女嫌いのおれが、後輩の変な女にストーカーされてるんだが。
犬狂い
女嫌いの日常
五月雨がしとしとと降り注ぐ中、おれたちは崖下を歩いていた。
おれは女の子に肩を貸し、一歩一歩遅々として進まぬ歩みに辛抱強くつき合っていた。
「なあ、大丈夫か……」
隣の足元を見ながら問いかける。
あの女の子は片足を引きずっていた。どうやらさっき崖から落ちたときにくじいたかひねったかでケガしたようだ。
「…………」
女の子は無言で顔をゆがめながら、こくりとうなづいた。
どう見ても、大丈夫そうには見えない。
一応かばおうとしたんだけど、上手いこといかなかった。おれもおれで、落ちたとき山肌に生えた枝や草で全身擦り傷だらけになってしまっていたし。崖下が草地で、山肌に沿う形で落ちたために大ケガはしなかったのが不幸中の幸いって感じだ。
けど、これじゃあんまり長時間歩けないのもわかっていた。
「そ、そっか……うっ、冷たっ!」
崖肌からたれた葉が雨を溜め、ふたりに意地悪するようにぴちょんぴちょんとその雫をこぼした。
「クッソ……とりあえず雨宿りできるところまではあるこ!」
「あ……」
自分の上着を女の子の頭にかぶせた。
それに気がついたのか隣から声をかけられる。
「あの、上着……寒いよ?」
「おまえのほうが寒いだろ?」
「ううん……」
女の子が震えるように首を振る。
「嘘つくな。体震えてんじゃん」
肩を貸してるので、こいつが寒さで震えてるのが肌感覚でわかった。
女の子が雨に濡れないようにしながら、雨宿り場所を求めて山をさまよった。
「そういやおまえ名前は?」
「……?」
「名前だよ、名前……おれは津島旬、五年生」
「…………」
「ん、なんて?」
「――――」
◇ ◇ ◇
おれは女が嫌いだ。とても嫌いだ。
怖いのではない。嫌いなのだ。
心底、心の底から……魂の根底から憎悪していると言ってもいい。
もう一度言うが怖いのではない。いいか? 嫌いなのだ。いいな。
嫌いで嫌いで仕方ないのだ。
どのくらい嫌いかというと、この学校の空気のおよそ半分がやつらの醜悪な臓器から吐き出された二酸化炭素を含んでいるという時点で、純粋な窒素だけを取り込んで窒息死していまいたいほど嫌いなのだ。
もはや『女』という漢字すら嫌いなのである。
考えても見てくれ。『男』という字に比べて、『女』は画数が四つも少ないじゃないか。
つまりこれは男が自分の性別を書き表すだけで毎回女の2.4倍の労力を払っているという厳然たる事実をおれたちに提示している。
――こんな不平等が、到底に許せるものではない! なあ!?
「あの……津島くん、こ、コココ……コレ! オネガイシマス!」
「は?」
「受け取って……!」
おれはいま校舎裏で、そんなこの世でもっとも恨み憎んでいる染色体に二つの
きっとその頭を下げて突き出した両手に握られているその手紙は、ラブレターかなにかなのだろう。
相手はおれの顔すらまともに見れないようで、耳まで真っ赤にしてずっとうつむいて、ぷるぷるとしていた。
おれはそれを見て内心ドキドキしていた。
「…………」
思わず吐きそうな悪寒とともに、いまにも気絶しそうになっていたのだ。
(うえっぷ……!)
なんだそのぷるぷるは。カフカの小説『変身』に出てくるグレゴール・ザムザが虫になったときでさえもう少し可愛げのある震え方をしていたぞ。
腹立たしい。
いまこの場でそのラブレターをビリビリに破り捨てたい衝動に駆られる。
だが、やらない。
おれは賢いのだ。
「えっと、山崎さん……だっけ?」
「は、はい!」
目の前の女が顔をあげる。
やめろ、個性を出すな。おまえの顔から個性がにじみだしている。
おれにおまえの個性をぶつけてくるな!
「気持ちは嬉しいんだけどさ」
「え……?」
「おれ、いま恋愛とか考えられないから……だから、このことはみんなには秘密にしておくから……その、さ」
俺は無難に、できるかぎり優しく、相手を傷つけないように、極力刺激しないように! 決して逆上して飛び掛かってこないように! 鎖を解かれたサーカスのクマかトラを檻の中に返すように!
恐る恐る手のひらを突き出して、やんわりと告白を断った。
「…………」
女は無言のままのおれをじっと見つめてくる。
大丈夫だ。心配ない。
隠したナイフで刺されたときようのために、こうやって女と二人きりになったときは必ず腹にマンガ雑誌を仕込むのも忘れていない。
刃渡り八センチまでは耐えられる自信がある。
そうやってしばらくにらみ合っていたら女の個性的な顔から、つーっと一筋涙が流れる。
「その……ごめん」
「ううんっ、いいんだ……! わかってたもん……」
「え?」
「津島くんって、女の子からの告白断るって噂知ってた……もんっ……」
「…………」
「うわっ……わああ! ご、ごめん、ねっ……迷惑だよね……! でも、でもね、涙が止まらないんだよお……!」
「ああ。ごめん……」
おれはそれを見つめつつ、できるだけその女の顔を記憶から消そうと必死だった。
あと一分一秒でもこの女――というかこの世すべての女の顔を記憶に刻んでおきたくない。
おれの頭の中の消しゴムを総動員して、除去したい。
「それじゃ、おれこのあと掃除当番あるから……」
「う、うん! 行って……らっじゃいっ……!」
おれは大変申し訳なさそうな顔をしつつ、振り返って校舎へと歩きはじめた。
(よっしゃああああああああああああああああ……!!)
心の中でガッツポーズを取った。
そのときのおれの心は五月のこの青空のようにすがすがしかった。足取りも軽い。
おれは賢い。できる男だ。
だからむやみに女を傷つけない。
「ふっ……ふふふ……!」
それは女のためでなく、おれのために。
(くっ、告白を断るたびに女どもの間で変な噂を流されたら、おれは……おれは人格を疑われてしまう!)
女は恐ろしい。
女どもの妄想によるありもしない噂によってヒエラルキーから引きずり降ろされ、いじめられて、大事な男友達からも疎遠にされ、果ては不登校……なんてことにはなりたくない。
津島旬は女が嫌いだ。怖いのではない、嫌いなのだ。
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