るだけで、自然と緊張がほぐれて、本音が口から漏れ出る。
「こちらは普通の探偵事務所とは違い、何度ご利用いただいても相談料は無料ですから、ご安心下さい。
宜しければ、直接事務所に来て頂き、お話を伺いたいのですが、本日ご都合は宜しいでしょうか?」
「今からですか?!」
『そちらも、早く解決したいでしょ?』
驚いて反論するものの、相手は至って冷静に切り返され、返す言葉が見当たらない。
確かに、早く解決したい。
それに相談料は無料なのだ、今は時間もあるし、別に話に行くだけなら問題はないはず。
「……はい、わかりました」
『良かったー、ではこちらでは美味しい紅茶とお菓子を用意してお待ちしてますね!』
電話の相手は嬉しそうに答えると、通話が途絶えてしまった。
悪い人ではない気がするのだが、逆にこの人で大丈夫だろうかという不安が出てくる。
だが、ここまで来てしまったのだ。
断るわけにもいかないし、取り敢えず話をするだけでも行こう。
そう思うと、私は家の戸締りを済ませて、地図に書かれた探偵事務所へと足を運んだ。
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