第45話 ごちそうさまでした

 ロード・シュタインはナメクジのように地面を這いずりながら、城の裏門へ至る。


「くっ……。この私が……翼を斬り落とされるなど……ッッッ」


 ……どうしてこうなった。一つだけ、確かなことがある。それは全て私の責任ではないということだ。そもそも、私があの女と戦うはめになったのは誰の責任だ? 決まっている。全て無能な部下のせいだ。


「……クソが。無能なゴミどものせいで、この私がこのような醜態を……。役立たずのゴミを信用した私の、心の器の大きさ、寛容さが悲劇を招いた……悔しい……」


 怒りがおさまらない。無能なゴミどものせいで優れた私が恥をかかされた。あの女だけではない、このような結果をもたらすに至った原因。


 つまり、この領地の人間は惨たらしく痛めつけよう。苦しむ人間の顔を想像したら、少し気が軽くなった。……そうだ、まだ間に合う。冷静になれ。


「無脳と言えばあのソフィアとかいうハイエルフだ。あのカスのせいで自由都市の連中に疑いをかけられるはめになった……。まあ、エル・ファミルのマヌケな密偵は、地下牢獄に囚えた。まだ、間に合う。……諦めるには、まだ早い」


 私の仕事はあくまでも領地を統治すること。下等なゴミどもの力比べなどには関わるべきではなかった。


「フフッ。これも私にとっては良い経験だったということなのだろうな」


 神はあえて試練を与えると言う。私のように素晴らしい存在をより高みに誘うために。


「神よ、私は貴方が課したこの試練、見事に乗り越えてみせます」


 やがては、この聖王国を支配し、全ての生物を隷属させるのはこの私。王は玉座で駒を動かすだけで良い。そうだ……私自身が強くある必要などは無いのだ。「それに私には切り札がある。全てをチャラに出来るとっておきの切り札が」


 シュブ=ニグラスの種子。この領地の元伯爵が封印していた呪物。そんなゴミには興味が湧かなかったのだが、ハイエルフのソフィアという女が、それを渡せば配下になると言ったのでくれてやった。


「もちろん、私に逆らえないように言霊の誓約を課した上でだがな」


 言霊の誓約を破ることは絶対に不可能。両者合意の上で成立する術式なので解呪も不可能。私が、あの女に課した誓約は『人生をロード・シュタインの利益になることに費やす』


 つまり、あの女がどんな考えを持っていようが、その全ての行動が私の利益に反することはできないということだ。


「何がシュブ=ニグラスだ。バカバカしい。過去に大禍があったらしいが、それは全て馬鹿なゴミが管理していたからだ。私のような優れた存在が管理していれば、そのような事故は起こらなかった」


 未開な者は自身の想像の及ばない物を過度に恐れる。闇を、森を、火を、女神を恐れる。


「おい、ソフィア。貴様の出番だ」


 アルヴの森から流れ着いたハイエルフの女、ソフィア。シュブ=ニグラスの種はこの女に埋めてある。


「起きろ。無脳。貴様のシュブ=ニグラスの出番だ」


 パシィンと頬を叩く。


「何だその目は。女神に造られたキメラ風情が」


 殴っても殴っても笑っている。

 ……気味が悪い女だ。


「ん、何か言いたいことでもあるのか?」


 女が自分の口元を指さした。なにか言いたいことがあるようだ。私は女の口から猿轡を取る。


「…………した」

「ん……? もっとはっきりと言え」

「ごちそうさまでした」


 ……貧血のせいだろうか。私は地面にドサリと倒れる。


(……なんだ、この赤い液は……なぜ、私は床に……一体……何が)


 大理石の床に血の池が広がる。……この血はどこから流れている。…………いや、違う。……そんなはずは。


「……な。……あっ、……あぁ」


 言霊の誓約がある。危害を加えることなどできるはずが無い。


「言霊の誓約でしたっけ。別に私は誓約を破っていませんよ。このまま生きながらえても生き恥を晒すだけでしょう。だから私は良かれと思ってやりました。でも、体の半分が無くなっても死なないのですね。やっぱり竜ってトカゲと同じだったのですね。勉強になりました。尻尾を切っても死なないんですもん。あぅ、そうそう、トカゲさんは何か私に命令があるとか言っていませんでした? 聞こえなかったので、もう一度言ってくれます?」


「……すっ……ふっ……ごぽぉ……」


「あらあら、汚い。口の周りが血の泡まみれじゃないですか。これじゃあ、恥ずかしくて外に出せません。……そうですねぇ。貴方の死後の名誉のために、上半身だけでも残しておこうかなと思っていたのですが、こんな醜い顔では逆にロード・シュタインの尊厳を毀損しちゃいますね。仕方がないので、「が……がめて、……がめぇてぐだざぁッ……」


 ガブリと丸呑みにした。


「……ふぅ。愚かなトカゲでしたが、滋養強壮の効果は抜群ですね。まるで体が燃え上がるように力が漲ってきました。シュタインさんの辞世の言葉が聞けなかったのが残念でしたが、私の親友のシュタインさんに酷い目にあわせた悪党には、天罰を下さなければいけませんね。きっと、地獄の釜の中でシュタインさんもそう望まれているに違いありません」


「シュブ=ニグラスちゃん。ごはんの時間ですよ。ここの領地の人間は残さず食べちゃいましょう。きっと、人格者のロード・シュタインさんならそう望まれるはずです。さあ、弔い合戦を始めましょう」


 ソフィアのスカートの下から伸びた触手はあっという間に巨大な木となり、ロード・シュタインの城の天蓋を突き破り、ドンドン巨大化していく。


「おやおや。竜の肉を食べた影響でしょうか。なんだか、顔がシュブ=ニグラスちゃんの顔が竜のようになりましたね。フフ……。親友のロード・シュタインさんもきっと鼻が高いでしょうね。さあ、竜樹シュブ=ニグラスちゃん。ここは、餌場であり、苗床です。食べて、増えて、よりよい世界を築きましょう。我が盟友ロード・シュタインさんの弔い合戦です」


 シュブ=ニグラスの中でソフィアは高らかに笑うのであった。

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