第8話 ロシア神話

お久しぶりになっております。本日はロシア神話、というかスラヴ神話。


ロシア神話も分かりづらい……というか、まずスラヴ神話というのがまだ未成熟でふわっとしており、詩や賛歌というものを残す間もない頃にキリスト教に邪教認定されて駆逐されたという歴史があります。本当にキリスト教はろくなことしねえなぁという話なんですが、それでもロシアというかスラヴの神話学を考えるなら、そこにあるのはやはり巨大で圧倒的な自然とそれに対する畏敬、そして自然の持つ良い面(恩恵)と悪い面をそれぞれに見た場合の二元論。これが根底。根底にある神話が自然崇拝と言うことになるとやはり近しい者としてはインド・イラン神話ということになり、実際スラヴの神とインド・イランの神には相似点が多く見られます。まあ、あちらほどしっかりしたパンテオンとか祭祀が確立するまえに滅ぼされた神話であり、宗教なのですけど。


1. 創世神話

 スラヴ神話の根源には二柱の神の存在があります。これはベロボーグとチェルノボーグ、という黒白の神で、ベロボーグは「ベールィ(白い)」神を意味して創世と生命力を司る神、チェルノボーグは「チョールヌィ(黒い)」神を意味し破壊力を司る神です。この二柱は「白=善=光=昼」と「黒=悪=闇=夜」の象徴であり、相容れぬ者として対立します。ゾロアスター教のオフルマズドとアンリ・マンユの対立にも似てますが、あそこまで哲学的に完成はせず、単純なもので終わりました。ともあれ、ベロボーグは天にいまし、チェルノボーグは地に存在して、この二柱が天地を創世したと信じられていますが、詳細はキリスト教によって偶像破壊されてるのでよくは分かりません。


2-1.自然崇拝・天空神、太陽神

 ベロボーグとチェルノボーグの対立だけではスラヴの人びとを満足させる神話になり得なかったので、異教時代(キリスト教以前)のスラヴ人はほかにもさまざまな神様をつくりだしました。その中で最も偉大で強力であったのがスヴァローグ(天神)です。スヴァローグのスヴァールは「輝く、明るい」を意味し、すなわち「天の光」。

このスヴァローグが二人の子を創造して、これが太陽「ダジボーグ」と火「スヴァロキッジ」です。太陽ダジボーグのダジ……これは学者さんの間でも語源とか意味がわかんない言葉らしいですが、スヴァロキッジのほうは別名オゴーニといいまして、こっちのルーツは簡単にたどれます。インド神話における火と光の神アグニですね、だから古代社会においてインドとロシアになんらかのつながりがあったのは間違いないところ。


 ともかくとして、スヴァローグは天の主宰者、すべての神々(創造と破壊の黒白神を除いて)の父であるわけですが、彼はしばらく宇宙を支配した後、その支配力と王権を子供たちに譲渡して姿を隠します。みのあたりは日本神話にも似ていますが、日本神話はまだやっていないのでそっちをやるとき書くことにします。後継者として選ばれたのは兄・ダジボーグのほうでした。


2-2.自然崇拝・大地母神

 スラヴ人はまた「大地」をも特別な神格と見なし、意思持つ正しい至高の存在、と呼んで、彼女と交感することで未来を予知することができると考えていました。この大地を神格化した女神を「マーチ・スィラ・ゼムリャー(母なる湿潤の女神)」といいますが、実のところ詳しい神話は残っていません。ただ、人は正しき大地に背いてはならないという伝承はいま現在のロシアでも継承されています。


2. 小神格

ドモヴォーイ(家の神)

 ドーム(家)に宿る神格、あるいは精霊。至高神が地上と天上を想創造したとき、彼の取り巻きだった精霊の一部が謀反を起こしました。至高神は彼らをことごとく地に投げ落とし、そのいくつかが民家の屋根や庭に堕ち、人間たちと交渉してその隣人として善良で好意的な精霊になったといいます。家人に不幸を預言してあげるという能力を持ち、ひとが死ぬ際にはすすり泣きを挙げるとも言います。ここはアイルランドのバンシーに似ているかもしれません。ただし男性神格ですが。


キキモラ

 家に住まう精霊(神格)は何十と存在するのですが、女性神格としては唯一キキモラがあるのみです。ドモヴォーイの妻と呼ばれ、多くの民話に登場しますが、一貫して分かるのは働き者の嫁を愛してその手伝いをし、嫁が怠け者だと彼女に苦痛を与える……おもに夜中、彼女の足裏をくすぐるのだそうです……ということ。キキモラとの和解方法はある煎じ薬を作ってそれで家中の茶碗すべてを荒らすというもので、勤勉になれということのようです。


