第33話 海竜ハイドラ

 甲板の上のあちこちで爆発が起きる。視覚で捉えられていないだけで音による攻撃は間断なく続いている。


「アレって回避とかできるの?」

『不可能だ。何せ音だ。音速で予備動作が予測できない以上、無理だ』


 不可能。無理。そうはっきり言ってくれるのは助かる。不可能と分かれば別の方法に切り替えることができるのだから。


「なら、アルマ完全展開でゴリ押しなんてどうかしら?」

『推奨できねぇ。四メートル超える状態じゃ、巨大なマトも同然。アルマなら音の衝撃を一回はギリ耐えられるはずだが、衝撃で船外に落とされ、そこで終わりだ』


 切り札にとっておいた完全展開もこの状況では有効ではない。


「つまり、今の限定展開状態で殺るしか無いってワケね。……プランはある?」

『ハイドラの死角となる遮蔽物に隠れながら移動、船首からハイドラの頭上にジャンプ。あとは、おめぇの一番得意な滅多斬り。――現状、それが最も勝率が高い策だ』


 超指向性の音波は遮蔽物に当たれば拡散する。だから遮蔽物を盾にしながら移動すれば、受けるダメージを最小限に抑えられる。


(でもっ、言うは易し行うは難しっ!)


 甲板上には様々な店や遮蔽物があるので、ハイドラの直撃は避けることができる。が、ハイドラに近づくにつれ、徐々に盾となる遮蔽物も少なくなっていく。


(……一番の難所は船首。あそこには、隠れる場所が何もない)


 ハイドラとの距離はわずか五十メートル。……ギョロリと巨大なハイドラの目。確かに私を睨みつけた。……排除すべき敵と認識されたということ。


(気づかれたからといって作戦変更はできないのが辛いところねっ!)


 ハイドラの音から逃げるように甲板の上を全速力で駆ける。――わずか数メートル後方で連鎖的に爆発が続いている。私は、船首を蹴り、ハイドラに向かって跳ぶ。


 一度空中に跳び出せば軌道修正もできず相手との距離が近づいているということは、今のハイドラにとって私は、ただのマト。


「リュー!」

『任せろッ。――引力操作アトラクション


 狙撃手のように私に向かって放たれた音の刃が頬を掠める。肌に触れた時に確信した。目に見えないだけで、極限まで圧縮した音は刃にも成り得る。


 ……間一髪というところだが、回避に成功。ここまで引力操作を温存していたのは、まさにこの瞬間。マトになった瞬間に、相手の虚をついた動きをするため。引力に引かれるように海竜ハイドラに向け高速で落下するのであった。


「理を紡ぐもの 五大元素よ 我が手に宿れ 【サンダー・エンチャント】」


 竜殺し包丁に雷を這わせる。そして、海竜ハイドラに竜殺し包丁の切っ先を付きたて、一撃で殺し切るための技を発動する。


「抉り 削り 穿き 暴け 【マーシレス・ドリラー】」


 尋常じゃない速さで掌の中で竜殺し包丁が回転する。……本来は頑強な機兵の装甲を貫くための技。それを、敵の頭上で繰り出す。


 ――ギュイィィンッ!!!


 けたたましい音を立ててハイドラを掘削する。まるで地中に潜るモグラのように、容赦なくハイドラの肉を削り取りながら内部へと侵入する。


(見えた――。あれが、こいつの脳ッ!)


 竜殺し包丁の切っ先が脳に触れる。


「……くっ。強力な……防護障壁ッ!!」

『タニア、魔力を剣の切っ先に集中させろッ!』


 何層にも渡るガラスのような障壁をバリバリと砕きながら、更に回転力を加え遂に脳に到達。……あとは巨大な脳を掻き混ぜ、破壊した。


『コレ、さすがに死んだよな?』

「えぇ。私たちの、勝利よっ!」


 黒竜紋の光はすでに完全に消えている。海竜ハイドラ討伐完了を確認し、ほっと胸を撫で下ろすのであった。

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