第51話 私の日記
「その話本当なの!?」
黙って聞いていたサルバドールさんの母である女性が血相を変えて喋り出す。
「本当だよ...」
無表情でミミックが言う。
サルバドールさんの皮を被ったその面はいつになく弱々しかった。サルバドールさんに公の場で全てを話され諦めたのだろう。
彼がここで反論すればまだ、巻き返せただろう。でも彼自身、疲れていたんだろう。サルバドールのフリをすることに。
「...............」
ビリオンは俯き、何も言い出せないでいた。
会場の誰もが口を閉じていた。
マリアも、マルクも、全員だ。
なんだろうこの気持ちは。一気に知りすぎた。壮絶な過去を。
「アノンさん」
「はい?!」
急にサルバドールさんに呼ばれ、咄嗟に焦った返事が出る。
「俺がアノンさんと付き合えない理由はこれだよ。俺はビリオンの息子だ。君には相応しくない」
私は何も言えなかった。決して相応しくない訳じゃない。だけど、何故か言葉が出なかった。
「ごめんなさい。折角の結婚式でこんな空気にしてしまって」
その会場でやっと口を開いた1人目はサルバドールさんだった。
皆に頭を下げ、必死に謝っていた。
きっと誰もが求めていない謝罪だろう。サルバドールさんの真摯な姿がより、ビリオンの悪を際立たせた。
「何ずっと黙ってんのよ!自分の息子を虐めて、さらには間違えるなんて人間のすることじゃないわ!!」
心の中の怒りを抑えられなかったのか、参加者の中の1人が声を上げた。
「そうだよ!ビリオン、謝れよ!」
「謝罪だ!自分の息子に向かって謝罪しろ!」
それに釣られて次々とビリオンに向けた罵声が飛んでくる。
当の本人は死の直面にいるかのような表情で真っ直ぐを見つめていた。
何かの終わりを感じたのか瞳孔は開きっぱなしだった。
そして、重い体を動かし、額を地につけた。
その姿は完全なる敗北者の姿だ。
彼があの村で散々見てきたであろう姿。
それをまさか娘の結婚式で、こんなにも大勢の人がいる前で見せるとは、彼自身も想像がつかなかっただろう。
「っ私からも謝らせてもらいます!皆さん、折角きていただいたのにすみませんでした」
何か思い出したかのように、マリアが謝罪をし始める。
全く関係がないわけではないし、別に不自然な行動なわけでもない。
なのになんだろう、この苛立ちは。
隣のマリアに気づき、マルクも頭を下げる。
とんでもないことが起きたな、と思いながらも少しだけスカッとした気分だった。
内心、一気に物事が起きすぎて疲れていた。
もうマリアへの復讐はいいかな、と思っていた。
そんな時だった。
「ちょっと待ってください」
急にサルバドールさんが陰鬱な空気を破り、口を開く。
「マリア、逃げられると思っているのか?」
会場に少しのざわめきが戻った。
それぞれで話の推測や疑問を投げ合う。
「アノンさん、あなたの好きにしなよ」
突然向けられた言葉は私の引き金を引く合図だった。
その言葉で全てを思い出した。
マリアにされてきた様々な事柄。
全てが人間とは思えない非道で残虐的な行為。
それを晴らすためにここにきたんだ。
私は息を呑み会場に仕掛けられたカメラに向かって言う。
「みなさん、モニターに注目してください!」
私が言った瞬間、全員の目が会場の中の大きいモニターに向かった。
私は心の中で願った。
お爺さん、気づいていてくれ、と
少しの沈黙があった後、じんわりと、モニターが明るくなり、そこには1つの古い日記が映っていた。
私は内心でガッツポーズを決め、安堵の表情でモニターに目を向けた。
日記が開かれ、1ページ目が映る。
『監禁日記1日目』
その文字が映った瞬間、周りの人たちがざわめきだす。
そして、モニターは画面が切り替わり、本文へと移る。
そして私の声に似せた機械音が文章を喜怒哀楽使い分けて読み始める。
『今日はマルクの誕生日パーティー。マルクの幼馴染の私は特別に招待されちゃった。
お城の中はとても広くて綺麗。早速会場に入ると、そこには美味しそうな料理がずらりと並んでいた。
早く食べたいと思っていたら、この国1番のお嬢様であるマリアさんに話しかけられました。
何やら怒っている様子でした。どうやらマルクと話をしていて、マルクの口から私の名前が出たことに怒っているようでした。
もしかしてマルクのことが好きなのかな、なんて思っていると突然会場の照明が消えました。
そこからは記憶がありません。
気づいたら私は汚い監獄に入っていました。
訳もわからずにいると、目の前から人がやってきました。
その人はマリアでした。
どういうことか聞くと、マリアはそれを聞かず、私に罵詈雑言を飛ばしてきました。
私は悲しかったです。
何もしていないのに...。そんなことを思っていたら、マリアに命令をされました。
それはあの水を飲みなさいというものでした。
マリアが指を指す方向を見ると、そこにはまたもや汚いトイレがありました。
私は反抗もできずそのまま従いました。
その瞬間は地獄でした。顔をつっこむと途端に吐き気が襲ってきます。しかし吐いたらそれも飲まなくてはなりません。私は必死に抑えながら、嗚咽しながら、体を震わせながらゴクゴクとあらゆる便に触れた、濁った水を喉に通しました。
私はその時、そんな日々が続くのか、と絶望しました』
1日目が終わった。その時点でモニターから目を背ける人や口を抑えている人がいました。
私はふと、マリアの顔を見ると私を睨みつけていました。なぜここにいるのかもわからないだろうし、どうやって準備したのかもわからない彼女にとっては、この日記は恐怖でしかないだろう。
流石にかわいそうになってきた私だが、そんな気持ちとは裏腹に日記は2日目、3日目、と止まることなく続いていった。
そこには虫を食べさせられたことや、私の嫌いな犬に吠えられ、噛まれそうにったことや、マリアに甚振られつづけた日々がつらつらとのっていました。
ここにいる人は皆俯き、暗い表情をしたままだった。
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