それはおそらく花の名前にたとえられましょう

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

第1話 昨日からの告白

 朝学校につくと、机の引き出しの中に一枚の手紙が入っていた。



 『あなたの笑顔が好きでした』



 それだけが書かれていた。



 宛名無し。差出人と思われるイニシャルがY.M.とだけ。




 そして担任が教室に入って開口一番にこう言った。




「えー、昨日、山田が校舎の屋上で飛び降り自殺を図り、病院に搬送されました。そしてもれなく彼女の死亡が確認されました。今日からしばらく! 屋上は立入禁止になります。はいはい、静かに。それと報道関係者の方々への対応としてーー」






 ※ ※ ※





 

 自殺騒動はひどいものだった。テレビやユーチューバーが押しかけ、学校の前で好きなことを好きなだけ喋った。知らずに登校してきた生徒に突撃し、その困惑具合を好き勝手に報じた。校内からも密かに持ち込んだスマホ片手に配信を始め、大いに画面の向こう側へ向けて喋り、やがて教師に連行された。これらはどれもこの出来事がさぞ驚愕なニュースであるかのように扱い、衝撃的で刺激のあるニュースを求める視聴者へのショックとして伝えられた。



 かくいう私もそれを動画配信サービスで昼休みに眺めていたのだから、同罪と言えば同罪である。



 報道によると、遺書がニ通みつかっており、いじめをほのめかす内容が書かれていたとされている。同じクラスの人間として知り得た情報を補足すると、遺書は全部で三枚ある。一枚は「私はもう死ぬしかありません。いじめていた相手は〇〇、☓☓、△△の三人です」と書かれたもの。これは飛び降りた屋上にあったのだという。二枚目は両親に当てられたもので、部屋から見つかっている。母や父への感謝、謝罪の言葉が並んでいるのだと報道陣各社。全文が好き勝手に読み上げていたから、気になる人は調べるといいだろう。私は調べた。そして最後の三枚目は私しか知らない。机の引き出しに入っていた誰も知らない一枚。読んだのも一度だけ。別に特別なことではない。死ぬ前に後悔があるとしたら想い人に想いを伝えられないことだ、なんてのは本当によくある話の一つだろう。その相手が私だったというだけの話だ。特異だって言うならば、彼女が女の子で、私も同じ女の子だってことぐらい。同性愛者でしたっていう告白も、令和八年にもなるとすでに世間は馴れきったもの。わざわざ騒ぐほどのことでもない。未だに平等という観点においては、何一つ是正されていないがな。



 私はお昼を腹に詰め込み、動画をあらかた見終えると、教室を出た。うちの教室は状況故に今日は特に騒がしく、鬱陶しい。放課後はなおのことだろう。私は先生に気分が優れない旨を伝えて早退させてもらうことにした。なんてことはない。他のクラスメイトが同じ手を使っているのを目にして賢いな、と思っただけである。真似してみただけで、それ以上に深い意味はない。



 

 騒がしい学校をでて、河川敷の方へやってきた。



 先程の手紙を取り出して見る。



 封の開いた横開きの封筒。右下の隅にY.M.の文字。開いて二つ折りの紙を取り出す。文字を読む。

 


「あなたの笑顔が好きでした」



 感想かよ。




 告白なら、もっとストレートに「あなたのことが好きでした」のほうがわかりやすくて良いのに。そう思った。


 



 私は手紙をしっかりと封筒の中にしまい、鞄の中に戻した。ワイヤレスイヤホンの電源をつけると音楽をシャッフルさせ、そのまま街なかへと足を向けるのだった。

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