3. 軍神

 小神格には他にレーシィ(森の女神)、ポレヴィーク(野の神)、ヴォジャノーイ(水霊)、ルサールカ(溺れた娘の霊)などありますが割愛して、軍神について。


スヴャトヴィート

 バルト海海域のスラヴ人に信仰された軍神。神殿におかれるスヴャトヤート像は四つの頭をもつ男性神で、右手には酒を満たした雄牛の角を持ち、傍らには大剣と馬具と鞍が置かれ、神殿の奥には一頭の白馬が飼われていたと言います。この神は豊穣神でもあり、その年々の豊作か飢饉かは角笛に残る酒の多寡で決まったとか。そして神殿には旗が置いてあり、司祭たちは信徒が戦争に出かけるときこれを掲げ、これによって勝利を約束したと言います。他にも類似の神がたくさん居ますが、《戦争の神》といわれるのはスヴャトヤートのみで、ほかのルギェヴィート、ヤロヴィート、ラジガストなどは半神に過ぎないともいいますが、そもそも彼らが同一同根の神なのか独立した別の神なのかがそもそも分かっていません。


ペルーン

 たぶんこっちのほうがスラヴの軍神として有名。インドのインドラ神(ルーツをたどると「雷」のパールジャニヤ神で、ペルーン「稲妻」と同根)と起源を同じくする神で、当然、その権能もインドラと同じく雷霆と武勇。具体的な姿についての言及はどの神話にもいっさいありませんが、間違いなく戦神でした。そのことはキエフの初期の女性指導者オリガやイーゴリ大公らがかれを賛美し、戦勝の近いを立てたことから明確です。また、ペルーンの名はプロコピウス(ローマの有名な将軍、ベリサリウスの参謀で従軍史家)の著作のなかに「スラヴ人が宇宙に唯一の支配者と認めるのは、稲妻を作る神である」という記述もあり、そうとう広くペルーン信仰は知れ渡っていたようです。


ほかにペルーンの影響を受けてもとは軍神でなかったにもかかわらず軍神化した神として、家畜の神ヴェーレス、ほかにオーロラの女神ゾリャーがいます。ヴェーレスはまあ、あまりどうでもいいのですが、ゾリャーはペルーンとの習合およびスカンジナビア半島のヴァイキング振興との習合により、武装してその長いヴェールで戦士たちを護る戦乙女(ゾリャーのベール、という伝承)になりました。イメージ的に美しいので一応紹介。


英雄伝説

 スラヴの英雄叙事詩をブィリーナ、その複数形をブィリーヌィといいます。ブィリーヌィの中でも古い年かさの勇者たちについてのそれと若い勇者たちについてのものがあり、古い方が当然、神話的要素を強く帯びています。ただし例外なのは若き英雄の物語におけるイリヤ・ムローウメツで、彼だけは古き勇者たち以上に神話的・魔術的な要素を帯びますがしかしやはり、その行動規範やらなんやらでキリスト教に強化されている部分は否めません。では、以下に代表的なポガトゥリ(勇者)を列挙。


スヴャトゴール

 剛力無双の勇者。「地面を一つところに集めることができるのなら、それを持ち上げて見せよう」と豪語するほどの怪力ですがステップを冒険の途中、小さなずだ袋ひとつを持ち上げることすらできないという怪異に出会います。力を込めるほど彼の脚は大地にめり込み、目からは涙の代わりに血が流れ、そして立てなくなった彼はそのまま死んでしまうのでした。


ミクーラ

 木製の小さな鋤で戦う勇者。この鋤はミクーラが片手で軽々扱えるのですが、他の勇者たちが束になっても持ち上げることができないというもの。そしてミクーラの小馬は最も速い駿馬よりなお速いと言われます。スヴャトゴールは「母なる湿潤の大地」に嫌われて力を封ぜられ、ミクーラは逆に「母なる湿潤の大地」の恩寵を受けて数々の奇跡を発揮するというところ、対照的です。


ヴォルガ

 鷹や狼や白牛、あるいは蟻など、あまたに姿を変える勇者。名前そのものが司祭あるいは呪術師を現す古スラヴ語ヴォールフヴィの転訛であって、彼が変身魔術師であることを雄弁に語っています。彼らはみなスラヴ的英雄ですが、それでもやはりキリスト教伝来の影響は強く、一番魔術的なヴォルガでさえ教会と聖都キエフを護るため「インド皇帝」と戦います。


そして若い勇者の物語りになるとキリスト教の影響は実に顕著になり、その最大の花形がイリヤ・ムロウーメツとなります。


イリヤ・ムロウーメツ

 33才になるまで座ったまま、立って歩くこともできなかった障害者。ある日二人の吟遊詩人に出会い、彼らから送られた「蜜の飲料」によって「大いなる力」に目覚めるのですが、良きキリスト教徒である彼は老いた両親の祝福なしには武勲を立てることはできず、信仰のために戦い、そして死ぬときにはキエフ大聖堂を建立します。この最後の功績の後、イリヤは石となって現在までその姿で残っている、ということになっています。ちなみにイリヤの馬は地上を走らず祖空を駆け、また彼の弓は雷霆であり木も石も打ち抜き、粉砕したといい、このあたり神話に言う雷神にして軍神・ペルーンに非常に酷似しています。ある意味でキリスト教がペルーンを軍門に降した象徴神話といえなくもないかもしれません。


他にも勇者(ポガトゥリ)についての物語はいろいろあるのですが、スラヴ神話についてあまり詳しくないのでボロを出さないうちにこれで。本日短くてなんだか申し訳ないですが。

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